結婚生活、それぞれの事情
私の職場では、1日に2回コーヒーブレイクがある。
夏前の午後、私はそこに座っていた何人かの女性の同僚に、夫との関係と新しい関係について話した。皆少し驚いた様子を見せたけれど、そうなんだと納得してくれたようだった。
早くも出会いがあって、私が付き合おうかと思っている人がかなり年下であることも、彼女たちは気にしていなかった。中年の男性が若いガールフレンドを持てるなら、逆があってもいいのではないかと、むしろ好意的な反応だった。こうして、私は元彼との関係をもカミングアウトした。
そのあと元彼と破局したことも、新しい恋を見つけたことも、彼女たちはすんなりと受け入れたし、適度な興味を持って私からの報告を聞いてくれる。
恋愛の話は楽しい。
ただ、自身はまた一からやり直すなんてごめんだと、首を振る。
私だって、一年前だったらそう言っただろう。夫が誰かとこっそり会っていようとも、私が気づかなければよかったし、仮に気づいても見ないふりも出来たと思う。それなのに、夫は線引きをした。これからもよき友人として、家族として一緒に暮らしたい。けれど、パートナーを外に持ちたいのだと言った。
今となっては、それでよかったとも思えないでもない。ただその時は平気ではなかった。
人生の折り返し地点に立って、夫との関係が今までとは別のものになった。
これから一生このままかと考えたら居ても立っても居られない気持ちになった。取り残されたらという不安が押し寄せて、結局一人でいることに耐えられなくなった。私は意外に弱い人間なのだ。
彼女たちの表情がから察するに、幸せな結婚をしていても、恋愛とは別で、こういうことを全く考えたことがない訳ではない、と読めてとれた。その後は実際に離婚してマッチングアプリで相手を探している友人の話などで盛り上がった。
楽しいことばかりではないのだと理解出来た。
同僚の一人が、自分たちは数年前に離婚寸前だったけれど、セラピーに行ってから軌道修正が出来たと言った。私もそれを考えなくはなかったけれど、夫は私が嫌がることを無理強いしたくない、と言ってくれたので、セラピストには会わなかった。
子どもたちが成長して手がかからなくなって、少し時間が出来た。私と夫は、二人で食事に行ったり、カフェに座ってゆっくり過ごしたり、週末にはワインを一緒に飲んだり、二人の時間、共通の趣味、その他諸々こうしたら夫婦間が上手くいくと一般に言われることは全て自然にしている。私たちは仲が良いと思う。
それとこれとは別なのだ、としか言いようがない。もともと、私は性的なことに積極的な方ではないし、興味も薄い。だだ、誰かを好きになると、つまり恋をすると、会いたいし、そばにいたいし、その人に抱かれたいとも思う。けれども、性行為自体はプロセスであって目的だとは考えにくい。
特に結婚生活においては。
どうも、私の周りの男性は違う意見のようだ。もっと積極的になってと言われても私にはよく分からない。夫も含めて、以前私が付き合った人たちは、あまり女性経験のない人ばかりで、私は彼らと一緒に成長するしかなかった。
元彼や彼がいうには、愛情のない性行為は、愛情のあるそれとは全然違う、のだそうだ。愛情のない性行為をしたことのない私にはこれも分からない。
君が僕の体の中に入り込んで、僕をコントロールしているような感じがする。いろいろなことを頑張らないといけないと思わせたり、体の変化を起こしたり、自分でも訳が分からない。でも、よい方向に向かわせてくれるんだ。気分がよくなるし、胃のあたりが軽くなる。
元彼は、心と体の調子のいい日はこんなことを言った。調子の悪い日も私に会えれば、調子が上がるのだと言った。ただ、会えない日が辛そうだった。
最後に会話した日も調子が悪く、私に時間のない日だった。
だから、恋をしたい、と彼はキッパリと言った。だから、と言うのは、つまり恋と性行為の関係性について説明した後。元彼と似たようなことを言うと思ったけれど、言わなかった。あまりの潔さに、不潔感を感じなかった。
けれど、その時この人も愛を失ったんだなあとぼんやり思った。おざなりな関係は小さなことでバランスを崩す。おざなりであることに苛立つし、苛立つから悪循環から抜け出せなくなる。心と体は正直だ。理性だけではどうにもならない。
彼に出会ってから、土曜日の朝起きるのが楽しみになった。休日の午前中は時間が取れることが多いらしい。
金曜日になると、仕事が片付いて大抵は早めに帰れる私と正反対で、彼の方は休み前までに仕上げておかないといけない仕事が多いようだ。金曜日の帰宅時間は早いとは言えない。遅くに帰宅して、口も聞けないほど疲れているらしく、さっさと寝てしまう。私は可哀想で泣きなくなる。
彼と奥様は、どうしてボタンを掛け違えてしまったのだろうか。とよその家庭の事情に興味を抱く。好きな人のことだから当然なのだが、私のどこかでどちらも可哀想だと思う気持ちがあるのだと思う。
彼との関係は待つことが多い。仕方がないことだけれど、耐えきれなかった奥様の気持ちも少し分かる。離婚、と彼は表現する。実際は一つ屋根の下にいるらしいが、実際は別居状態、なのだそうだ。
結婚していても、深夜の帰宅後には冷たいベッドに横たわるのだ。私の残すおやすみというメッセージに少しでも癒されるだろうか。私がそこにいたらいいと思ったりするのだろうか。時々考える。
一人のベッドに横たわり、無言で耐えるのだろう。だから私を想像の中で抱くくらいのことはさせてあげたい。いつ会えるかわからない私のことを考えてくれているのかと思うと、私も不思議な幸福感に満たされる。これは、同情やいたわりだけではなく、私にとって真のよろこびだと言ってもいい。
一年前には想像もつかなかった今の私がいる。