踊る陰謀説

新型コロナ兵器説の頭がパァ加減について

地上波ではあまり見受けられないが、ケーブルテレビで、中国の報道を見る機会があった。
武漢の状況だけではなく、残念なニュースがあった。新型コロナがアメリカの細菌兵器ではないかという、youtubeなみの話題を大真面目に、憶測と状況推理で紹介していたことだ。
待て待て。陰謀ならアメリカだって負けていない。
トランプ大統領はコロナウィルスのことを、Chine virusと表現した。そのせいもあって、フランスやアメリカで、我が国の同胞が同じ黄色人種というだけで差別を受けた。無知は罪である。
youtubeで流れていた陰謀説は、別バージョンで、イギリスのフリーメイソンが世界征服のために開発し、中国人を半数にするべく開発したという話だ。
どれもこれも、アタマがパープリンである。
世界征服を計画しているくせに、細菌兵器の管理だけは杜撰という設定自体、映画化されたなら、ふざけんなレベルではないか。
特定の国を攻撃するのだとしても、自国民にこれだけ被害者を出しているのなら、作戦として完全に失敗である。
コロナでやられるのは、呼吸器系だけでいい。理性的なアタマはやられてはならない。
残念なのはそうした陰謀とは関係なく、人類は平等に感染リスクを持っていること。国籍も人種も、社会的地位も関係なく、同じ星に住む、同じ種族であるから、わざわざ殺し合わなくても、平等に死んでいくのだ。
この手の陰謀説を見て、またかと思ったのは、理由がある。前のバージョンがあったからだ。八十年代のエイズに対して、冷戦当事者のソ連が密かに開発したという噂が出回っていたからだ。
もし西側経済を混乱させるために、ソビエト連邦が兵器として開発されたのなら、コンドームが売れてしまうという西側経済の矛盾が説明できない。
新型コロナで脳をやられないとは、こういうことだ。頭を使って、冷静に考えて、それはありえないのではないかと、整理していくことだ。
では、陰謀説は一体どこからきたのか。時系列で眺めていくと、見破るヒントが見つかった。

陰謀説のルーツはセポイの叛乱

大英帝国がインドを軍事的に制圧して、植民地にしたが、戦闘員として訓練した現地兵セポイたちが反乱を起こした。1600年だから、日本では徳川家康が西軍に勝った頃である。
反乱のきっかけになったのが、弾丸の包装紙である。
本国イギリスで作られた、ライフルの弾丸は雨に濡れないように、油でコーティングした紙に梱包されていた。
射撃では、それを歯で噛み切って装填するように指導された。
ところが油が臭かった。セポイたちに動揺が走る。これだけ臭いのは理由がある。
豚や牛の脂肪を使っているに違いないという噂がたった。ビーフシチューも、ポークステーキも食べるような、野蛮なイギリス人ならやりかねないなと。
イスラム教徒にとって豚はムハンマドが食用を禁止した不浄な動物であり、ヒンドゥー教徒にとって牛は神様に近い神聖な動物である。
それらの脂を口に入れさせようとしているに違いない。自分たちを堕落させようとしているのだと、セポイたちは憤慨した。
実際には植物由来の油であったが、敵意と無知が陰謀説を醸成したのだ。
陰謀のグローバル化
インドとイギリスという植民地と宗主国の対立だけではない。
陰謀説はすぐにグローバル化していく。
典型はフリーメイソンの陰謀である。
世界征服のために、陰謀組織としていくらでも情報は出てくるが、がっかりなのは、彼らの標榜する目的は、地味な、ご当地任せの互助であること。
宗教改革の頃、商取引でカトリックかプロテスタントかで対立していた。そのため、商人たちはお互いの利益より洗礼名を授けてくれた、教会の意向を優先しないといけないバカバカしさに気付いた。そこで教会に関係のないコミュニティを作り、そこで自由に交流できるようにした。現在でもフリーメイソンのロッジは、特定の宗派を指示しておらず、どこの宗教に属していようが、それを尊重している。
しかしこれは教会にとって、不都合な展開である。
そこでネガティブキャンペーンを展開した。
フリーメイソンは悪魔を崇拝する秘密結社であり、その秘密を口外したものは暗殺されると。
冷静に考えてほしい。ニュートンやアインシュタインが属した、秘密結社があり、そこにアメリカ歴代大統領も帰属したとする。
その後継者があんな、頼りない、やんちゃなカツラ親父なのだ。フリーメイソン、もうちょっとちゃんと監督しろよと言いたくなるのは当然だろう。
何より面白い話がある。
フリーメイソンはいわば、自営業者のご近所組合であるから、世界征服するノウハウを持っていない証拠がある。
九十年代に全米各地のロッジが集まり、統一した、全米ロッジを創設しようとした。
しかし、地域の独自性を尊重するというフリーメイソンの精神があるため、お互いに対立して、全米ロッジは現在にいたるまで実現していない。
アメリカ一国すらまとめられないフリーメイソンが、どうして世界を征服できるだろうか。

