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『推す』話

今日も起きれました。

GWも終わり、普段の日常が戻ってきました。
私は葬儀やら旅行やらのおかげでグッチャグチャになった部屋の掃除をしていました。
文学フリマも近づいてきましたが、ポスター台が破損していることが判明し、現在心底焦り中です。
本当は大お風呂掃除もしたかったのですが、洗濯物も雨で干せないので明日に延期です。

さて、今日は『推し』ではなく『推す』という行為自体を考えてみようと思います。

私の中で推すという行為は『ネガティブ』でありたくないと思っています。
勿論、人一人の人生、キャラクター一人の人生が永遠にハッピーだとしたら、それこそなんか不公平な感じがしますし、上がるときもあれば下がる時夫あります。
ここでいうネガとは、まぁ例えば『警察のお世話になる』とか『大病を患う』とか、お互いに利のないことを指します。
ようするに推しには楽しく健やかに生きていてほしい、ということです。
推しに元気を貰いたいし、嬉しいことで悲鳴を上げて涙を流したい。
引退とかそういう瞬間がくるまで健やかに推させてほしい。

最近、縁あって推しという存在を強く認識する出来事があったのですが、
なんといいますか


『元気に笑顔で生きててくれよな!!!!!!!!!!』


というなんか気持ち悪い感情になりました。
推しという存在をあくまで健康的に摂取していきたい。
そして推しの活躍をこれからも深く祈っていきたい。
頼むから警察の世話にだけはならないでくれ。(捕まったことがある)
あと若いんだから健康的に生きてくれ。(早死にされたことがある)

そしてそんな画面の向こうに輝いている推しを眺めながら、求人サイトを覗くのでしたはーあ。
就活頑張ります。

そんな感じです
それではおやすみなさい



今日の一句
『確かにあの日夜明けが来たんだって』

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