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観る将の私が将棋イベント参加で守ると決めた3つの約束事

はじめに

最近すっかり呼び名が定着しつつある「観る将」。NHKEテレの将棋フォーカスで2022年4月から新MCを務めるサバンナ高橋茂雄さんも本を出版されるなどしてマスコミにも頻繁に取り上げられ、とっかかりの気軽さからも今年もさらにファン層が拡大しそうだ。

読んで字のごとく、将棋を「観て楽しむ」ファンのことだが、私がここでいう観る将の定義は、将棋の駒の動きがわかる程度から、オンラインを含め対人戦にはまだデビューしておらず、将棋ウォーズやぴよ将棋等でCPを相手に練習をしている程度のかたまでをイメージしている。

将棋教室や将棋サークルに所属していたり、指導対局や対面・オンラインのアマチュア大会に既に参加しているかたは、「指す将」として分けて考えたい。

なぜ区分けしたかというと、実際に観る将の統計を取ったわけではないが、おそらく対人で指せるかたのほうがどちらかといえば少数派で、興味があるけどなかなか棋力が上がらない、地方在住なので将棋会館の道場には通えない、囲いってどうやって組むの、というかたのほうが多数派ではないかと思うからだ。ちなみに私もこちらに該当する。

そして、対人戦に未デビューのかたは、きっと普段から慎重派で、大盤解説会や公開対局に参加するにしても勇気が出なかったり、かなり熟考してしまったりと、なかなか重い腰が上がらないのではないだろうか。

そんなかたに向けて、私のような超・初心者女性でもできたことをお伝えすることで、少しでも将棋イベントへの参加のきっかけにして頂きたい。そして、これを守ればきっと大丈夫だと思う3つのポイントについて、私なりにイベントを体験して感じた事をまとめてみたので、ご紹介したい。

1.解説をよく聴く(評価値に一喜一憂しない)

大盤解説会では、まず解説の先生のお話をしっかりと聞いたほうが理解が早いのではないかと思う。同じタイミングで動画中継や携帯中継も進行するので、実際に会場でも多くのかたが並行してチェックしている姿を見かける。

ただ、TV解説の先生と、携帯中継の記者さん、現地解説の先生と、三者三様の事を仰る場合もある。しかも評価値も使用するAIの種類によって、よほど最終盤で詰みが生じている場合などを除いては必ず数値にバラつきがある。棋力が低い私などは、一体どの情報を信じれば良いのかと右往左往して、混乱してしまう。

これを防ぐためにも将棋初心者は、まずはご自分の目の前で解説してくださっている先生のお話をよく聴き、その上で対局者の先生の指された手の意味を考えるほうがより深く対局に入り込める楽しさがあると思う。

AIの候補手になく一見評価値が悪化する手のようだが、実は数手先の好手、というケースは2021年の豊島藤井タイトル戦十九番勝負の中でもみられた。
一例を挙げると、第6期叡王戦5番勝負第5局の先手藤井聡太先生が103手目☗9七桂を指した瞬間、80%あった勝率が60%までと20%以上も下がった。ABEMA放送の画面に表示される候補手の5番手にも入っていない手だった。

実際、私もその手で後手の豊島先生が反撃に転ずるチャンスが来たかと身を乗り出したが、将棋はその一手だけを切り取るのではなく、読み筋(次に続く一連の指し手の流れ)の理解が肝心になる。評価値は読み筋が一手違うだけで大きく変動してしまうからだ。

一瞬下がった聡太先生の勝率はすぐに持ち直し、わずか8手後(両者4手ずつ)の111手目で終局を迎えた。そしてこの一局が第6期叡王戦の決着局となった。

両者1分将棋だったので、まだ勝つ見込みがあるかもと信じてからわずか数分後の投了は、豊島ファンの私としてショックも大きく、すぐには気持ちの整理がつかなかった。同時に、私はいかに自分の頭でちゃんと考えていなかったか。数字ばかりを鵜呑みにしていると先生方の深い読みで指された好手に気付けないのだと猛省した。

AIの候補手を指すかどうかだけに注目してしまうと、初心者はどうしても評価値に振り回されて一喜一憂しがちになる。せっかく対局場のすぐ近くで観戦できる大盤解説会を目一杯楽しむには、現地解説の先生と一緒になって対局者の先生に想いを馳せながら指し手を見守るほうが、初心者であってもきっと深く心に残る経験になると思う。

2.他の参加者への配慮(両対局者リスペクト)

リアルイベントであれSNSであれ、自分の発した言葉を受け取る相手に不愉快な思いをさせないように配慮したい。
SNSであれば意にそぐわない内容にはスルーするという手段があるが、大盤解説会などのイベントでは長時間同じ空間を共にするので、どうしても参加者の色々な会話が耳に入ってくる。

ある大盤解説会場の休憩時間中にこんな出来事があった。一手を境に形勢が逆転した事を興奮気味に、◯◯さんのこの手が悪手で逆転したんだって!と辺りに響きわたるトーンで話しておられるかたを目撃した。

しかしその手は頓死など一目でわかる悪手ではなかった。指し手の善し悪しを判断することは自由に楽しむべきだが、大声で「悪手」だと騒ぐのは、決してよいマナーとは思えなかった。

ご自分の応援している棋士が逆転して優勢になったことが嬉しくてはしゃいでしまう気持ちは理解できるものの、指した先生への敬意に欠けるように感じてしまい、残念な気持ちになった。

