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46.お正月を返上して初めてのDIYをした話

妻はホームセンターで涙した。
嬉しくて泣いたのではない。悲しくて泣いたのだ。


幼い頃からホームセンターには夢がありました。広大な土地の上にドシッと構えた、どこかB級感を醸し出す外観。店内には多種多様なアイテムがひしめき合っていました。

何に使うかわからい工具。
聞いたこともない色のペンキ。
秘密基地を彷彿とさせる木材。
雑多に置かれた植物。

大人になって久しぶりに訪れたホームセンターにも、幼き日々に見た輝きが、確かにありました。

色褪せない魅力を持ったホームセンターで、妻が涙したのには訳があります。

話は去年の暮れに遡ります。



***



「今年の年末年始はどこにも行けないねえ~。」
「そうだね。せっかくだし家でゆっくりしようか。」


そんな他愛もない会話をしていた時です。
妻が何かをひらめき、サッと立ち上がりました。

「D・I・Yがしたい!!」

あまりに突然の出来事でした。
僕が「DIYってなんだったけ?」なんて思っている間にも運命は動きだしていました。
思い立ったら即行動が、妻のモットーです。
スマホを手に取り、数秒間せわしなく指を動かし、「ふう~」と大きく息を吐きました。

「ど、どうしたの?」

僕は恐る恐る尋ねます。

「え?ああ。友達に工具セットが欲しいってラインしたの。」

「(え、ええーっ!!)」


驚きのあまり声が出ず、僕は心の中で叫びました。
なんて強欲な女性なんだ!とたまげていると、ルンルン気分の妻が説明してくれました。

「ずっと結婚祝いの品で何が欲しいか聞かれてたの。欲しいものがなかったから保留にしてたんだ。よかった~。これでDIYができる!」

なんだそういうことか。僕は一人、胸をなでおろします。妻が友達から搾取を繰り返す強欲なモンスターじゃなくて、良かった~!
勝手に生み出した悩みが勝手に解決されました。

「机を作ります!」

妻の高らかな宣言が部屋に響きました。
それにしても工具が欲しいと言われた友達はさぞ驚いたことだろう。


***


友達は近くに住んでいたので、工具のプレゼントを頂きがてら、遊びに行くことにしました。
例年よりも年末感が薄い年の瀬、12月31日のことです。
「工具が欲しい!」と頼んでから1週間ほどしか経っていません。
何かを始めるにはスピード感が大切なのかもしれません。のんびりとしていたら気持ちが変わってしまうかもしれませんからね。

その友達の実家は妻と同じ山梨なのですが、やはりお正月は帰らないそうです。
近況報告なんかをし合いながら、出前のお寿司を食べました。
なかなか人に会えないご時世なので、誰かと会ってご飯を食べるという行為がとても楽しく感じました。

さて、待ちに待った工具たちはこちらです!!





***



道具が揃ったら、やることは1つです。

材料を買いに行こう!!

お正月なんて何のその。ホームセンターはいつも通り稼働してくれます。いやぁ有難い。
工具セットを貰った翌々日の1月2日の出来事です。
設計図を書き記したiPadを片手に木材売り場を練り歩きます。


結論から言うと2時間かけてじっくりとホームセンターを探索しました。
廃材となっていて数十円で売っている木材の中からほど良き木を探し求め、どうしても見つからなければ綺麗にカットされている良き木を買いました。

僕も妻もDIYは初めての経験なので、何を買っていいやら悩みに悩みましたが、わくわく感だけは高まるばかりでした。
ホームセンターに夢がつまっている理由は、このわくわく感なのだとわかりました。
創作のイメージが無限に広がる場所に夢を感じず何を感じれば良いのでしょうか。

他にも釘やペンキ、刷毛などをかごに入れレジに並びました。
順番が回ってきたタイミングで、仕上げにレジ横の棚に並べられたキャラメルをかごに入れます。

これで完璧だ!と思った矢先です。

バーコードを読み取るたびに上がっていく数字を眺めて、妻は目を潤ませています。
気分が高揚している時こそ、気を引き締めなければいけません。

レジに表示された価格は、「6,000円!!!」

高いと思うか安いと思うかは、人それぞれです。
人それぞれですが、妻は笑顔を失いました。
立っていた地面の底が抜け、奈落へと落ちていったのです。

急速に蓄えられたわくわく感は姿を消し、表情が無くなった妻はポツリとつぶやきます。

「ニトリで机買った方が、安いじゃん。」

すっかり気を落とした妻の肩を抱き、僕たちは帰路につきました。

***


1月2日のお昼過ぎ。
大きな荷物を抱えて家に着きました。

「はあ~。」

気を落とした妻は一定の間隔をあけて大きなため息をつきました。
6,000円の出費。余分に買ったと言えば、レジ横に置いてあったキャラメルのみ。
しかし、帰り道キャラメルの甘さにウットリしたことを考慮したら、無駄な買い物だなんて言えるはずがありません。
僕たちは実家から送られてきたお餅を静かに食べました。

