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ある作家の試練

ジリリリリ、ジリリリリ。

一ヶ月に一度鳴るか鳴らないかくらいの電話のベルが鳴った。
ここはオフィス、と呼ぶには畏れ多いくらい散らかったオレの仕事場だ。仕事なんてここ数ヶ月していないが。
デビュー作が百万部売れるという輝かしい功績を達成したものの、それ以降はなかずとばず。生活は、泣きたい飛んでしまいたいほどの散々な有り様だった。そんな底辺のオレに人生を変える電話がかかってきた。

「はい」十回目くらいのベルで、オレはようやく出た。ベルの音がうるさかったからだ。
「岩山国六郎先生の作品を完成させてもらえないでしょうか!? あっ、私、松山田出版の斎藤と申します」
「はあ。あの岩山国先生ですか」
「はい。『とめどなく降りゆく雪のように』で文学賞を総なめにした」
「あの岩山国…」
「はい。岩山国先生の小説の続きを書いて欲しいのです」
岩山国先生と言えば、1週間前にテレビでインタビューを受けているのを見た気がする。そのくらい今話題の作家だ。
「どうして私に」
「古今東西あらゆる作家に電話したのですが、皆様断られまして、仕方なくもっと幅広くお声がけしてみようと考えたのです」
「そもそもなんで私が続きを書かなきゃいけないんですか? 岩山国先生が書けばいいじゃないですか」
「いえ、この400字の原稿の続きを書いてほしいというのが岩山国先生のゆ、いえ、希望なのです」
「そんなこと言われましてもねぇ…」
「ダメですか…それでは」
「ちょっと待った!」
ここで断ってしまっては仕事もないし、家賃も払えなくなる。
「金額は…どのくらいですか?」
そう聞いたところ、電話の向こうの彼女は、今までに聞いたことのないような金額を提示してきた。これはやるしかない。
「やりますやります。やらせていただきます」
こうして私は今年初めての仕事を手に入れた。


一夜明け、私はなんとなくテレビを見た。
「速報です。作家の岩山国六郎が急逝したことがわかりました。54歳でした」

【続く】

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