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Vol.89:「多幸の山学校」の「循環王アーリー」

「羽衣天女アキコ」に連れられて「多幸の山自然学校」に夕闇が漂う中、訪問する。翌日のイベント準備で、ちょうど滞在中の、この学校を作った「循環王アーリー」に会わせたいという「羽衣天女アキコ」の計らいであった。

「循環王アーリー」は仙人のような姿であった。茹でたての枝豆をご馳走になりながら、いろんな話を聞かせて頂く。

「循環神アーリー」は、パーマカルチャーの先駆者のような存在。
沖縄にこの拠点をつくり、全国のパーマカルチャービレッジの拠点をたづね歩き、指導し、時には大学で特別講義をやったりする、もはや、レジェンドである。

最初は私が安易にパーマカルチャーに憧れてるのではと訝しんだが、パッシブデザインの環境建築を作っている話とか、琉球風水の探究、自然農法の探究とか、いろんな話を聞き、幾分心を開いて頂いたかもしれない。

そして、翌日のイベント、もう締め切っているのだが、「羽衣天女アキコ」の付き人という設定で特別に参加させて頂いた。

毎年、皆で何かを手作りするという体験イベントを主催している。今回は、ベテラン陶芸家のために、皆で登り窯を手作りしようというものだった。

もうすでに、数回開催されており、今回は、骨組みの竹の伐採、泥粘土によるレンガ作り、というタイミングであった。

30人ほどの、自然と親しみたい人や、焼き物やりたい人や、様々な人が参加していた。

「青神馬マキコ」「五穀神サエ」「海王神オックン」など、顔見知りとの再会や初遭遇のきっかけにもなった。これからの時代を担うキーパーソンがごっそり集まっている。そんな学校である。

「循環王アーリー」は、風貌からは想像出来ないくらい細やかなサービス精神で、参加者を気遣いながら、楽しいイベントを運営していた。その生き様に感動を覚えた。

パーマカルチャーを語る時に、「循環王アーリー」の事は知っておかねばならないだろう。

全国からここをおとづれる人は多いらしく、すでにSNSで繋がっていた安曇野のシャンティクティ臼井さんも、メンバーを連れて遊びにきたばかりだったようだ。

先般、登り窯の完成を見届けるかのように、ベテラン陶芸家が急逝された。追悼の火入れも行われて、年一回のお祭りも開催されたようである。
個人で登り窯を作るのはハードルが高いのだが、その陶芸家の夢を皆で叶えようという美しいストーリー。陶芸家もこの世への未練がなくなり、天に登っていったのだと思う。

素晴らしい取り組みをされている場所である。

続く。

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