もうここまでか、と思っていると

「よしっ!!!」

と気合の入った声が小さな部屋に響きました。
驚いた僕はうっかり餅を喉に詰まらせそうになりながらも、ようやく思い出したのです。

妻はやると決めたら最後までやる女性なのだと。

こうなったときの妻は最強です。スターを手に入れたときのマリオ、味方のピンチに駆けつける孫悟空です。

サーッとビニールシートを床に広げ、買ってきた材料を並べます。


ホームセンターでレンタルしたジグソー(1泊2日330円)で木材を適切なサイズに切り落とします。
1DKの小さな家の中に木を切断する音だけが響き渡ります。


大げさではなく地響きが起きているような感覚です。ほとんど全ての作業を妻が行い、僕はただ口をパクパクさせながらその手際の良さに脱帽していました。

(お隣さんの部屋まで響いていないかなぁ。留守にしていれば良いんだけど。)

僕と妻は大きすぎる切断音の中、テレパシーで会話をします。

(そうだね。うるさいって言われたら止めないとね。)

僕たちは静かに頷き合いました。
黙々と作業をすること数時間、いつの間にかカーテンの隙間から夕陽がさしてきました。
大方の木材を切り終え、あと少し!というところです。

「ドンッッッ!!」

と壁から音がしました。
ハッとして僕と妻は顔を見合わせました。

壁ドン!?!?!?

これが世に聞く壁ドンなのかどうか、真偽のほどは確かではありません。
なぜなら静かに過ごしていても、隣の部屋からは定期的に大きな音が聞こえてくるからです。

この音が定期的に聞こえてくるあの音と同様で、「うるさいッ!」の壁ドンではないかもしれません。

でも、平和な日常はご近所付き合いから始まります。
妻はそっとジグソーをしまい、いつもの満天の笑顔を僕に向けて呟きます。

「今日は、もうやめよっか。」

それは、いたずらずきの子どものような表情でした。

***


1月3日の朝のことです。

カンッ、カンッ、カンッ!
カンッ、カンッ、カンッ!

瞼は重く、頭もまだ起きていない中、子気味いいリズムが耳に届きました。

カンッ、カンッ、カンッ!

いったい何の音だろう。寝ぼけた脳をゆっくりと回転させます。

朝。子気味いい音。新婚生活。隣で寝ていない妻。

もしかすると、、!!

もしかすると、あれかもしれない!

カンッ、カンッ、カンッ!

男が一度は夢見る新婚生活。台所から奏でられる子気味いい音。
夫より早起きした妻が愛情たっぷりの朝ご飯を準備するアレかもしれない!

僕の鉛のように重かった体は無重力のように軽くなり、ベッドからスッと起き上がりました。
部屋を出てダイニングに向かうと、まさしく懸命に働く妻の姿が、、!

カンッ、カンッ、カンッ!

僕の開いた口は塞がらず、しばらく茫然としてしまいました。

そこにはカナヅチで木材に釘を打つ妻の姿があったのです。

マスクで顔を覆い、手袋で木くずから手を守り、ブルトゥースイヤホンで音楽を聴き、完全に自分の世界で集中しきっている妻の姿です。
僕が見ていることにも気が付く様子がなく、もう夢中なのです。

「ああ。夫ちゃん、おはよう!」

何本か釘を刺し終え作業が一段落すると、ようやく僕の存在に気が付き、爽やかな挨拶をしてくれました。

いったい何時から作業をしていたのだろう。
昨日は木材を切ることしかできなかったのに、ビニールシートの上には立派な引き出しが完成されいました。


妻は、僕の驚いた表情を見て僅かにはにかみ、一人黙々と作業を再開します。

僕はというと活気ある室内で、いつものようにインスタントのホットコーヒーを飲むことにしました。
静かにコーヒーを啜りながら、お正月キャンペーンで無料で読めるようになった漫画をアプリで読みます。

