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むすこが初めて「おはなし」を作って聞かせてくれた夜の話


 我が家のリビングには、5才になる息子のコトの本棚が置いてある。 
 
 トーマスやパウ・パトロールのキャラクターを紹介する絵本や、動物の図鑑に、毎月届くこどもチャレンジの教材など、コトのお気に入りの本たちがぎゅうぎゅうに詰まっている、そんな楽しそうな本棚だ。

 息子はリビングで遊んでいるときや、トイレに向かう途中など、ふとした瞬間にこの本棚を眺めては、目をキラキラとさせている。

 そしてそんな様子を見て、僕と妻は、「コトくん、本が好きな子に育つといいね」とこっそり笑い合うのだ。

***

 さて。そんなお気に入りの宝物がつまった本棚から、コトは毎晩、何冊かの本を持ってきては布団の上に並べて、

「ぱぱ、ほん、よんで! きょうは5つ!」

 と、読み聞かせを頼んでくる(ちなみに余談だが、コトは5才になってから、「5」という数字が特にお気に入りである)。
 しかし、僕も正直にいって眠い。ここから5冊もの絵本の読み聞かせはなかなか厳しい。

「えっと、パパね、今日は仕事で疲れているから、1つにしない?」
「えー、じゃあ3つにしまーす。おねがーい!」

 コトはこの「おねがーい!」を、上目遣い&甘い声で発してくる。
 これがまた、信じられないくらいに可愛い。
 僕はすぐに降参して「じゃあ3つでいいよ。特別だぞー」と言う、ここまでがいつもの流れになりつつある。

「やったー! じゃあ、トーマスからでーす」

 コトがにこにこと、こちらに絵本を差し出してくる。
 僕はそれを受け取り、「はじまり、はじまり」と、1ページ目を開いた。

***

 ちなみに余談その2だが、妻が言うには、このコトの交渉術は、おやつの場面などでも発揮されているらしい。

「チョコ、10コたべたーい!」
「10コは多いよ」
「じゃあ5コ。おねがーい!」
「5コかー、しょうがないなぁもう。特別ね!」と、妻も割とすぐに降参しているらしい。
 息子に弱い夫婦である。

***

 とまぁ、こんな風に息子のおねだりに負けて、寝る前にたくさんの絵本の読み聞かせを行う日々がつい最近まで続いていたのだが、ーーある冬の夜、絵本を読んでいると、最後のページに入ったところで、コトが僕の顔を見て、こんなことを言った。

「ねぇパパ。きょうも、”おしまい”?」
「ん? そうだよ。もうすぐおしまいだよー。めでたし、めでたし、だね」「そっか」

 と、コトはそう言って、珍しく少し考えるような表情を浮かべていた。

 結局、その日は読み終えた絵本を3冊、本棚に戻すと、お布団に入ってすぐに、すやっと眠りについた。
 なので僕は、「どうしたんだろ?」と思ったことさえ忘れてしまったのだがーー

***

 次の日の夜、いつものようにコトの歯磨きを終えて、寝室から「さぁ、寝るよー」と声を掛けると、タタタっとコトがやってきて、こてん、と僕の脚を枕にして寝転んだ。

(ちなみにコトは、僕の脚を枕にしがちである。)

「あれ? 今日は本を持ってこなかったの?」
「パパ、きょうはね、”おはなし”にしようとおもうの」
「ん?」

 おはなし?

「えっと、本を読むんじゃなくて?」
「うん。コト、”おはなし”したい」
「どうしたの? コトくん、同じ絵本ばっかり読んでたから、飽きちゃったのかな?」

 だとしたら、次の週末にでも、また息子と本屋に行って、新しい本を買ってあげよう。
 と、そう思ったのだが、コトは首を横に振った。

「ぜんぜん、ちがーう」

 まさかの全否定だった。

「パパが同じ本ばっかり読んでたから、コトくんが楽しくないのかなって思ったんだけど、違うの?」

 僕がそう言うと、コトは、ゆっくりと言葉を選んで口を開いた。

「コトね、”おしまい”がいやなの。だから、きょうは”おはなし”にするの

 ……おお、と、僕は驚いた。まじか。
 この子ったら、いつの間にか、ずいぶんと難しいことを考えるようになったじゃないか。

 確かに昨日の夜、コトは本の「おしまい」を気にしている様子だった。
 けど、まさか「絵本だと”おしまい”があって嫌だから、終わりのない”おはなし”がいい」と、そこまで思っていたは、正直なところ想定外だった。

「そっか。コトくんは、”おしまい”がイヤなのか。教えてくれてありがとうね」
「うん。コトはね、もっと、もーっと」

 と、小さな両手を目いっぱい広げて、コトは言う。

「よんでほしいのに、おわっちゃうのがいやなの」

 僕は「そっか。わかるよ」と、笑いかける。「じゃあ今日は特別に、コトくんが好きな”おはなし”にしようか!」
「ほんと? いーっぱい、おはなししようね! コトがねるまで、”おしまい”にしちゃだめだからね!」
「じゃあ今日は、コトくんが好きな”おはなし”を、パパに聞かせてよ」
「いいよ!」

 ぱぁっと、コトは顔を輝かせた。

「あのね、コトはねーー」

 語り口もたどたどしく、展開も急で、話しがあちこち飛んで、登場人物もキャラクターも入り乱れて。
 そんな、夢のように楽しい5才の息子が語る”おはなし”を、僕は一生覚えているのだろう。

***

 そして、寝室の様子を見に来たお風呂上がりの妻から、

「いつになったら寝るの! もう寝る時間、過ぎてるでしょ! っていうか何!? パパとコトくん、2人でこっそり楽しそうに話してる! ずるい、わたしも混ぜてよっ!」
 
 と、そんな風に怒られんだけど、このちょっとしたエピローグも含めて、ーーこの日、息子が一生懸命に語ってくれた初めての物語を、僕はきっと、忘れることはない。

「つづきは、また今度ね」

2022年3月 ぺんたぶ


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