少なくともよほど対局棋士のお膝元での開催でもない限り、大盤解説会場にいる人全員が片方の対局者だけを応援している状況などありえない。またスポーツ観戦のようにホーム席アウェー席が分かれているわけでもない(あったら面白いのかもしれない)。

将棋は両対局者が棋譜を作り上げるものである。最終的に勝ち負けという形で決着はつくものの、終局に至るまでの渾身の頭脳勝負には、両先生方に対して感動しかない。

私は初心者観る将だからこそ、両先生方を敬いつつ対局を観戦する姿勢を何よりも一番大切にしていきたいと思う。

3.対局観戦以外の楽しみを用意しておく

私は昨年山口県宇部市で開催された第34期竜王戦第4局の大盤解説会に2日間とも単身で参戦した。参戦、という言葉からわかるようにおひとりさまでも、どうしても応援に行きたいのだという熱量をお持ちのかたには特に注意してほしい。

せっかく地方遠征されるなら、ぜひ近くの観光名所へ足を運ぶ、ご当地グルメを味わうなど、無理矢理にでも将棋以外の楽しみを作っておく事をお勧めしたい。

私はまず下調べもろくにせず、のほほんと現地に着いたので、駅前に行けば何か商業施設があるだろうと思っていた。しかし、商業施設はコンビニとラーメン屋と居酒屋という状況で、食事は一度宇部ラーメンを食べただけで、ほぼコンビニに偏ってしまった。タクシーやバスで移動すれば色々とあるのだが、自分ひとりだったこともあり、簡単に済ませてしまった。

そうなってしまうと、寝ても覚めても考えるのは竜王戦のことばかり。棋譜を眺めてはネットニュースをチェックし、ありとあらゆる対局に関する情報を体じゅうに取り込む。こんなにも将棋漬けな過ごしかたをしたのは生まれて初めてだった。

結果は応援していた豊島先生が惜しくも敗れ、藤井新竜王が誕生した。私は丸2日間を全力で将棋に傾け過ぎてしまった事で、終局後は誇張ではなく本当に立ち上がる気力も無いほどに電池が切れてしまった。これは初体験あるあるなのかもしれないが、ここまで夢中になってしまうのだという自覚があまりにも足らなかった。

放心状態で、頭が回らない。カードキーを持たずにホテルの自室をふらふらと出てしまい、閉じ込みを食らうというオチまでついてしまった。普段から慎重な私とは思えないミスだ。泣きっ面に蜂とはこのことだと思った。

しかしこの時はホテルのフロントのかたが迅速に対応くださり、事なきを得た。Twitterでもたくさんのかたからリプで励ましを頂き、人の優しさが本当に身に沁みて嬉しかったが、そもそもここまでのめり込まないように気を紛らせることも大切だと痛感した。

ご家族やご友人と参加しているかたは話すことで気持ちを発散できる場所があるが、ひとり参戦だとそれも難しい。予防線としては、終局に合わせて現地の美味しいお店を予約しておくなどが効果的だと思うので、次回からはこれを教訓として、対局結果とは関係なく楽しく過ごせるように工夫してみたい。

◆ちょっといい話

竜王戦宇部対局の終局後、高さ20cm程度と手乗りサイズの両対局者アクリルスタンドが優勝賞品として提供され、大盤解説会場全員参加でアクスタ争奪ジャンケン大会が始まった。

大橋貴洸先生と村田智穂先生とジャンケンし、負けたら座っていく。最後に残った数人がステージ下で直接対決を行う。会場全員が勝負の行方を見守っていた。そして最後の2人に小学生くらいの男の子と20〜30代の男性が残った。

さあジャンケンと思ったら、男性がそのままジャンケンをすることなく、権利を男の子に譲った。なんて素敵で紳士的な振る舞いだろう。男の子はとても嬉しそうにアクスタを受け取り、会場からは温かい拍手が送られた。すごく良い光景だった。

将棋の未来を担うこどもを思う男性の優しさと気遣い。きっとこの少年が成長して大人になってからも、同じように優しく振る舞える素敵な人になっているはずだ。将棋を愛する人がそんな風に素敵な人ばかりだと感じられる事はとても嬉しい。

おわりに

将棋イベントへの参加は、TVで拝見する棋士先生方ご本人にお目にかかれたり、すぐ側で臨場感たっぷりに対局を楽しめたりする絶好のチャンスだ。

先生方はあくまで職業が将棋棋士というだけであり一般の方なので、推し先生の動く姿を生で拝見できる機会は決して多くない。後悔しない為にも、千載一遇の機会が運良く巡ってきたら、躊躇なく乗ってみることをお勧めする。

私自身、近年こんなにも楽しく感動する時間を過ごしたことはなかったと思える経験だったこともあり、ためらった挙句に参加してこなかった時間が今では勿体無く感じるほどである。

そこは将棋と棋士先生を愛するかたがたくさん集う素敵な空間だ。皆さんがそれぞれ対局者や解説の先生方に熱い応援の気持ちを持っておられる。

その数少ない大切な機会は、そのかたにとって生涯忘れられない思い出になるかもしれない。だからこそ参加者として周囲に気遣いながら、全力で応援を楽しみ、敗れてなお清々しい気持ちでその空間を作り上げてくださった全てのかたに感謝していきたいと思う。

2021年度は最年少五冠達成のニュースなど、2017年の藤井聡太29連勝と同じくらい将棋界に世間の注目が集まった年だったのではないだろうか。
2022年度も、たくさんのかたが幸せを感じられるように、有観客の将棋イベントが各地でたくさん開催されることを祈りたい。そして参加を励みにして指折り数えつつ、将棋を楽しむ毎日を過ごしていきたい。

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