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2021年に読んだ本 【橋本治 「生きる歓び」】

本との出会いはタイミングがあると思う。
今、この時に読むことで一生の糧になる、そんな出会いの瞬間がある。

橋本治の短編集「生きる歓び」を読んだ。

「にしん」「みかん」「あんぱん」「いんかん」「どかん」「にんじん」
「きりん」「みしん」「ひまん」の9篇。

どれも主人公はふつうの人。
何の事件も起こらない。どんでん返しもない。「ちょっと良い話」にならない。
ただ、何でもない日々が重ねられていく。
時折の非日常は主人公たちにとって日常の続きで、
静かに日常が積もって、人生ができていく。
生きるということの実在がここに在る。

初出は1994年。
もし30年前にこの小説を読んだら、『何これ』で終わったと思う。
どこが生きる歓びなのか、さっぱりわからなかったと思う。
そもそも1980年代の橋本治は「桃尻娘」だった。
田舎町の高校生は、書店の本棚に並ぶそのタイトルだけで
真っ赤になって目を逸らした。
橋本治という作家は、私にとってそういう人だった。

時は流れて2021年。
kindleでこの本を読んだ。
(海外在住の読書中毒者に、電子書籍は計り知れない恩恵をもたらした)
著者は故人になり、私は56歳で、そろそろ人生の終盤が気にかかる歳になった。
20年以上勤めた会社をコロナの影響で退職した今
日常という静かさを心から愛しく思う。

蕎麦屋の出前持ちの青年の、18歳から19歳へと移ろっていく心。
自分を「オレンジになれないみかん」と呼ぶOL。
にんじんをはさんで珍妙にすれ違う父親と大学生の娘。
見知らぬ街で、ひとつのあんぱんに華やぐ初老の女性、艶やかな餡の色ー。
著者は丹念に掬い上げ、そしてさらりと描く。


しみじみ、良いなあと思った一冊だった。
今 読めて良かった本だ。
kindle 2021年200冊目の本。


初投稿です。
どうぞよろしくお願いします。








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