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第72期ALSOK杯王将戦第3局 金沢対局大盤解説会レポ

AI時代の寵児か、生きるレジェンドか

藤井聡太さんといえば今や知らない人のほうが少ないだろう。プロデビュー初戦から無傷の29連勝でセンセーションを巻き起こし、その後も次々とタイトルを制覇し今や八冠ある将棋タイトル戦のうち五冠を最年少で保持するスーパースターだ。

羽生善治さんは将棋というゲームを広く社会に普及し認知させた立役者だ。永世七冠を達成した偉業により国民栄誉賞を受賞し、将棋といえば羽生さん、まさに将棋界を象徴する存在として長く頂点に立ち続けるレジェンドである。

2002年生まれの藤井先生に対して、1970年生まれの羽生先生。その差は32歳差。スーパースター同士は交わることが無く、惜しまれながらも世代交代するのだろうと思われていた。

しかし、運命に引き寄せられるかのようにこの二人でのタイトル戦が実現した第72期ALSOK杯王将戦は、大盤解説会も世紀の対決を一目見ようと凄まじい競争倍率となった。

チケットぴあも真っ青な争奪戦

第1局の掛川では定員の約30倍、第2局の高槻では約6倍、そして電話での先着順申込みとなった第3局でも定員200人の枠をめぐって、熾烈な競争となった。

他の日程は難しく、どうしても金沢対局に懸けていた私は、繋がらない電話に途中何度も心が折れそうになった。取れるはずもない一般発売枠の人気グループ嵐のチケットを、固定電話や携帯電話より繋がる可能性が高いと聞いて真夏の公衆電話BOXから汗だくで挑戦した遠い夏を思い出していた。

朝9時30分の発売開始から12分、やっと繋がった時には本当に嬉しかった。必要事項を伝えて電話を切り、発信履歴を眺めたところ実に155回もリダイヤルしていた。まさに執念、諦めない気持ちを神様が見ていてくださったのだろう。

絢爛豪華な大盤解説会場

大変な思いをしてプラチナチケットを手に入れ、対局2日目の2023年1月29日、大盤解説会場の金沢東急ホテルに到着した。

会場入口で今回の記念扇子が販売されていて、日頃から断捨離を心がけている私は扇子は吟味してと決めているが、今回は迷わずに購入した。このお2人の名前が同じ扇子に刻まれることが何より素晴らしいと思ったからだ。

加賀百万石で知られる金沢は伝統工芸の盛んな町で、加賀友禅や金箔細工等が有名だが、会場もホテル内の宴会場ということもあり金色を基調とした豪華な雰囲気だった。座席は指定されているので慌てる必要もない。ホテル内なので暖かくお手洗いも綺麗で、観戦には申し分の無い環境だった。

真冬の観戦も暖かく綺麗な会場で快適だった

聞き手無しの高見七段独演会

定刻通り午後2時に大盤解説会がスタートした。聞き手の女流棋士とペアが一般的なのだが、高見泰地七段お一人だ。

しかし将棋フォーカスの司会経験もあり抜群のMC力を誇る高見先生は軽妙な語り口で観客の心を掴む。2日目なので初手から現局面の60数手までを約30分程でスラスラと解説して下さった。

しかも最初は棋譜のタブレット端末が届かないアクシデントがあり、初手から数十手は高見七段の記憶で進んだ。昨日も兼六園や近江町市場への観光をされている様子が中継ブログに紹介されていたのに。私なら丸1日使って暗記していいと言われても怪しい。棋士の記憶力は流石だ。

途中、立会人の島朗九段も参加し、今回理事として同行されている森下卓九段とのエピソードや、主催社であるスポニチの誌面で紹介された「アルマーニの島」の帽子とショッパーを携えた写真の事について面白おかしく話してくださった。

高見先生のトークで印象的だったのは、1日目の朝に和服姿の羽生先生を見て鳥肌が立ったという話だった。副立会は何度もこなしておられる高見先生が、そんな風に鳥肌が立つのは初めてだったと仰る気持ちがよくわかる気がした。

それくらい羽生先生は、藤井聡太先生と対局するにあたり意気込んで、楽しみにして準備してこられたのだと。高見先生はその見えない羽生先生の覇気を察知して、棋士の本能的に震えたのだろう。

お一人でもスラスラと棋譜進行をこなす高見七段

藤井王将、勝ちを読み切るか

会場では2度目の次の一手クイズが出題され、方針としては「勝ちを読み切って攻めの継続手を指す」または「一度に攻めるのではなく一旦は自陣を整える」か、その他の手か、という3択になった。

形勢は既に藤井先生に大きく傾いており、このまま進めば勝勢だと高見先生が説明される。ただし、まだまだ詰みまでには長くかかると思われての出題と休憩のタイミングだった。

投票を済ませて休憩の為に会場の外へ出ていた時だった。お手洗いを済ませた女性が血相を変えて走り出す。何かあったのか。会場から歓声が聞こえてくる。まさかと思ったが、その時間に羽生先生が投了されたのだ。

