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「一貫性の罠」にご注意を

M&Aを仕事にしていますが、多くの場合相手との直接交渉、いわゆる「相対取引」になります。買収金額の評価方法や買収条件には当然いくつもの考え方がありますが、突き詰めるとお互いが納得するかどうかが交渉のポイントになります。M&Aの交渉には、人間心理が大きく関わっているということです。

そこで、今回は仕事の中で体験してきたことを、読んだ本の理論とともに、備忘の意味も込めて書きたいと思います。一貫性という心理法則です。
M&Aに関わらず恋愛、転職など様々な面で知っておくべき心理法則だと思います。

イメージしやすいように、日常的な例を出したいと思います。
誰かと口論になったけれど、頭を冷やしてみると大したことはなかったと思い直す。しかし、思い直したにも関わらず相手に明るく話しかけたり、まして自分から謝ったりするのはなんとなく気まずくてできない。
このような経験をしたことがないでしょうか?

この例は、人には一貫性を持ちたいという欲求があることを示しています。

ほとんどの人には、自分の言葉、信念、考え方、行為を一貫したものにしたい、あるいは、他者からそう見られたいという欲求がある。 
                          影響力の武器より

一度自分が怒ったのだから、コロッと態度を変えることは避けたい。一貫して怒っている自分でいようとする心理です。

体系的に理解するために、社会心理学者ロバート・B・チャルディーニの「影響力の武器」を読みました。曰く、なぜ人が一貫性を保ちたいと思うのかというと、
1つに社会的な評価があるそうです。コロコロと態度や発言、行動を変えることは他者から好ましくないと思われやすいので、避けたいという心理です。
他には思考の近道であるということが挙げられます。一度自分が決めたスタンスを貫くことは、その都度考えることを避けられるので、楽だということです。痩せられると信じて購入したサプリメントを、効果が出てるかどうかは分からないけれど飲み続ける、というような例が挙げられます。

私が経験したとあるカンボジア企業のM&A案件は、大まかに見て対象会社は優良で、現在のビジネスとのシナジーも大きそうだということで、社内のメンバーや交渉相手となる株主に対してさっそく「M&Aを検討します。」と宣言しました。
相手との面会も無事終了し、買収後の事業計画作成や譲渡価格の評価、法務・会計税務のチェック・各種契約書の作成などを進めていました。
ところが、その途中でカンボジアの景気予測に変動がありました。(EUとの貿易協定に変化が生じた。)また、某感染症の流行などの社会不安も生じました。
結果として、一旦スパッと計画を止めて様子を見ながら慎重に進めることになりましたが、やはり社内外に宣言し、手続きを進めれば進めるほど引き返しづらい心境になります。
本当はやめるべきなのに、やめづらい心理
。これが一貫性の罠です。

この心理は、M&Aのみならず、様々な場面で問題になります。
例えば、自分から告白して付き合ってみたものの、実は暴力的な彼氏だった。とか、必死で採用試験に合格して念願かなって入社したものの、その会社はいわゆるブラック企業だったというようなものです。
自分から告白するなど、積極的に動いた時や必死で採用試験に合格するなど苦労した時ほど、一貫性の法則は力強く働いてしまうそうです。別れるべきなのに別れられない。退職すべきなのに続けてしまう。このような罠に陥ってしまうことがよくあります。

一貫性の法則は他者から受け入れてもらいやすかったり、いちいち考えなくて済んだりとメリットもありますが、
自分が主張したことや現在行っていることに少しでも違和感を感じたら今までのことはなかったと考えて、フラットに今の状況ならどうするかを考えないといけません。過去に引きずられて誤った一貫性を持ってしまうと後悔に繋がります。

まずは人間には一貫性を持ちたいという欲求があることを頭に入れておくことが重要かと思います。その上で、自分の決定に違和感がないか、あるとしたら「過去のことは忘れて今の状況ならどう判断するか」を考えるようにします。

状況が変わったら、勇気ある撤退ができようにしておきましょう。
損切りとも言います。とても大事だと思いました。

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