見出し画像

第16回朝日杯将棋オープン戦名古屋対局観戦レポ(1月14日対局)


関西人気棋士揃い踏み

2023年1月14日(土)。将棋ファンにとっては夢の4ショットが実現した。今年の朝日杯名古屋対局本選A・Bブロックには人気実力ともにトップの棋士が偶然にも関西勢で出揃った。
久保利明九段、豊島将之九段、山崎隆之八段、菅井竜也八段。それぞれお一人だけでも一度は対局姿を拝見したい先生方がまとめて4人なんてチャンスは滅多にない。普段とはまるで違う猛烈なスピードで仕事を片付け、金曜日の夜に最終の特急列車に飛び乗って名古屋入りした。明日は夢の時間だ。そう思うとなかなか寝付けなかった。遠足前の子どもとまるで一緒である。

名古屋国際会議場の対局観戦の素晴らしさ

昨年初めてこの対局室観戦に訪れて、ステージの低さや観客との距離の近さが公式戦の公開対局の中でも随一だと感じていた。先生方の漏らした溜め息や呟きさえも聞こえてくるので、こちらも物音ひとつ立てないようにと身構えるので緊張感と先生方との一体感が凄い。最初、抽選販売で対局室観戦席に落選し、大盤解説会のみに参加するつもりだったが、追加発売があると知って迷わずに申し込んだ。
SS席が1〜4列、S席が5〜7列、A席が8〜11列で私はS席の7列目だったが、オペラグラスなしでも十分な迫力だ。幕張メッセ等の大規模会場ほどのキャパではないので、きっとA席最後列でも臨場感への満足度は高いだろう。

S席7列目からステージを見た場合

本戦一回戦A・Bブロック

▲菅井八段VS△山崎八段、▲久保九段VS△豊島九段で先後が決まり先生方が登壇される。いよいよ対局開始だ。駒並べの儀式は棋士にとって対局に臨むにあたり心を整えるための大切なルーティンだ。実際に目の前で作法を見られるのは嬉しい。器用に指先で駒を回転させつつ美しく並べ揃えていく。
今回からスマートフォンやタブレット端末を対局中に使用する事が禁止となり、観戦は盤面、先生方の表情や仕草、指し手の調子や応手の速さなどから感覚を研ぎ澄ませて形勢判断する事になる。
ぴよ将棋でギリギリ2桁級位は卒業できそうなレベルの棋力弱者の私に、トッププロ棋士の先生の指し手が理解できるのだろうか。甚だ不安だったが、実はこれが予想外にかなり楽しい経験となった。

豊島九段の攻め全開モード切替の瞬間

中盤の早い段階で久保九段が馬や龍をつくって攻めのペースを握り、豊島九段は受け続ける苦しい展開のようにみえた。だが後で評価値を確認すると、どちらかというと豊島九段有利の局面が続いていたらしい。しかしその時は豊島先生の棋風からして、ずっと守りの手を指さざるを得ないのは本領発揮できていないのではとジリジリとした重苦しさを感じていた。
一瞬で攻めに転じ、ガラッと空気が変わったのは相手の金の前に馬を成り捨てた△76手目の7七角成だ。▲75手目を久保先生が指し、まだ駒台の駒を整理されている途中だった。間髪を入れない僅か2秒での着手からは豊島先生の強い意志が感じ取れて、鮮やかな一手として心に刻まれた。この手をみて久保先生は持ち時間を使い切り、先に1分将棋に入られた。

息づかいの聞こえる菅井山崎戦

先に終局した久保豊島戦に対してもう一方の菅井山崎戦は、両者の息づかいや駒音の高さが会場に響き、白熱した対局となっていた。
主戦場は居飛車党の山崎先生が相振り飛車を戦形選択された事には驚いた。終局後の感想戦で山崎先生が銀得に気をよくしたのも束の間、その後数手で秘孔を突かれてしまった(会場大爆笑)と仰っていたが、苦しいながらもチョイ悪な局面を乗りこなす山崎ワールドに改めて魅せられた。
菅井先生は振り飛車党の命ともいえる飛車を早めに手放しながらも2枚の角を巧みに操り、さすが前年度ディフェンディングチャンピオンの貫禄を感じる指し回しだった。

1回戦感想&2回戦への意気込み

1回戦終局後、昼休憩前に対局室で対局者4人揃って登壇されてのインタビューが行われた。全員が関西所属ということもあり、終始和やかなムードの漂う中で空気を作っているのはやはり山崎先生だった。思わずつられて笑ってしまう山崎節に観客だけでなく先生方の頰も緩み、菅井先生は2回戦への意気込みを聞かれて隣に立っている豊島先生に頑張りますと愛嬌たっぷりにガッツポーズを送るなどして盛り上げてくださった。
ピリッとした公式戦の真剣勝負とはいえ、公開対局であり、観客も楽しめるようにと配慮してくださる先生方のサービス精神に頭の下がる思いだった。

