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雷と鼠のフットボール

硝子戸の外に白い彼岸花を見かけなくなったころ、行き詰まった神様の肌のように色褪せた畳の上に、湖に浮かぶ海月のように寝転がっていた僕はふと、さっきまで読んでいた小説に見かけた「雷」という漢字のことを思った。

「蹴りたい」

しかし部屋の隅に飾られた紙のカレンダーが底のないゴミ箱の世界に着々と積み上がっていくたびに、真面目に走らない電車のように役に立たない非効率な願い、つまり「雷を蹴りたい」という願いが叶うということは、宇宙の地平線を流れる水滴のように澄み切った秋の夜に、どこかの王国の戦士のように堂々とそびえる星たちの名前を一つ一つ言い当てていくのと同じぐらいにちょっと難しいことだった。

僕はなにやら怯えた様子で天井裏からこちらを窺っていた小さな鼠に向かって草の葉も湿らさぬ細い雨のような声を出して言った。
「さっきから言ってる雷を蹴りたいっていうのは、自然現象としての雷を蹴りたいってことじゃないねん。文字としての『雷』を蹴りたいってことやねん。めちゃめちゃ転がりそうちゃう?」

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