国境廃止 前日譚「一つの手記」

page2

俺は高市を止めなかった。北原家のあの男の祖父を殺した高市を。
なぜ止めなかったのかはわからない。今更考えたって、この戦いが終わるわけでもない。
あの男は言っていた。この戦いが終われば東京に行くと。戦争を忌み嫌っていた北原家の男。今では北原家のボスのような存在でいるあの男が、忌み嫌っていた戦争を起こした。これには様々な思いがあったんだと思う。ただ、誰から見てもわかるように、一番大きいのは祖父が殺されたことだろう。『S』に洗脳され、挙句の果てに殺された、戦争を嫌っていた祖父。憧れな存在であったはずであろう祖父が殺され、復讐を決意したのだろうか。東京に行くと言っていたあの男の目には、涙が溜まっていたんだ。
日本では、「アルファ」で作られた…洗脳されたあの男の祖父が『S』の命令のもとに作られた『能力者ウイルス』が広まっていると聞いた。(あの男はウイルスを作った人物を知らない)あの男はそんな国をどう変えていくのだろうか。いや、もしかしたら変えるつもりなどないのかもしれない。いろいろなことが起きて、感情がぐちゃぐちゃになって。自分でも何をしたいのかわからず、今、手探りで生きている状態なんじゃないのか。ボスの気持ちは俺たちにはわからない。
ただ、俺はボスのことを応援したい。だからこの手記を残しておく。
ボスがまた、仲間の女を連れてここに戻ってきたときに、なにかが変わるかもしれないから。
これが俺の生きた日の記憶、そして、予知の力だ。

俺はこれを書き終え、予知の力が入った袋を出して、そこらへんの茂みに隠しておいた。手記も一緒に。
俺の予知の能力は、あまり使われなかった。なぜなら、全くあてにならないから。ぼやっとしかわからない。明日が晴れるかも。そんなことしかわからないからだ。
ただ今ははっきりと分かる。あの男が、仲間の女と、この『α地点』に来るということが。
そこからこの世界はどうなるのだろうか。見てみたい気もする。期待外れかもしれないから、見てみたくない気もする。
でも、
「もう遅いか」
後ろの方から、兵隊たちの叫び声が聞こえる。俺はボロボロ。もう動けない。万事休す。
「頼んだぞ」

パンッ!

「一人殺しました!」
「北原の信者の奴らか」
「まあそんなことです。げっ」
「どうした?」
「こいつ、笑ってますぜ。まるで、何かをやり遂げたかのように…」
「ちげえだろ。そろそろ死んじまうって諦めたんだ」
「ですよね~」


手記はもうぼろぼろになっていた。それもそのはず。外に何ヶ月も風に吹かれ、雨に濡れていたら、ボロボロにもなるだろう。かろうじて、まだ文字は読めるが…

その手記は待ち続ける。何かを変える、二人の存在を。

国境廃止 第一話へ続く。


参考↓
漫画
「約束のネバーランド」集英社 白井カイウ 出水ぽすか
「セキセイインコ」講談社 和久井健
小説
「さよならの言い方なんて知らない。」新潮社 河野裕
この小説は、以上の作品から影響を受けています。

最近サボってばっかりですいません。今週から復活しますので、来週の第六話もお楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?