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第15回朝日杯将棋オープン戦名古屋対局 1月15日対局室観戦

2022年1月15日(土)第15回朝日杯将棋オープン戦の本戦1回戦と準々決勝が名古屋国際会議場で行われた。この日は渡辺明名人、豊島将之九段、菅井竜也八段、梶浦宏孝七段の4名の中から2月に東京・有楽町朝日ホールで行われる準決勝への進出棋士が1名決定する。

ちなみに翌日1月16日(日)は藤井聡太竜王、永瀬拓矢王座、阿久津主税八段、船江恒平六段の4名の対局で、こちらも1名が有楽町への切符を手にする。

豊島将之九段のようなトップ棋士としては意外にも、本戦進出は今回を含め6回目だが第7回(2013年度)と第8回(2014年度)のベスト4が最高成績だ。一昨年の第13回、昨年第14回も準決勝進出を逃している。

【第13回】豊島名人、大熱戦の末に深浦九段に敗れる 朝日杯将棋 2020/1/18 13:49

https://www.asahi.com/sp/articles/ASN1K6788N1KUCVL01R.html?iref=sp_ss_date_article

【第14回】藤井二冠が4強、豊島竜王に公式戦初勝利 朝日杯将棋 2021/1/17 16:27

https://www.asahi.com/sp/articles/ASP1K5DVLP1KUCVL006.html?iref=sp_ss_date_article

持ち時間40分はJT杯(10分+5分)や銀河戦(予選25分本戦15分)のような早指し棋戦よりは長いものの中途半端な長さともいえるので相性が合わない棋士もおられるだろう。陸上競技でいえば中距離走の800m走といったところか。長考派の先生方にはどこで見切りをつけるか考慮時間のペース配分が難しい棋戦なのだと思う。

午前中の対局開始は10時。受付開始は9時20分からと記載されていたが、かなり早く着いてしまいロビーで座っていた。すると係員の方が気を遣ってくださり9時10分頃に受付を通してくださった。

対局室の国際会議室は天井高がある(7.0〜9.4m)。一般的なホールなどでは相当寒い事があるので防寒対策を万全にして臨んだのだが空調が効いており、とても暖かい。こんなところも国際基準なのかもしれない。将棋のイベント会場としては素晴らしい施設だ。

そして何より特徴的なのが、対局者と観客席が圧倒的に近い。有楽町朝日ホールはステージに奥行きがあるため、対局者と観客席は最前列でも体感で4〜5mくらいの距離感がある。また対局中は観客席の照明が落とされて暗いので、初めて観戦した時は映画館みたいだと思った。ところがこの名古屋国際会議場はステージの高さも1m弱と低く、距離も最前列までせいぜい2m程度だ。しかも観客席も明るい。

座席に着いて予想外の近さに歓喜していた私にさらなる追い打ちがかけられた。早い入室だったのでまだ中継や対局の準備のためにスタッフの皆さんが忙しく立ち働いておられる。壇上でも最終チェックで人が出入りしている。

私はTwitterに気を取られていて、何人か壇上に来られたな、とちらりと顔を上げて仰天した。豊島先生、菅井先生、梶浦先生が対局室の検分にお見えになっていたのである。係のかたじゃなかった…!

おそらく自分史上最高に間抜けな顔で完全に凍りついたまま今自分に起きている出来事を理解しようと必死に頭を巡らせた。近すぎる。先生方が普通にいらっしゃる。当たり前か。

私にとって先生方は尊敬する憧れの対象であり、ある意味その超絶技巧から人間離れした存在のようでもあり、間違っても顔を上げたらそこにいたね、レベルの方々ではない。

こんな風にいきなりそこにいらしては困るのだ。自分の中で心の準備が出来ていない。心の葛藤と戦っている間に先生方が降壇された。突然の事で固まることしかできず、少しホッとしたような気持ちでしばらくは呆然としていた。

先生方3人とも、びっくりするほどすらりと細かった。正座がつらくなるからと棋士先生方は比較的スリムなかたが多いが、実際に目にすると驚く。体重管理も仕事のうちと思っていらっしゃるのかもしれない。まさにプロフェッショナルな自己管理の賜物だと感じた。

そんな個人的なハプニングもありつつ対局時間が近づき、4名が揃って着席された。駒を並べ終わり対局開始を待つ。4名の先生方を拝見した私の印象はこんな感じだ。

豊島先生は肩の力を抜くようにリラックスしておられる。時折視線を天井のほうに向ける。考慮中にもよく見られるお姿だ。
梶浦先生はおそらく棋界一姿勢が良い。「正座を崩さない記録係」の伝説は本当だと思った。
菅井先生は男気溢れる青年。椅子対局なので膝をくっつけずに開いて座る雰囲気が勇ましくて元気いっぱいだ。
渡辺名人は自然体。少し背中を丸くしたりと気負った様子が無い。構えないところが逆に強者のオーラを漂わせている。

