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【解説】トヨタ「電池1.5兆円投資」は本当にすごいのか?

トヨタ自動車の電動化戦略の輪郭が、徐々に浮かび上がってきている。
トヨタは今年5月、2030年に電動車を年間で800万台販売する目標を明らかにした。これを実現する上で最大のポイントとなるのが、EVのコストの半分を占める車載電池だ。
安価な電池を大量に確保し、安全な形で車に搭載できなければEVの本格的な普及は見込めないからだ。
こうした中、トヨタは9月7日、電池戦略に関する説明会を開き、電池の確保や開発に向けた計画を発表した。
世界最大の自動車メーカーでもあるトヨタは、どのように電池を確保し、電動化を進めていくのか。
見え始めたその戦略の要点を、3つのポイントにしぼって解説する。

ポイント①電池の生産・開発に1.5兆円

トヨタはかねて「電動化フルラインナップ」を掲げている。
世界では今、各国政府の脱炭素規制や補助金を背景に急速に「EVシフト」が進んでいるが、トヨタはこの動きには否定的だ。あくまでハイブリッド車(HV)も含めた全方位でカーボンニュートラル(CO2排出量ゼロ)を目指していくというスタンスだ。

こうした中、トヨタは2030年までにHVを600万台、EVとFCVを合計200万台販売するという基準を示している。
達成に向け、最も重要なピースは電池だと言われている。電池はガソリンに代わる車の動力源になるからだ。
一方で、電池の原材料であるレアメタルは埋蔵量に限りがあり、世界中の自動車メーカーがEVシフトに向けて確保に走っている。
電池とその材料の争奪戦が勃発しており、より量が必要になるトヨタはその確保が課題となってきた。
こうした中、7日の説明会でトヨタは、2030年までに200Gwhの電池を確保すると発表した。

トヨタが2020年4月に中国で発売したEV「イゾア」370万台分といえば、その規模が伝わるだろう。
実現に向けては、2030年までの9年間に1兆5000億円を電池関連に投資する。5000億円を開発、1兆円を生産設備に振り分け、70本の電池用のラインを立ち上げるとしている。
実はトヨタは、2021年5月の決算発表の場で2030年に確保する電池の量を180GWhと発表したばかり。たった半年の間に、目標が引き上げられた形だ。
その背景について、説明会で前田昌彦CTO(最高技術責任者)は次のように述べている。

供給は、変化するお客様のニーズに合わせフレキシブルに対応します。

EVの普及が予想以上に早い場合も検討して、180GWhを超えて200GWh以上の電池を準備することを想定しています。

各国の規制や実際のEVの売れ行きによって必要となる電池の量も変わるため、供給量の基準は今後も流動的に動きそうだ。
ちなみに、トヨタの研究開発費は年間1兆1600億円で、設備投資額は1兆3500億円(いずれも2022年3月期)。また、電池分野では21年3月期に800億円を投資しており、22年3月期は1000億円以上の規模とみられる。
このため、金額として今後9年間で1兆5000億円という投資額(年間1666億円)のインパクトは、そこまで大きくはなさそうだ。
実際、海外勢の投資額を見ると独フォルクスワーゲンが4兆5000億円、米GMが2025年までに約3兆8500億円(いずれもEV開発費含む)となっている。

こうした数字は全て「どれだけEVが売れるか」によって大幅に変動するため、市場の動向の注視が必要だ。


ポイント②電池コストを「半減」

従来、EVの製造にかかるコストのおよそ半分は電池とされてきた。だからこそEVは価格が高く、敬遠されてきた側面がある。
例えば、2022年に日産自動車と三菱自動車が発売する予定の軽自動車のEVの価格は、補助金分を差し引いても約200万円となっている。
一方、エンジン車を見ると、200万円あればトヨタが発売した新型SUV(多目的スポーツ車)の「カローラクロス」を購入することができる。EVの割高感は否めないのが現状だ。
そこで今回、トヨタは電池のコストを5割削減すると発表した。
コスト削減の方法として、トヨタは電池の製造にかかるコストの30%減と、車の電費の30%改善を挙げている。
まず、製造コストについては電池に使う材料を自ら開発することで、コバルトやニッケルといった希少で高価な材料の使用量を減らす。
また、電池の製造プロセスを新たに構築したり、車両に最適な電池を一体開発したりすることにより、コストを30%下げるとしている。

また、電費改善については車両の走行抵抗の削減や回生システムのさらなる改善を追求することで、使う電気の量の30%減を目指す。
トヨタは、製造コストの30%低減と電費改善による30%のコスト低減の掛け算で、台あたりの電池コストは50%減るとしている。
ただし、これがそのままEVの車両価格の低下につながるかは不透明だ。トヨタが努力を重ねたところで電材料の資源価格が高騰してしまうと、コスト削減でも吸収しきれない可能性があるからだ。
この点について、前田CTOは次のように述べている。

将来の原材料価格については、正直よく分かりません。

このため、原材料費については現在と同等という前提を置いた上で、開発を通じてそれ以外の部分のコストの半減を目指していきます。

前述の通り、外国勢も巨額の投資をして電池の確保に必死になっているのが現状だ。規制にも後押しされてEVの需要が伸び続ければ、必然的に資源価格は高まるだろう

ポイント③見えた全固体電池の課題

7日に行われた発表会では、トヨタが開発に取り組む全固体電池についてもアップデートされた。
全固体電池とは材料の一つである電解質が固体の電池で、急速充電が可能で寿命も長いといったメリットがあるとされ、次世代の革新的な電池として期待されている。
トヨタは実際に全固体電池を搭載した車両を公道で走らせ、データを収集した。その様子を映した動画も公開されている。

車両を走らせてみた結果、全固体電池のメリットと課題が浮かび上がった。
まず、使用初期は非常に高い出力を出すことができるというメリットが明らかになったという。電池内部でのイオンの動きがシンプルで速いためだ。
一方で、長期間にわたって使うと固体の電解質の間に隙間ができてしまい、イオンの動きが制約される。つまり現状では寿命が短いことが分かったのだ。

一般的に、高出力で寿命が短い電池はEVよりもHVに向いているとされるため、トヨタは全固体電池をまずHVに搭載して市場に投入する考えだ。
そして、それと同時に隙間を生み出さない固体電解質の開発にも取り組むとしている。
東海東京調査センターの杉浦誠司シニアアナリストは次のように指摘する。

全固体電池はこれまで、長寿命化が大きなメリットと考えられてきました。それだけに、開発でリードしているとされてきたトヨタが寿命の面での課題を挙げたのはサプライズでした。

全固体電池は独フォルクスワーゲンや中国のNIO(上海蔚来汽車)なども開発しています。これらの外国メーカーも今後、同様の課題を挙げるのか、あるいはこの課題はトヨタ特有のものなのかが注目されます。

電池の開発については、全固体のみならず既に使われている電池の改良も重ねる。
まず電解質が液体のリチウムイオン電池についても材料の改善を重ねて耐久性の向上に取り組む。
2022年にも発売予定の新型EV「bZ4X」(ビーズィーフォーエックス)に搭載するものでは、販売から10年後も当初の90%の航続距離が実現できる耐久性を目指す。実現すれば世界トップレベルだ。
電池も多様なものを開発していく姿勢を改めて強調した形で、電動車を「フルラインナップ」で揃えるのに合わせた戦略だと言える。
全体の電池戦略に加え、世界中から注目される全固体電池の課題が明らかになってきただけに、まずは来年発売される「bZ4X」に搭載されるリチウムイオン電池の性能が注目されるところだ。

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