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味覚障害で料理の味付けが出来ない妻を、息子が「味見やさんですよー!」と助けてくれた話

 妻が抗がん剤による治療をはじめて、三か月が経った。
 この抗がん剤だが、いろんな副作用がある。
 有名なものとしては、脱毛や体の痛み、倦怠感といったものよく知られているが、実は「味覚障害」も、かなりやっかいなものである。

 妻は、この味覚障害が強く出た。
 何を食べてもおいしく感じられず、苦みを感じたり、味がしなかったりするせいだろう。
 結果的に、妻はみるみるうちに痩せてしまった。

 そして、妻自身の食事の問題だけでなく、――日々の料理においても、大きな問題が生じることになった。

 そう。妻は、料理に自信がなくなってしまった
 味がわからないので、味付けができないのだ。

 そんな問題を解決したのは、――小学生になったばかりの息子の「はーい! 味見やさんですよー!」という満開の笑顔だった。

 今日は、そんな話をしようと思う。


******

「わたし、ご飯をおいしく作れない」と悩む妻

 
 ある日の夕方のことである。
 在宅ワーク中にもうすぐ始まる会議の準備をしていると、コンコン、と僕の部屋のドアがノックされた。

「はいはい」とドアを開けると、そこにはしょんぼりとした表情を浮かべた妻が立っていた。
「どうしよう。わたし、ご飯をおいしく作れない
「え?」
「晩ご飯を作ってるんだけど、味がわからないの」
「そっか、味覚障害、でちゃったか」

 最近、妻はお風呂上りに体重計の上で、「わー! 高校時代のマイベスト☆体重になった!」なんて言うことが増えていた。
 明らかにカラ元気で言う妻の声に、僕は内心で、「もっと食べさせよう」と誓っていたのだが、いくら僕が勧めようとも妻が食べる量は減る一方だ。

 これは食欲の問題ではなく、”味がわからない。ご飯を美味しく食べることができない”という理由のほうが大きかった、ということなのだろう。

「どうしよう。お仕事、まだかかる? お料理、手伝ってほしいなって」
「任せて。仕事は、もう1つWeb会議が終われば、すぐあがれる」

 僕はそれなりに料理ができるし、何より妻を支えるために週休三日制度や在宅ワークを活用しているのだ。

 ここで妻の代わりにキッチンに立たねば意味があるまい。
 僕はPCを操作してWeb会議にログインすると、イヤホンを耳に挿した。

******

息子が「2人でやると、はやいのほうそく」を使った日

 打ち合わせを終えて、イヤホンを外す。
 PCの電源を落として部屋を出ると、キッチンから、妻と息子のコトくんが、何やら楽しそうに話す声が聞こえてくる。

「は~い、味見やさんですよ~。いらっしゃいませ~」と、コトが楽しそうに笑っている。

「あ、また味見やさん! また来てくれた! じゃあ次は、こっちのお味はどうでしょうか?」
「どれどれ~? あ、美味しいです! このぐらいでいいですね~。おかわり!」
「ちょっと、もう味見の量じゃないじゃん」

 キッチンに入ると、妻が「じゃあ、おかわりどうぞ」と、コトの口にお肉を一切れ運んでいるところだった。

「あ、パパ! おしごと、おわったの?」
「うん。コトくん、お料理を手伝ってくれてたの?」
「うん! ぼくはね、味見やさんなの」
「味見やさん! そっか、パパの仕事がなくなっちゃったなー」
「えへへ」と、コトが胸を張って笑う。「2人でやると、はやいのほうそくだから」

 ”2人でやると、早いの法則”。
 これは僕ら夫婦が新婚の頃から使っているフレーズで、キッチンで2人ならんで料理をしたり、一緒に洗濯物をたたんだりするときによく使っている。

 息子のコトも、僕らがよくこのフレーズを使うのを聞いていて、いつの間にか覚えてしまっていたのだろう。
 と、そこで妻が横から言う。

「はい、パパの仕事も残ってまーす。味見やさんとの相談に夢中になってて、お味噌汁づくりがまったく進んでませーん。ここからバトンタッチをお願いしまーす」
「あ、よかった! パパの仕事も残ってた! はい、じゃあ交代でーす。あとはパパが作りまーす」

 そういって、僕はエプロンを手に取る。
 すると、息子がにっこりと笑って言った。

みんなでやると、もっとはやいのほうそく。だね」

******

みんなで「今日のごはんも美味しいね」と笑いあえること

 夕食中、コトはずっと、
このお肉はね、ぼくが味見をしたんだよ。おいしー!
 と、たくさん味のレポートをしてくれた。

「大丈夫? 食べられそう?」と、小声で妻に聞いてみる。
「うん。みんなが美味しいって言って食べてくれると、不思議と美味しく感じるね」

 たしかに、いつもより妻のお箸の進みも早いようだ。

みんなでたべると、おいしいのほうそく?」と、コトがニカッと笑う。
「そうだね」と、妻も楽しそうだ。

「……ところでコトくん、パパが作ったお味噌汁も食べてくださーい。お野菜がいっぱいで、体にいいんだよ」
「わ、バレた」
「ほら、みんなで食べると美味しいの法則なんでしょ」

 するとコトは、お味噌汁の野菜を一切れ、口に運んだ。

「……にが~い」
「あらま。みんなで食べると美味しいの法則、お野菜には効かないんだ」
「……そんなことないよ!」と、コトはもう一口、野菜を食べる。

 にがそうな表情で、でも頑張って苦手な野菜を浮かべる息子の姿に、僕と妻は笑ってしまう。

「頑張ってえらい! ほら、お肉をもっと食べな」

 すると、コトは大きな口で、お肉とご飯をほおばった。 

「うん。こっちはめっちゃおいしい。だって、ぼくが味見やさんになって味見したしね!」
「あはは。じゃあ次は、野菜のほうもたくさん味見をお願いしようかな」

 僕がそう言うと、コトは目を逸らした。

「……そのときは、味見やさんがおやすみかもしれないけどね」
「え、そんなことあるの!?」

 そんな会話に妻が笑い、そして言う。「今日のご飯は、すごく美味しい」と。

あとがき

なお、途中の「マイベスト☆体重」という記載は、妻自身のチェックによる追記であることをここで補足しておきます。
(☆を追加してほしいとの強い要望により。)

さて。
ということで、今回も、いつもの「購入しなくても無料で全部読めます」の設定にしていますが、よろしければ、僕たち家族が、この「病めるとき」を無事に乗り越えられるよう、コーヒーを一杯飲んだつもりで、購入やサポートでお力添えいただけますと、大変うれしく思います。

もちろん、”いいね” や ”スキ” 、拡散だけでもありがたいです!

本当に、お気持ちは十分に届いております&とてもとても助かっております。いつもありがとう!

2024年8月 ぺんたぶ

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