二十世紀スタイルの陰謀説

冷静さに欠く点において、ユダヤ資本による世界征服も引けはとらない。
イエスの処刑を迫った場面を、聖書で読んでいない日本人にとって、ユダヤ人たちが世界を征服しようとしている設定自体、ピンときていない。
ピンとこないから、無関心でいられると思いきや、陰謀説は簡単に引火する。要注意だ。
ユダヤ人による世界支配というコンセプトが生まれたのは、ロシア革命と言われている。
革命の指導者レーニンがユダヤ人であったことから、ユダヤ人が人工的に国家を作り、そこから世界を支配するという話が出来上がっていく。
日本からもシベリア出兵で、ロマノフ王朝を支持して、赤軍と戦う兵が派遣されたが、その時、ユダヤ人による世界侵略を説く「ユダヤ長老会議議定書」が翻訳される。
世界の資本を牛耳ることで、国家が転覆され、世界はユダヤ人の長老たちによって思い通りになるというもの。
がっかりなのは、平等な社会を標榜しておきながら、ソビエト連邦ではユダヤ人への差別が根強かったことが崩壊後に明らかになったことである。
ソ連自体はユダヤ長老会議の議決を無視しまくって、内部抗争を繰り返し、自国民を粛清と称して虐殺しまくり、ユダヤ人を全然助けなかったのだ。
それなのに、ユダヤが世界を動かすという、大道芸的な陰謀説はいまだに信じられている。
リアルな世界では、ロシア革命から百年たって、イスラエルを支持するアメリカ大統領が登場した程度だ。長老会議の仕事のトロさは目も当てられない。
もう、それはリアルではなく、主張する人の頭の中にしか存在しないといってもいいのではないか。
皮肉なのは、こうしたユダヤ人差別に便乗したナチスの政策である。
ユダヤ人を虐殺するという優生思想を、ナチスは推進していったが、反ユダヤ主義の中でちょっとした揉め事が起こっていた。
つまり憎悪すべきユダヤ人というモデルが、ある程度イメージされていたが、実際は混血も多く、純潔なユダヤ人を特定することが困難であったのだ。
不幸なことは、保守的にユダヤ人の生活様式を守っていた人たちが、強制収容所送りのターゲットにされたことである。ユダヤ人として堕落して、混血して何世代も経っていた場合は特定できずにいたのだ。
第二次大戦前ですら、そんなチャラけた政策をしていたのだ。優生思想自体、いかにチャラポランかを示している。

陰謀は身近にあって分かりやすい

冷静に考える。ちょっと疑うだけで陰謀説は破綻する。
日中戦争当時、中国大陸で出回ったのが「田中奏上文」である。
内閣総理大臣、田中義一が世界侵略を昭和天皇に進言したとされる怪文書で、問題は日本語のオリジナルが存在せず、北京語バージョンしか存在しなかったことである。
誰が書いたのかは、もう明白だろう。
陰謀説は設定にそもそも無理がある。
阪神淡路大震災の時に、全国ネットでテレビ局は公共広告機構のCMを盛んに放送した。東日本大震災の時も、同様であった。
この時に流れた陰謀説は、国の広告になじませて、国民を洗脳しようというものであった。特に阪神淡路の直後にオウム事件あったから、”洗脳”というフレーズはトレンドだった。
ところが実際は、スポンサーが被災地の悲惨な状況の報道の後に、お気楽な製品広告を流しては、顰蹙を買うと警戒して、自社のCMを自粛したのである。
その代わりに空いた時間を、放送できたのが、放送局にある公共広告機構の映像だったのだ。
選挙にいこうとか、自民党は日本の伝統と未来を守りますとか、いくらでも宣伝できたのに、わざわざ公共心に訴えかける映像で、慣れさせるというもたつきである。陰謀を画策しているくせに、とにかく仕事が遅いし、実績がショボい。


