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ユニフォーム

赤地さんは高校時代、野球の強豪校に入学した。いわゆる高校球児だ。厳しい練習で辛く感じることもあった。それは練習中、水を飲むことを制限されることだ。

当時はそれが常識で、特に辛く感じたのは夏場だ。炎天下の中、身体から滴る汗で水分が搾り取られる。時には意識が朦朧とすることもある。けれど、飲料水は監督から支給されるもの以外は許されなかった。なんとか監督の目を盗み、水を飲みたいといつも思っていた。

その日は予選大会前で、いつも以上に練習は厳しいものだった。加えて灼熱の炎天下。大量の汗のせいか、喉の渇きに襲われる。監督の目も厳しい。
 (どうにかして水を口に入れたい)
そんな欲求に駆られ、グラウンドで立ち尽くす。すると何処からか湿った空気が流れ込み、肌を刺激した。
反射的に辺りを見回すが、見慣れた光景だ。あるのはグラウンド裏にある、蓋をされた枯れ井戸のみ。赤地さんは枯れ井戸の蓋の隙間から、湿った空気が流れてくるのを不思議と感じ取った。

皆の目を盗み、枯れ井戸に近づく。水の滴る小さな音が、井戸から響く。(そんなはずはない)頭では分かっている。けれど手は蓋を掴み、勢いよく取り外していた。眼前には透き通った水が、揺れ動いている。底が見えるほど澄んだ色だったそうだ。赤地さんは手のひらで水をすくい、口に入れる。喉は急激に潤い、生き返る。それでもまだ足りない。

一心不乱に水を口にする。すると突然どろついた舌触りと、錆びた鉄のような味が口内に満ちた。思わず水を吐き出した。ユニフォームが、口から流れたであろう赤い液体のせいで汚れる。
それは赤黒い血だ。独特な血生臭さが鼻をつく。透き通った水は、底が全く見えぬほど赤黒く染まっていた。水面が泡立ち、何かが浮かび上がってきた。
それは赤黒く染まった顔だ。男なのか女なのかわからない。口を閉じ、見開いた目で赤地さんをジッと見つめる。恐怖で声も出ず慄いていると、水面は栓を抜いたようにゆっくりと下がっていった。その間も血塗られた顔は赤地さんから目を離さず、表情を変えぬまま井戸の底へ消えていったそうだ。そして元の枯れ井戸に戻った。

他の部員に話しても(暑さで頭でもやられたのだと)信じてもらえない。ただ赤黒く染みついたユニフォームだけが、先程の光景を証明していた。それから時折、あの時の感覚が枯れ井戸から感じた。けれど赤地さんは近づき、蓋を開けることは決してしなかったそうだ。


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