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人混みが嫌い

人が集まると、一人一人が考えて行動しなくなるので嫌いだ。
ハロウィンの渋谷や満員電車での痴漢、誹謗中傷がその良い例。

今回は特に誹謗中傷について。

有名人への誹謗中傷を平気でする人がいる。
おそらく人が集まって“マス”になったつもりで発言でもしているのだろう。

論理的でない感情の爆発の集まりのまま突き進んで
個別に法的処理を行うと言われると萎縮する。

論理的であれば、法的処理の間にその整合性が評価され
より良い関係の構築やお互いの思考の改善に繋がるだろうに。

ディベートのやり方を知らない人が多過ぎる。

論理的な正しさを追求するか
感情等で押し切るか(または不適切な仮定の元での正しさを主張したりも)

上記の二つがよく見る議論の終わらせ方で、
前者の終わらせ方でないと建設的な議論ではないと思う。
後者は主張している人の一時的な快楽の享受でしかない。
後者の例には

“それは悪魔の証明だ!”
(命題や補題を再定義必要がある可能性がある)

“はい、論破。”
(自分勝手な感情で議論を終わらせようとする)

“その点については問題ない。”
(上と同じ。十分と言える根拠を示す必要がある)

があり、特にこの三つはまるで正当な理由かのように“マス”に受け入れられているのが本当に信じられない。

・自分が間違っている可能性も含めて、自分の意見を肯定する根拠

・相手が正しい可能性を含めて、相手の主張を棄却する根拠

これらを集めて議論を進めることはできないのだろうか。

その他もしエンターテイメントとして誹謗中傷をする人がいるのであれば、
法的処理においてそのひねくれた行いを矯正してもらった後、社会復帰してもらいたいものだ。

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