一通り漫画を読み終わると、すっかり目も覚めました。
妻がDIYに集中できるように、僕がやるべきことは1つです。

「(妻よ、家事は、僕に任せなさい!!!)」

心の中で固い決意をし、掃除、洗濯、料理を行います!
途中、お昼休憩をはさんでお餅を食べた以外、妻は手を休めることはありませんでした。

こうしてお正月の家事は主に僕がやり、妻はDIYに没頭しました。
僕はここ最近料理にハマっているので、お互いがやりたいことをやる生活となりました。
僕が晩御飯(ビーフカレー)を準備し終えたところで、1月3日のDIY作業が終わりました。
改めて聞いて見ると、他の娯楽には目もくれず、この日だけで8時間DIYをしていたそうです。
しかし完成までには至らず、肩を落とします。
僕も妻も4日から仕事初めです。夜遅くまで作業することはできません。

「くっそう!あと少しだったのに!!!」

妻は心底悔しそうに、でも、とても充実した表情で言いました。

***


1月4日の出来事です。

世の中の3大嫌なことと言えば、
年末年始明けの出勤、ゴールデンウィーク明けの出勤、夏休み明けの出勤です。
嫌だ嫌だという気持ちを心にしまい込んで、スカスカの電車に乗りこむのです。

この日は会社として「有給推奨日」に指定されており、妻は午前中だけの勤務です。
僕はテレワーク、有給消化という流行に流されることなく、1日通常どおり出社となりました。

「午前中で仕事終わらせて、絶対に机を完成させる!」

妻の気合とやる気は前日からきちんと継続されています。
年明け早々だからといって、暇だということは決してなく、忙しなく業務をしているとあっという間にお昼になっていました。

「かえります!」

妻からひと言LINEが届いているのを見て、僕の疲れも幾分か軽くなりました。

2021年。まだまだ若手営業の僕。
1月の数字見込みが計画に圧倒的に届いていません。
幸先の良くないスタート。スマホを見れば、緊急事態宣言をするしないのニュースで溢れています。
先行き不透明な1年です。
目に見えない敵との戦いに勝てるものかどうかわかりませんが、少なくとも負けたくはありません。
とはいえ、長期休みでたるんだ体を奮い立たせるのには、かなりの労力が必要です。

夕方になる頃には、すっかり満身創痍です。
もはや僕に残された希望は、妻が作る「机」のみです。

「はぁ~。」

大きく息を吐き、スマホを見てみると妻からのラインが5件きていまいた。

「できた!!」

その5文字がキラリと輝いて見えました。
ともに送られてきたのは様々な角度から撮られた机の写真でした。

早く帰って実物を見たい!!
僕は再度、自分に鞭を打ち、仕事に奮起するのです。


***


1月4日夜。へとへとになりながらの帰宅です。
年明け早々、少々のトラブルが有り、すっかり遅くなってしまいました。
妻は晩御飯を準備して待ってくれていました。

「おかえりなさい!」

いつもの通り明るく迎えてくれます。

「ただいま。つ、つ、机は?机はどこにあるの?」

僕は既に動揺を隠せません。

「こちらですよ。」

サッと扉が開きました。
そこには、見事にあるではありませんか!
待ちに待ったアンティーク感のある茶色い机が!
初めてDIYをしたとは思えない見事な机が!!


僕と妻は抱き合い、喜びを共有しました。
(9割9分妻が作ったのですが。)

最高です、DIY。

お正月を返上した代わりに最高の満足感を得られました。
ホームセンターで涙した妻の姿は、もうどこにもありませんでした。

ところで。

妻はなぜこんなにも一生懸命DIYをしたのでしょうか。
妻には刺繍やミシンなどといった趣味があります。

僕はお正月を返上してまで机を作り続けた妻に聞いてみました。

「妻はどうしてDIYをやろうと思ったの?」

すると、今までの歓喜が嘘のように妻は少しムスっとした顔をしました。

「そんなの・・・」

今更こんなことを聞いてしまって機嫌を損ねてしまっただろうか。
そんな不安に苛まれた僕をよそに妻は答えます。

「そんなの、夫ちゃんに褒められたかったからに決まってんじゃん。」

不意打ち、とはまさにこのことではないでしょうか。

僕は愛くるしい妻の頭をそっと撫でました。
妻は太陽のような笑顔で応えてくれました。
2021年。なんだかんだで最高のスタートです。

【ペンギンキッチンHPはこちら】

https://piitsuma.thebase.in/

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