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6年で宇宙探査はどれだけ進んだか?②月編・その2-小野雅裕

6年で人類の宇宙探査はどれほど前進したか。

前回の「月編その1」では、アポロ以来忘れられていた月面探査が、6年前の2018年に始まったCLPSとHLSプログラムにより、民間企業の力を活用して再び盛り上がってきた経緯を書いた。その続きをお送りする。

なお、本シリーズは4月末に「火星編」、その後に「地球外生命探査編」と続く予定である。


日本の挑戦〜OMOTENASHI、HAKUTO-R、SLIM

日本は月周回衛星による探査は経験があったが、月面に着陸したことはかつて一度もなかった。それがここ数年で、立て続けに3度の挑戦が行われた。

2022年、NASAはアルテミス計画に不可欠な巨大ロケットSpace Launch System (SLS)の初飛行に成功する。Artemis 1と名付けられたこの無人ミッションでは、宇宙飛行士を月へと運ぶオリオン宇宙船が月を周回し、無事に地球に帰還した。

そのSLSロケットに便乗していたのが、「OMOTENASHI(おもてなし)」というユーモラスな名前のJAXAの小型着陸機である。たった14kgしかないこの着陸機は頭にショック吸収材をかぶり、月面に高速で突っ込んで着陸する予定だった。しかし月への航行中に燃料漏れを起こし、月着陸挑戦前に失敗してしまった。

(JAXA)

続いて月面着陸に挑戦したのが、ispace社によるHakuto-R Mission 1だ。これはCLPS契約によるものではなく、主にispaces社の自己資金で行われたミッションである。OMOTENASHIの失敗から1ヶ月も経たぬ2022年12月に、Hakuto-RのランダーはFalcon 9ロケットによって打ち上げられ、Low energy transferという複雑な航法を成功させて3月に月軌道投入に成功した。

そして2023年4月26日、Hakuto-Rは月面着陸に挑んだ。高度5 km程度に至るまで全て順調だったが、着陸態勢に入った段階でソフトウェアによる高度の誤認識があり、残念ながら軟着陸には至らなかった。しかし、着陸の最終段階にまで至れた経験は非常に大きい。ここで得られたデータと知見は、次のミッションの成功確率を大きく上げると思う。

日本の民間宇宙スタートアップ企業ispace による月着陸船RESILIENCE ©ispace

日本の意地をかけた三度目の挑戦は、JAXAのSLIMだ。SLIMの目的は単なる日本初の月面着陸ではない。世界初となる月面へのピンポイント着陸だ。そのために非常に高度な自律化ソフトウェアが搭載されている。そう、SLIMの「S」はsmart(賢い)のSなのである。

2023年9月にSLIMはH-IIAロケットで打ち上げられ、12月に難なく月軌道投入を成功させた。そして年を越した2024年1月20日、月面着陸への挑戦が行われた。

日本の多くの人たちが、そのライブ中継を手に汗を握りながら見ていたと思う。僕もアメリカ西海岸時間の朝6時に、学校に行く前の娘のミーちゃんと興奮しながら見ていた。

全てのシーケンスは予定通りに進み、データ上では予定時刻通りにSLIMが月面へ接地したように見えた。ただ、着陸直前に一方向のみの姿勢制御スラスタが大きく噴射されていたことが不可解だった。「着陸」後もしばらくJAXAから何の発表もなく、ネット上ではどういう状況なのか憶測が飛び交った。

そうこうしているうちにミーちゃんを学校に送る時間になったので、中継を聞きながら家を出て、その後もニュースを気にしながら職場で仕事をしていた。

その後に発表された内容は衝撃だった。何と、頭からつんのめるような「三点倒立」の姿勢で着陸していたのである!

とはいえ通信は確立され、搭載機器も正常に作動。さらに世界初の月面ピンポイント着陸にも成功した。紛れもない「成功」である。これで日本は日本は旧ソ連、米国、中国、インドに次ぎ、月面への軟着陸に成功した世界で5カ国目の国となった。

SLIMはある意味、成功以上の成功とも言える。実は高度50メートルでメインエンジンの1基が推力を失っていたのだが、そんな異常事態にも関わらず、着陸前に2機の小型ローバーLEV-1とLEV-2の放出に成功していたのだ。皆さんがこの3ヶ月でたびたび目にしたSLIMの三点倒立写真は、このLEV-2が撮ったものだ。想像外の異常事態に、賢く堅牢なソフトウェアが最善を尽くした結果が、この衝撃の写真なのである。

このLEV-2は、地上からの指示を一切受けずに月面を移動し、SLIMを撮影するようにプログラムされていた。そしてその写真は、もう一台の完全自律ロボットLEV-1を介して地球へと届けられた。この写真1枚には本一冊分のストーリーが詰まっている。

