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第81期名人戦七番勝負第3局高槻対局 観戦旅行2日目

※観戦旅行1日目の記事はこちら

腹が減っては戦は出来ぬ⁈

2023年5月14日。名人戦高槻対局2日目の朝は昨日に続いて曇り空だったが、雨は降っていなかった。10時の大盤解説会の開場前に、しっかり腹ごしらえしておこうと、高槻市ホームページの勝負ランチでチェック済みのお店に向かった。
「eatery SUN」はランチだけではなく、モーニングも営業している。
場所はうっかりすると通り過ぎてしまいそうな感じで、鍼灸院の外階段を上がった2階にある。高槻市交通部事務所がすぐ近くにあり、たくさんの市営バスが停車していたので、新将棋会館移転記念のラッピングバスがいないかと思わず探したことは言うまでもない。

このボードが目印で、夜間休日応急診療所の向かいにある
センスよくリースが飾られたお洒落なエントランス

店内はナチュラルなインテリアの落ち着く空間で、野菜を中心としたデリやスープなど、いかにも体に優しそうなメニューが並ぶ。私はタマゴサンドを注文した。

ボリュームたっぷりのオムレツのようなタマゴサンド

パンに塗られたマスタードに、ほんのりとブラックペッパーがアクセントになり、厚焼きタマゴというよりもオムレツを食べているような満足感がある。ゆっくりとした休日の朝を、美味しい食事に癒されて、将棋観戦に来たのに本来の目的を忘れてこのまま帰ってしまいそうになるほどだった。

キャパ1500人の会場が満員御礼

大盤解説会場へ向かう途中の道すがら、商店街のあちこちに両対局者の名前が書かれたのぼり旗がはためいている。有名アーティストのコンサート会場でもこんな光景は目にしないので、高槻市が街を挙げてお祭りムードで名人戦を歓迎している様子がよく伝わった。
開場の10時を数分過ぎたぐらいで到着したところ、熱心なファンのかたが開場待ちで並んでいたらしく、先着順の座席はその時点ですでに500〜600番目の1階の20列目付近だった。この日は2階席まで満員、当日券も完売だったというのだから、将棋人気の高さがうかがえる。
途中2階席にも立ち寄ってみたが、天井空間があることで前方向の視界にゆとりがあり、圧迫感が無く、落ち着いて観戦できそうだ。次の一手クイズも2階席のかたがたくさん当選されていたので、やむを得ず開場時間に遅れてしまっても、十分に楽しめると感じた。

2階席も見晴らしがよくゆったりと楽しめそうだ

将棋会場?ダンス会場?

1日目と同じく古森悠太五段、加藤桃子女流三段の解説がスタートしてしばらく経った頃、やおら将棋の会場とは思えないアップテンポな音楽が流れて目を白黒させていたら、大盤解説を映していた大型モニター画面が「テケテケはにたん」のVTRに切り替わった。
笑顔いっぱいで踊り出す古森先生と加藤先生。会場は突然のサプライズ演出に大爆笑し、手拍子が湧き上がった。
一度聴いたらクセになりそう(私は1週間経ってもまだ頭を回っている)なテクノポップ&はにわのゆるキャラの融合というシュールな世界観が最高だった。加藤先生はノリノリで可愛い。古森先生も照れながらもしっかりと踊っていて、はにたんと同じ誕生日で高槻のプリンスと呼ばれる古森先生のファンにはたまらない絵だっただろう。
こちらのYouTubeで早速その様子が紹介されている。

踊る将棋棋士なんて滅多に観られない

フレッシュな女流棋士も聞き手で登場

詰将棋の名手、実力者でありながら飾らないお人柄から「係長」の愛称で人気の副立会の北浜健介八段は、ダンスといえば、佐藤紳哉七段が四段デビューした時のインタビューで「歌って踊れる棋士になりたい」と話すのを聞いて仰天した話を面白おかしく紹介された。出口若武七段や浦野真彦八段、長沼洋八段、村田顕弘六段と次々と解説に来られる関西の先生方はトークがお上手で、難しい局面であっても肩の凝らないリラックスした進行を楽しむことができた。

聞き手も現役高校生の佐々木海法女流1級や、昨年デビューの女流棋士最年少の木村朱里女流1級が登場してフレッシュな読み筋を披露してくださった。
木村女流は最年少の現役中学生ながら、デビューから高勝率を記録し、将棋の強さは折り紙付きな上に、トーク力にも抜群のキレを感じた。一回りほど年上の古森先生とは小林健二九段門下で兄妹弟子の間柄だが、堂々たる直球で面白く切り返す木村女流にはさすがの古森先生もなす術なしといった感じで、会場は温かい笑いに包まれた。

強いうえにトークも大型新人の予感しかない木村女流

最終盤の渡辺名人の長考

終盤戦は難解を極め、解説会場では様々な検討手順が披露された。控え室の棋士先生方の検討や大盤解説の古森先生からも、先手渡辺名人が☗3三角打ちを決断すれば先手に詰みはなく、勝ちだろうという結論が出ていた。
しかしもう一つ別の手を選択した場合、長い手数の先に渡辺玉に詰みがあるようだ。大盤でそれを見た時は背筋が寒くなり、あっあの時と同じ感覚だ、と第34期竜王戦決着局となった第4局の豊島竜王の99分の長考の記憶が頭をよぎった。
「これは…詰みますね。これも…詰みますね。」山口県宇部市の大盤解説会場にいた私は、99分間を大橋貴洸六段(当時)の解説手順を聞きながらいてもたってもいられない気持ちで豊島竜王の決断を待ち、勝利を祈り続けていた。

果たして渡辺名人は、どんな気持ちでこの局面に対峙しているのか。あぐらに崩し、時にはおしぼりで額の汗を拭きながらもじっと思考の海に深く潜っている。こちらも緊張で胸が苦しくなる。
考え抜くこと93分、ついに確信めいた手つきで☗3三角を打ちおろす。会場にもどよめきが起こった。局後の渡辺名人のインタビューでは、手自体は1分で見えていたものの、決断ができなかったと話されていた。一体どれほどの勇気なのか。先生方ご自身にしかわからない、計り知れない将棋の世界の一手の重みにはいつも驚嘆し、感動させられる。
互いに数手進んだのち、藤井竜王が「負けました」と投了の意を示し、2日間の長い戦いが終わった。
渡辺名人が一つ返して一勝二敗とし、奪取王手に待ったをかけた。

ありがとう、高槻市、必ずまたここへ

終局の興奮冷めやらぬ様子で会場を後にする観客たちを見送るように、高槻城公園芸術文化劇場はライトアップが綺麗だった。

2日間の熱戦の舞台に静かに幕が下りる

観戦に行こうかどうしようかと迷った事が実に無駄だったと思えるほど、高槻市での観戦は素敵な思い出になった。名人戦に相応しく素晴らしい将棋を見せてくださった対局者の先生方だけでなく、会場も、将棋めしも、おもてなしと歓迎の心が随所に感じられた。
新しい将棋会館は、きっとこの街なら大丈夫。そう確信できた2日間だった。

高槻市が来期も名人戦を誘致されるならば、前夜祭に師匠の桐山先生と並んで微笑む挑戦者は豊島先生であってほしい。心から願って、来月開幕するA級順位戦を全力で応援していきたい。

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