私は何度も現地大盤解説会に参加しているが、初めて終局の瞬間を見届けられなかった。藤井先生が勝ちを確信しての次の一手を指された後、僅か数分でパタパタと手が進んでいた。おそらく羽生先生はご自身で読んでおられた展開通りになったと判断し、投了の意思表示をされたのだろう。

投了図には棋士の美学が表れる。羽生先生がお決めになったその投了図を私はしばらくの間見つめていた。

対局者の挨拶

終局後インタビューを終えた対局者が大盤解説会場へ姿を見せてくださった。観客としてはTV画面から本人が飛び出してきたような嬉しさがある。

藤井先生、線がすらりと細い。話す声も少し高音で歌舞伎の女形のように品のある美しさを感じた。集中していた名残りで意識がまだ盤上に残るような表情を浮かべる事はあるものの、疲労は感じさせず、言いよどむ事もなく丁寧にそつのない挨拶をしておられた。

羽生先生、和服姿から漂う一流のオーラはやはり違う。敗戦とはなったものの思った以上に表情が明るいと感じた。封じ手がAIの推奨手だった事と、自分は封じ手が当たったのですと高見先生が話されると、柔らかな笑顔も見せてくださった。

丸2日間、頭脳勝負の総力戦に挑んだお二人は、そこにおられるだけで圧倒的な存在感だった。画面越しにでなく、このお二人の姿を目に焼き付けようと会場を出て行かれるまでずっと拍手で見送った。

まだ盤上に意識が残っているかのような藤井王将
終局後とは思えない明るい表情が印象的な羽生九段

これぞ羽生善治の将棋

副立会の高見先生が感想戦に向かわれた為、将棋連盟理事として今回同行しておられる森下卓九段が急遽、初手から解説を始めてくださった。

同じ棋士同士でも高見先生とはまた違う視点での解説で、とても興味深く聞くことができた。森下先生は礼儀正しさが全面に溢れたかたで、師弟トーナメントの時にも感じていたが話しぶりも明瞭かつ丁寧で、初心者の私にもわかりやすかった。

プロなら指してはいけない悪手の例なども教えてくださり、ちょっとした将棋講座の動画を観ているような得した気分になった。

最終盤、藤井勝勢という局面で、最後の羽生先生の勝負の手順が隠されていた事は、棋譜コメントを見る限りでは詳細に説明はされていなかった。森下先生の解説が無ければきっと見過ごしてしまっただろう。

藤井先生がその罠もしっかり見定めて正確な指し回しによって勝利されたが、森下先生は劣勢となっても勝負のあやをしっかりと残し、最後は一手違いにまで持ち込んだ、さすが羽生善治の将棋ですと話された表情は、かつて火花を散らし切磋琢磨した同世代のライバルへのリスペクトが感じられた。

会場に詰めかけた往年の将棋ファンの方々も、森下先生の解説にきっと胸を熱くされたに違いない。

森下卓九段の将棋講座を拝聴するような丁寧な解説

観戦を終えて

将棋の世界にAI旋風が吹き荒れてからは、多くの棋士たちが自らの将棋の基礎から見直したり、感覚の違いに戸惑ったりとAIとの向き合いかたに悪戦苦闘している。

本局でも藤井先生の浮き飛車の手順を森下先生は初めて見たと仰っており、まさに日進月歩の世界なのだ。

32歳も年下の現役最強棋士に対してタイトル戦という最高峰の舞台で立ち向かう羽生先生は、永世七冠という肩書きなど文字にすぎないとでもいうかのように、どれだけ経っても将棋への好奇心を持ち続けるかたなのだと感じた。

そして、最終盤での羽生先生の指し回しは、敗れたものの森下先生の言葉と共に深く記憶に残った。これだけ輝かしい実績を残したかたであっても、最後の一手まで諦めない姿勢は本当に素晴らしかった。

「負け将棋も一手違いに指せ、しからば勝つ順あり」将棋の名言として知られる言葉の通り、苦しく感じる事、投げ出したくなる事にもしっかりと向き合い、指し続けるからこそ、今の羽生先生があるのだと感じた。

毎日進化し続ける天才同士のシリーズを観戦できた事は、将棋初心者の私にとって大変貴重な経験になった。
これでいい、もうこの辺でと妥協せずに、少しでも先生方を見習って自分も頑張っていきたい。
会場の外に出ると時折雪がちらつく寒い夜だったが、将棋史に残るであろう一戦を観戦できた嬉しさで、心はとても暖かかった。

負け将棋も一手違いに指せ、
しからば勝つ順あり。
(小野五平十二世名人)
【意味】
たとえ負けることが分かっている将棋でも、
せめて一手違いの負けとなるように、
必死で粘ることが大事である。
そういう粘りの努力を続けていくうちに、
腕は次第に上達していき、
いつかはその相手にも勝つことができる。

https://meigennavi.net/word/03/037842.htm

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