小型ローバーLEV-2が撮影したSLIM。(JAXA)

史上初の民間月面着陸、そして有人探査へ

2021年の初着陸を目指したCLPSも、2024年の有人ミッションを目指したHLSも、遅延を重ねた。

CLPS契約下で初めて月着陸に挑んだのが、Astrobotic社のPeregrineというランダーである。しかし2024年1月に打ち上げられたPeregrineは、月面着陸に挑戦する前に燃料漏れで失敗してしまった。

続く2月、Intuitive Machines 社がCLPS第二弾となるミッションを打ち上げ
た。着陸機の名はオデュッセウス。ホメロスの叙事詩のヒーローの名である。1週間の旅の後、2月22日に、ついに民間企業で史上初となる月面着陸を成功させた。ところが、先輩SLIMの「お手本」を真似たかのように、またしても横倒しの着陸となってしまった。とはいえ搭載ペイロードの作動や月面での撮像に成功した。

月面へと降下するIntitive Machines社のOdysseus

今後もさまざまな企業の月面ミッションが続く。いよいよ、民間企業が月面開発の裾野を広げていく新時代が始まったのである。

一方、アポロ以来の有人月面着陸に不可欠なのが、SpaceXが開発するHLSである。しかしHLSを月へと運ぶには、まず超巨大新ロケットStarshipを開発し、それを10回近く連続して打ち上げ軌道上のタンカーに給油するという前代未聞のオペレーションが必要になる。

Starshipの初打ち上げは2023年4月に行われた。しかし打ち上げ直後から第一段の数基のエンジンが不調になり、最後は空中できりもみ状態となり、回転しながら豪快に爆発した。とはいえ早いペースで失敗を繰り返して技術を習得するのがSpaceXのやり方だ。爆発のシーンに社員たちは落ち込むどころか、歓声をあげて飛び跳ねていた。これがSpaceXの強さである。

2度目の試験は2023年11月。前回よりもはるかに順調に飛行し、第一段分離前に第二段エンジンに着火する「ホット・ステージング」という新技術の実証にも成功したが、軌道投入前にロケットの異常で失敗してしまった。

2024年3月に行われた3度目の打ち上げで、ついにStarshipは地球軌道に到達する。その後の再突入で機体は失われてしまったが、人類はアポロ以来の月面着陸にまた一歩、近づいた。

Starshpの打ち上げ(SpaceX)

アポロ計画で月を歩いた12人は全て白人男性だった。これでは人類全体
を代表しているとは言い難い。アルテミス計画では史上初の女性と有色人種が月を歩く。

2023年、JAXAは米田さんと諏訪さんを14年ぶりの新宇宙飛行士として選抜した。一方、つい先日には日本人宇宙飛行士の大ベテランの若田さんが引退を発表した。

3月にNASAと盛山文科大臣は、2028年以降に2人の日本人をArtemis計画で月面へ着陸させることで合意したと報道された。

NASAによる無人科学探査も熱くなっている。

2024年11月にはNASAのVIPERというローバーが月の南極に着陸し、永久影の氷資源探査を行う。このローバーは民間のCLPS契約によって月面へ輸送される計画だ。

さらにおそらく2030年前後には、月を2000 kmにわたって走破し、100 kgの岩石サンプルを集めて宇宙飛行士へ届ける月面ローバーEnduranceが構想されており、僕も現在その一端に携わっている。

CLPS・HLSプログラムの始動から6年。いよいよ、月面探査黄金時代の足音が聞こえてきた。

NASAのVIPERローバー。永久影にトラップされている氷を調査する。(NASA)

宇宙に命はあるのか・改訂版について

約200年前のSFから話を起こし、人類が「ホモ・アストロルム」に進化する数千〜数万年後までを描く壮大なストーリーはそのままに、この6年間の宇宙探査の進歩を、原稿締め切りギリギリの最新情報と共に書き加えました。

僕自身がNASA JPLで携わっている火星ローバー・パーサヴィランスや、エンケラドスの地底の海での地球外生命探査を目指す #EELS のことも書いてあります。SLIM, Odysseus, Artemis, Ingenuity, JUICE, Europa Clipper, Dragonflyなどなど昨今の注目のミッションももちろん含まれています。 我々はどこから来て、 どこへ行くのか。 その答えを求める旅に、ぜひご一緒しませんか?

発売は4月28日。予約が開始されています。ぜひ行きつけの書店でご予約ください!大阪近辺の方、いつも応援してくださっている隆祥館書店に予約を入れてくださると幸いです!

Amazonの予約ページは以下です(旧版のページとは異なります):
https://amazon.co.jp/dp/4815625182/

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。みーちゃんとゆーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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