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第17回朝日杯将棋オープン戦名古屋対局 1月13日レポ


3年連続の対局室観戦

2024年1月13日。2022年の第15回から3年連続の皆勤賞で朝日杯将棋オープン戦名古屋対局を観戦することができた。名古屋対局ではお馴染みだった柵木幹太三段が記録係を卒業し、めでたくプロ入りされたことでステージの景色も違って見える。
この日は豊島将之九段、翌日14日に藤井聡太八冠と地元愛知県出身の先生が出場される事からも、全国から両先生ファンの方はもちろん、地元で縁の深い方もたくさん集結する。
ABEMA地域対抗戦では中部地区でエントリーされ、地元との結びつきを大切にしておられる豊島先生にとって、普段にも増して気合が入った事だろう。
※昨年・一昨年の記事はこちら

午前対局(本戦トーナメント1回戦)

本戦に出場を決めた16名は藤井聡太八冠をはじめタイトル経験者や昨年度ベスト4、予選を勝ち抜いたいずれも強豪ばかりだ。早速1回戦としては勿体無いカードになった。
永瀬拓矢九段は高見泰地七段で叡王経験者同士、豊島将之九段は佐々木勇気八段でA級棋士同士の激突で、これが決勝戦ですと言われても全く不思議ではない。

豊島佐々木勇気戦
プロ棋士の駒並べの流れるような所作を間近で堪能できる

午前中の対局は2局同時に行われるので、両方を追うのは初心者にはさすがに難しい。私は豊島佐々木勇気戦に絞って意識を盤面に集中させた。

終局後のインタビューで勇気先生も仰っていたが、先手雁木で力戦調の採用は豊島先生としては珍しい。だがほとんど危なげなく序中盤を乗り切る。この対局では特に陣形の美しさが特徴的だと感じた。どこにも隙が無く、佐々木勇気先生が必死に攻めの手掛かりを掴もうとするも、終盤で一気に突き放しにかかってからはあっという間の展開だった。

勇気先生が秒読みに入ってからも確実な指し回しで、勇気先生に王手をかける間すら与えない。11月の王将リーグ陥落以降、調子が下降気味だった鬱憤を晴らすかのような強い内容での完勝譜。ゾッとするような強さは豊島先生の将棋をたくさん観戦してきた私としても確実にトップ10には含めたい素晴らしい内容の将棋だった。

高見永瀬戦
お2人が同時に立ち上がっただけで察した「千日手」

もう一方の高見永瀬戦は、途中で若干の観客のざわつきと共に先生方が退室されるのが視界に入り、盤面は見えていなかったがおそらく千日手なのだろうと直感した。ああ、千日手ね、とすぐに思える信頼感は永瀬先生ならではだ。高見先生も十分に警戒して臨まれただろうに、恐るべし、負けない永瀬イズムは今年も健在だ。
指し直し局で先手番を手にしてからは永瀬先生がガッチリと穴熊で要塞を築く。妖術使いと称される指し回しが魅力の高見先生もこれにはなす術が無かった。後手、高見先生が投了され、午後からの準々決勝のカードは豊島永瀬戦に決定した。

午後対局(準々決勝 永瀬豊島戦)

「永瀬豊島戦」をお題として連想ゲームをするなら、必ず出てくるキーワードは「持将棋」「千日手」「終わらない叡王戦」だろう。
雑誌「将棋世界」で知られるマイナビ出版のXアカウントもこのようにポストしている。まさに始まる前からお腹いっぱいになる事が確実視されているのだ。
それはお2人の実力が拮抗しているからこそ、ハイレベルな将棋が成立する。一瞬たりとも、緩める事は許されない。頭脳の限りを尽くした凄まじい応手には極度の緊張感が漂い、見ているだけでも消耗する。これを公開対局で見られるのは素晴らしい事だ。

振り駒で後手番となった豊島先生は、角道を開けず角交換されるのを防いでいる。永瀬先生の深い研究の土俵に引きずり込まれないように、一手一手難しい順を慎重に進めていく。
それにはおそらくモノクロの数千ピースのジグソーパズルを当てはめるかのような、気が遠くなりそうな緻密な読みが要求されるのだろう。豊島先生の持ち時間がジリジリと減らされる。

対局室で観戦する場合、評価値は自力で形勢判断するのだが、終局後の豊島先生のインタビューを聞いて、自分の間違いに気がついた。
私は玉の堅さだけを見て、永瀬玉が不安定極まりないことからもずっと豊島先生が優勢だと思い込んでいたのだ。後で評価値を確認すると、確かに「途中ずっと苦しかった」と仰る通りだった。
時間が無い中で劣勢を挽回するための手を探す事は精神的にもかなり過酷だ。それでも豊島先生は諦めずに食らいついていたのか。
私はてっきり豊島先生が勝勢で、永瀬先生が粘って入玉し持将棋に持ち込もうとしているのだろうという思いで見ており、悠長に駒の数を数えたりしていたので、その事実に愕然とした。
豊島先生の美しい手が駒台の上にサッとかざされるのがモニターに映し出された時は、一瞬訳がわからなかった。そうか、逆だったのか。
豊島先生は決して絶望する事なく、最後まで手段を尽くされた。それに気づいた時、改めて感動が込み上げてきた。
「どうせダメ」「たぶん無理」すぐにそんな風に考えてしまう私に、豊島先生は戦い続ける事で身をもって示してくださった。まだ終わってない。勝負はこれからだ。豊島先生の強い気持ちが、すぐ諦める私の弱い心にも喝を入れてくださった。新年早々良い年になりそうな予感しかない。

対局終了後大盤解説会場でインタビューに応える先生方

2024年将棋観戦 事始め

趣味は?と聞かれて将棋ですと答えるとほぼ100%、将棋を指すのが好きなのだと認識される。昨年は「観る将」が流行語大賞にノミネートされ、観戦がメインのファン層への認知度も幾分かは高まってきている。
とはいえ将棋に興味が無い人からしたら、特別絵的に派手な動きがあるわけでもなく、長考に沈めば優に3時間を超えて盤面に動きがない事も珍しくはないのに、どこに面白さがあるのかと疑問に思われるかもしれない。
そんな方にこそ、この朝日杯やJT杯など、将棋の公開対局の機会を見かけたらぜひ足を運んで頂きたい。なぜなら戦う将棋棋士たちは本当に美しいからだ。
もちろん指し手の意味がわかればさらに楽しさが増すが、極端に言えば全然わからなくても構わない。(とは言え今年で3年目なのに敗勢を勝勢と真逆に勘違いしていた事に関しては大いに反省している)

想像もつかない集中力で真剣に思考し、指し進める姿を見る事は私にとって美しい絵画を鑑賞するのと同じだ。その美に心を打たれ、癒される。
そして盤面から離れてもなお独特のオーラに包まれている棋士を目の当たりにすれば、また次もと観戦を心待ちにしてしまう。

朝日杯は毎年2月に決勝戦が恒例の東京・有楽町マリオンで行われる。来年こそ「有楽町で会いましょう」。
豊島先生の応援ができる事を楽しみに、2024年を過ごしていきたい。

冷静に対局を振り返る豊島九段
将棋界の顔として今年も大活躍間違いない

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