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成長を、実感すること。

今回も、最近の気づきについて書きます。

普段、なかなか自分自身の成長に気づくことって難しいですよね。

そんな中、暫くの期間、一緒に同じ時間を過ごしている方々から、自分の成長度合いを気づかせてもらうことが、ここ数ヶ月の間に何度かありました。

毎回、自分では全く意識していなかった部分に気づかせていただいて、あれ、私こんなこともできるようになっていたんだ…!と驚いてばかりです。

見てくれている人がいて、それをちゃんと表現して伝えてくださることって、本当に嬉しいことだな、と感じました。ありがとうございます…!

お互いにバックグラウンドが違う方々が集まるコミュニティですが、その中でお互いを励まし合える状況がとても心地よいです。


この経験から、誰かの「最初の状態をしっかりと覚えておく」ことは、実はすごく大切なことなのでは、と思いました。

この最初の印象を忘れてしまうと、現在の状態しか気づくこと、伝えることができず(これができるだけでも大切だと思いますが…!)、相手に伝える場合だと、何が変わったかまでは上手く伝えられなくて、相手と分かち合える感動度合いが小さくなってしまうのかな、と思いました。

「前はこうだったのに、今はこうなっているのがすごく変わったよね!」と具体的に言ってもらえることによって、受け取る側としてはとても嬉しいし、何よりも成長を実感できるのでは、と思います。

今回、このような経験をして、私も相手の変化を感じた時は、しっかり何らかの形で伝えていきたいな、と思ったし、やはり言葉を使わないと伝わらないことがあるな、と改めて強く思いました。



「自分自身の成長に気づくこと」について考えてみると、本当に自分の変化って見えづらいな、と思ってしまいます。それでも、私たちは日々少しずつ成長しているはずなんですよね。

他の人のことは見えたとしても、自分の状態を見ようとすると少しぼんやりしてしまい、感覚で成長を捉えてしまいがちなのかな、と思います。


ここで、「成長」という言葉から、もう少し自分の行動を振り返ってみました。

もし、誰かからの承認・評価を得るために成長する、という行動パターンを取るとすると、自分をとても苦しめてしまうのでは、と思います。

いつだって、自分のために頑張るからこそ、自分が心から望む方向に進むからこそ、「成長」なのでは、と思います。

誰かに変化を気づいてもらえることって、嬉しいことだし、自分自身の変化に気づいてあげることって、難しいことだけど、成長において、やはり些細な変化にでも自分自身が気づいてあげられるのが1番なのかな、と。

誰かから自分が気づいていなかった変化に気づいてもらえる場合は、また違った状況なのかもしれないけど、自分が自分の成長に気づかないと、誰かからの承認・評価がいつも成長の判断基準になってしまい、自分軸で物事を考えられなくなってしまうことでもあるのかな、と。

以前、自分の「成長」に対して、何となく焦っていた時期があったのは、どこかしら他人軸で考えてしまったからこそ出てきた感情だったのかな、と気づいたような気がします。


誰かに成長を認めてもらえるのはとても良いことだけど、成長の本当の意味を考えて行動していかなければ、自分を苦しめる原因になる、と思った出来事でした。

出来事1つ取っても、いろいろと考えてしまうものですね。

そして、自分軸、大切ですね。整えていきたいものです。

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