コカコーラの陰謀

コカコーラは本国アメリカではペプシに市場を奪われている。最大手ではない。
だが、先に輸出されたため、アメリカ資本の香りを我々外国人はかぎつけている。
ベトナム戦争当時の陰謀説は、コカコーラにインポテンツになるような薬品が混ぜられているというもの。
ベトナム戦争で活躍したのは、兵士よりメディアであったと言っていいだろう。低所得の若者たち自由とデモクラシーを守るためとそそのかされて、泥まみれで戦うが、戦地での性暴力をメディアが嗅ぎつける。
マッチョで短絡的なアメリカ兵が、現地の純朴な女性に暴力を振るう。
衝撃的なニュースに噂が反応する。戦地の兵士に対して、性衝動を抑えるための成分の入ったコーラを飲ませていると。
設定自体が、すでに破綻している。
薬物によって、性衝動のように、感情を抑制されると温和な性格になりやすく、戦闘意欲が削がれて、花や風景を鑑賞したくなる。そんな兵士がそもそも兵士といえるのか。
つまりベトナム戦争の道義性を否定するために、コカコーラの陰謀は便利だったのだ。
湾岸戦争時に、イラクで流れた噂がのちに分かっている。
コカコーラが赤いのは、豚の血液を混入しているというのだ。
豚の血液よりも、もっと安い着色料があるのに? アメリカ国内に多くのイスラム教徒をわざわざ敵に回すことになるのに?
これがセポイの反乱と同根であることは、明白であろう。

何より、陰謀説の発信者に、アメリカ本土にイスラム教徒はごく少数で、大多数がアングロサクソンだという誤解がある。


新型コロナと道徳に因果関係はない

ノアの箱舟のように、神を信じた者だけを助けてくれるのなら、世界はもっと簡単であった。
現代のバチカン市国の無観客ミサの映像をみれば、がっかりだろう。これは神様の罰ではないのだ。
洗礼を受けようが、受けまいが、密集を避けられなかった人間は感染し、ガラスを飲み込んだような呼吸器の痛みの中で死んでいくのだ。
道徳の問題ではなく、衛生観念と公共心の問題であり、あとは互助精神で乗り切るしかないのだ。
エイズの時は、不特定多数の異性との性交渉によって、感染リスクは高まると判明した。モーゼが受け取った十戒(姦淫するなかれ)にも、仏教の十善戒(不邪婬戒)にも抵触するが、一般道徳の域を出ない。神や仏をわざわざ引き合いに出さなくていい。
いや、神はもっと前から裁いていたではないか。
温暖化によるゲリラ豪雨、異常気象。地に住める者だけで、話し合い、助け合うしか、生き残る術はないではないか。
仏教では、人間は病気になるリスクから避けることはできないと説いている。リスクを理解し、動揺せず、懸命に生きろ、助け合って有意義に過ごせというのが教えである。
非道徳な行いを推奨するつもりはないが、発症したからといって、それが非道徳な報いだと断定するのは、危険なことであり、理性的ではない。文明的ではない。
人間は病気になる。何かの報いではなく、衛生環境など本人の意思と関係ないことで発症することがあるのだ。

陰謀説の怖いところ


陰謀説は深いようで、実は短絡的である。目の前の現象を説明しているようで、十年スパンで考えると、たちまち破綻する。
冷静に設定を考えると、利害関係に無理が生じる。陰謀をめぐらしている、秘密組織が情報だだもれで、幼稚な計画を企み、密室会議のせいで長期的に破綻するような計画をしているのだ。全然怖くない。だが、唯一、陰謀説が成功していることがある。
それは知性を蝕むところだ。
一度、深呼吸して、計画を書き出せば分かることなのに、なんとなくショッキングな内容に引っ張られてしまうことである。
具体的には陰謀説紹介動画の再生回数と、いいねの数である。
新型コロナに限らず、脳は感染してはならない。いくらでも回復できるが、感染しないようにと注意しない限り、アホになるからだ。

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