場の空気を和ませる抜群のトーク力の山崎八段
ポーカーフェイスの豊島九段も思わず破顔
元気いっぱいな菅井八段にはこちらまで元気を頂ける
国民的イケオジ久保九段は俳優のような存在感

本戦2回戦(準々決勝)

午後からの準々決勝は昨年の名古屋対局と同じ顔合わせ、先後も同じ▲豊島九段VS△菅井八段に決定した。対局前インタビューでは笑顔をみせていたお二人がキリッと締まった表情で登壇された。豊島先生が駒箱を開けて駒並べが始まる。
私が目を奪われたのは豊島先生の何気ない仕草の美しさだ。コップに水を注ぐとき、私なら利き手の右手でペットボトルの真ん中あたりを持ち無造作に注ぐが、豊島先生は違っていた。
左手を下に添えて支え、右手で角度を調節しながら丁寧に注ぐ。これなら勢いよく注ぎ過ぎてこぼす心配もない。私は男女問わずこんなに美しい所作をされるかたを身近には思いつかない。和服をお召しになった時も袖の捌きがとても美しくて印象に残っているが、こんな所にも豊島先生の品格が漂っていると感じた。

何気ない所作にも豊島先生らしい品性が感じられる

午前中の対局に引き続き、午後からも通信機器シャットアウトのため評価値なし、自らの形勢判断で対局を観戦する。弱小棋力の私でも、なぜこの手を先生方が選んだのかを自分なりに考えるのはヒリヒリするような緊張感と相まってスリル満点だった。エンディングを知らないロールプレイングゲームに先生方と一緒にパーティを組んで参戦しているかのような気持ちになる。
午前中の久保九段戦も豊島先生が指しづらいと感じていたが、午後の対局も菅井先生の攻めが炸裂し、豊島先生が防戦しながら辛抱する時間が続くという展開だった。
後から携帯中継で評価値を確認したところ、むしろ豊島先生が駒得なので菅井先生はスピード勝負で挽回を狙う展開だったらしい。実力伯仲のトップ棋士同士で豊島先生の銀得はかなりのアドバンテージだが、私の体感ではそれ以上に菅井先生の勢いにどんどん追い詰められていると感じていた。
菅井先生は指し手も威勢がいい。パチン、パチンと小気味よく駒音が会場に響き、それも自信たっぷりにみえて、私は豊島先生の背中が丸くなっていないかも気にしながら観ていた。
なぜなら豊島先生はよく片方の肩をグッといからせ、前傾姿勢で盤面を見つめ、指先でトントンとリズムを刻んで読みを進める。これは模様のよい時に見られる仕草なのに対して、背中を丸めておられる時は思わぬ展開で苦戦の場合が多いからだ。豊島先生が先に持ち時間を使い切り、秒読みのなか息詰まる応手が続く。
豊島先生に攻めの手番が回り、9筋から反撃を開始した時の駒音が僅かに高く、豊島先生の闘志を垣間見た気がした。頬が紅潮している様子はマスクをしていても耳が真っ赤になっていることから想像がつく。火照る熱を冷ましたいのか両掌で頬を挟むような仕草も見える。捻り合いの大熱戦だ。
徐々に菅井先生の駒音が静かに、弱くなっていく。終局の瞬間が近づいていることを察知した。
迄、161手を以って菅井先生が投了された。観客席からは対局者お二人に大きな拍手が沸き起こった。
勝利した豊島先生は第8回大会から実に8年ぶりに東京・有楽町朝日ホールでの準決勝に駒を進めた。出身地である名古屋対局での勝利には、地元愛の強い豊島先生もきっと安堵されたことだろう。

お二人の熱量で室温が上がりそうな161手の大熱戦だった

また行きたい朝日杯名古屋対局

私は昨年も朝日杯名古屋対局を観戦して、本当に感動したので今年はあらかじめ休暇を取って観戦したリピーターだ。

お店にしろ遊園地にしろ、また行きたいと思わせるのはそのコンテンツの魅力が何度経験しても損なわれる事が無く、新たな感動が得られると確信できるからだと思う。
今年特に嬉しかったのは、昨年はどなたとも会話できなかったのが、休憩中や終局後にたくさんお話し出来た事だった。パッと見た感じでもあちこちでグループになり話に花を咲かせておられた。
Twitterでフォローさせて頂いているかたと初めましてのご挨拶が出来て大満足だった。
普段は将棋の話題で盛り上がる機会の少ない私にとって、普通に棋士先生方の事を楽しく会話できるだけでもとても幸せだった。それだけでもはるばる遠征する価値が十分あると思えるほどだ。
推し棋士の勇姿を拝見し、同じ先生を推す優しい方々と触れ合えるこのイベントが来年も開催される事を願い、朝日新聞社はじめ開催に尽力された全ての関係者の皆様に心から感謝を申し上げたい。
そして「来年も、必ず観戦に行きます!」

この記事が参加している募集

#将棋がスキ

2,673件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?