1回戦の対局開始。2つの対局を解説無しで初心者レベルの棋力で追いかけるのは不可能に近い。その場合は素直に大盤解説会へ行ったほうが確実かもしれない。 

ただ、私は豊島先生の指しておられるお姿を拝見したかったので対局室観戦を選んだ。棋力を向上させるのは一朝一夕には難しくても、第六感も最大限に働かせて、先生方の仕草や表情からも形勢判断する。何を根拠にと笑われるかもしれないが、これが意外と当たる。

静かに進行する梶浦豊島戦と、駒音も高く時折ため息も聞こえてくるエモーショナルな渡辺菅井戦は両極のような対比で面白かった。私は静かな梶浦豊島戦の棋譜進行と先生方の表情の分析に集中した。

初心者でも両者の玉の安全度から、確信を持って詰ませにきているのか劣勢を跳ね返そうと無理気味でも勝負手を指しているのかは何となくわかる。また応手のスピードからも読みきりを把握できる。

途中、真っ直ぐな梶浦先生の背筋が少し元気なく折れた瞬間があった。豊島先生の応手の表情にも余裕を感じる。

投了直前113手目に梶浦先生が着手された☗5一とを見て、先ほどまで盤面をみていた豊島先生が一瞬上を見上げる。後からABEMAのAIで確認したが、この手で9手詰めが生じていた。その確認だったのかもしれない。梶浦先生ほどの名手であっても1分将棋で最善手を指し続けることがいかに大変な事かを痛感した一局だった。

渡辺菅井戦は両者が1分将棋となった100手目から渡辺名人が投了される192手目までお互い秒読みのなかで応手が続く息詰まる熱戦だった。10時開始の対局が終局時にはまもなく13時を迎えようとしていた。持ち時間40分なら通常12時頃には終わるところである。観戦しているこちらも最後はどちらに勝利の女神が微笑むのかと気が抜けない対局だった。

自分がこれまで観戦してきた将棋の中で一番長く続いた1分将棋だった。過去にはもっと長く続いた対局があるとは思うが、お2人の先生方がハイレベルだからこそ応手が続くのであり、途切れない集中に改めて先生方のプロ棋士としての凄みを感じた。

午後からの準々決勝豊島菅井戦は豊島先生の先手番となった。このお2人は2018年第59期王位戦七番勝負でフルセットの末に豊島先生が王位を奪取した際、全て先手番が勝利していたイメージが強かったので振り駒は大切だと感じていた。果たして今日はどうなるのか。

豊島先生は開始早々に菅井先生の向かい飛車に対して居飛車穴熊を選択された。ここ最近は玉を固めずに攻守バランス重視で戦うことが多い豊島先生だが、生粋の振り飛車名手である菅井先生を警戒してのことだろう。直近対局の昨年9月の第47期棋王戦挑戦者決定トーナメントでは同様に穴熊を選択され、この時は豊島先生が勝利している。

しかし豊島先生が終局後のインタビューで仰っておられたが、この対局では穴熊囲いが完成するまでの間に菅井先生がかなり積極的な攻めの手を繰り出していた。開始早々に9筋の位を取ってきた事からも、菅井先生が居飛車穴熊を警戒して作戦を練っておられたのかもしれないと感じた。

守備体制が不完全な状態ではさすがの豊島先生でも万策尽きてしまわれたか。安全であるはずの穴熊は玉の移動範囲が窮屈な分、9筋に集中砲火を浴びては受けが厳しかった。

膝の上に置かれていた豊島先生の左手が握り拳に変わった。よく豊島先生はポーカーフェイスで気持ちが読み取れない棋士と言われるが、それは勝負師として、棋界を代表する棋士としてみだりに感情を表に出さぬようにとご自身を律しておられるのだと思う。

拳を強く握りしめる事で、こみ上げる悔しさと静かに向き合っておられたのではないだろうか。負けを認め、中継映像ではおそらく確認できないくらいに本当に小さく、頷かれた。見ているこちらが切なかった。駒台に手を置き、投了を告げられた。

勝った菅井先生は準決勝進出一番乗りだ。渡辺名人と豊島先生の思いも引き受けて、有楽町朝日ホールではぜひとも大暴れしてほしいと思った。

今年は昨年に引き続き名古屋国際会議場で行われたので、おそらく来年も名古屋対局はこちらで開催されるのではないかと思う。まだ第15回も終わっていないうちから気は早いが、これほど対局者と観客が近く、先生方の表情まで確認できる公開対局は他に無いと思うので、ぜひ来年も観戦に行きたい。

コロナ禍で開催自体が危ぶまれる中、万難を排してこの素晴らしい公開対局を執り行ってくださった朝日新聞社様と関係各位には感謝しかない。参加された皆様全員が今後も健康に過ごされることを心から願ってやまない。

また同時にチケットの払い戻し対応もされている事から、今回やむを得ず現地観戦を見送り、TV観戦に切り替えた方もたくさんいらっしゃると思う。このレポートでささやかながら会場の雰囲気をお伝えでき、お楽しみ頂けたなら本当に嬉しい。

☗渡辺名人VS☖菅井八段
☗梶浦七段VS☖豊島九段
☗豊島九段VS☖菅井八段


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