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"i" #7

僕はまたしても公園の土を踏みしめた。
あれから雨が止んで土も乾き、ぬかるんだ場所はなくなっていた。
『彼』は来なかった。
それでも僕は待ち続けた。

そして、二週間くらい経ったある日、『彼』はふらりと公園にやってきた。
久しぶりに会った『彼』は、右手に痛々しい程の包帯を巻いていた。
「久しぶり」
僕は何事もなかったかのように声をかけた。
『彼』は驚いたのか、一瞬だけピタリと動きを止めた。が、すぐに左のポケットから何かを取り出した。それは僕の携帯だった。
「これ、返しておくよ」
「ありがとう。ところで、右手の怪我…」
「それから、俺のことは忘れてくれ」
「…えっ」
突然の言葉に、僕はパニックになった。あれだけ仲良くなってサッカーも教えてもらった友達に、そんなことを言われたことがとにかくショックだったのだ。
「…右手の怪我は大丈夫?」
僕は壊れた機械のように同じことを言うしかなかった。
「…なぁ、大丈夫?」
友情の終わり。楽しかった日々の終わり。それらが走馬灯のように思い出され、そして、僕が考えたくなかった、考えようとしなかったことが頭をよぎり始める。

最近起こっている殺人事件の犯人は、『彼』だ。

頭のどこかで、推測を確信に変えるべくピースがはまっていく。
僕の意志を完全に無視して。
『彼』の右手の怪我。そして、あの日見た右手に刺さったナイフ。それとは別に血がべっとりと付いたナイフ。異様に多い『彼』の出血量。今目の前にいる、右手に包帯を巻いた『彼』。先程の『彼』の態度。
分かりたくなかった。
理解したくなかった。
何故だか知らないが、自然と涙がこぼれ始めた。
「わかっているんだろう」普段饒舌ではない『彼』が重い口を開いた。
「俺が最近起きている殺人の犯人だということを」
「…」
「俺がお前になかなか会えないのは、殺人の準備やらで忙しいから。これからもっと忙しくなるから、お前と会う暇なんてない。それに」
『彼』が言葉を切った。
「お前とは、友達なんかじゃないから」

時が止まった気がした。
なるべくこちらに顔を見せないように歩き去っていく『彼』を、僕はただ黙って見ていた。
もう戻れない。あの楽しかった日々には…

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