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振り子の原理

自分のなかにある感性は、振り子のような形をしてるんじゃないかと思う。

真ん中が「平穏」だとして、左が「好き」で、右が「嫌い」。好きなものには涙するほど振り切れるし、嫌いなものには発狂するほど嫌気がするほどに振り切れる。揺れるならうろうろするじゃんってのは置いといて。

なんか、ふとそんな気がした。

友達と話してたとき、好きとか嫌いとかっていう感覚の差みたいなものを感じた。友達は、好きなものはそこそこ好きで、嫌いなものはなんとなく嫌いで、でも避けたくなるほど嫌いではない、みたいな。でも私は、好きなものはとことん好きで、嫌いなものは発狂するほど嫌い。

好きな一曲をずっとループで聴ける。でも嫌いな音が入るCMはたった5秒であってもキレてしまうほど聞きたくない。YouTubeの広告が嫌いすぎるって話なんだけど。

大好きなものがある代わりに、めちゃくちゃに苦手なものも生まれてしまう。私の振り子は時折高い位置から落とすように、大きな衝撃が良くも悪くも発生する。衝撃が大きい分、落ち着くまでに時間も必要で。

好きな音楽、好きなドラマ、好きな空、好きな匂い、好きな感触、好きな味、そういうとことん好きってものを大切にしたい。だから必然的に、苦手なものっていうのも大切にしていくほうがいいかなぁって思ったり。

苦手なものに耐え続けてると、好きなものを味わう余裕なんてすぐに削られてしまう。苦手なものをちゃんと見つけて、苦手だって認めて、ちゃんと離れる。そうやって守っていかないと、好きってきっと思えなくなるなぁ。

今、あらゆるエンジン音がたまらなく嫌い。車とかバイクの加速していくときの音は一瞬にしてブチ切れそうになる。なんでなんだろうなぁ。

クーラーの作動音がうるさくておまけにカビの匂いもしだして耐えきれず管理会社に連絡したら、見にくることもなくさっと取り替え作業をしてくれた。なんせ今までのが1995年製造品。新品の2020年製になったクーラーは作動してるかわからないほど静かで、心もとても穏やかになった。

こういう対策ってきっと大事。苦手なものって、苦手って直感的に感じて、そこから好きになることなんてまぁないじゃん。それ信じてとことん逃げていこう。わがままと言われるかもしれない。でも逆に、好きなもので泣けますか?って聞いちゃえばいい。私の振り子の振り幅、めっちゃ大きいんで。って。誰に話しかけてんだか。

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