41.美術のトレーニング

寮の教諭から紹介された洋画家の宮西先生に会いに行ったのは夏休み前だった。自宅は学校のすぐそばにあり、息子さんも母校のOBで北大医学部を目指して浪人中だった。まず最初に、これからの美術トレーニングの概要を話され、どこの大学を目指しているのかを訪ねられた。その時、私は無謀にも「東京芸術大学の建築科です」と答えたのを覚えている。当時は常に頂点を狙っていた。
東京芸術大学の建築科の入試科目は、共通一次(当時。現センター試験)で英語と国語の試験が課される上に、本試験の1次試験で立体構成がある。立体構成は建築模型の主な素材であるスチレンボードや段ボール、ケント紙などでテーマにあった立体を作ることである。試験時間は8時間。根気と時間との闘いである。ただ、素材に何が使われるのかが分からないため、広範囲の立体構成感覚が試されることになる。その時に動揺しないためさまざまな素材で立体構成のトレーニングを開始した。
そして1次試験を通過した者のみ2次試験の建築写生と学科の物理、日本史、世界史、面接がある。建築写生はこれからのデッサンと水彩画のトレーニングで何とかなる。物理は力学中心だから何とかなる。日本史、世界史の論述試験は得意分野だ。面接だけはどうしようもないが・・・だから本試験の1次さえ突破すれば可能性はあると踏んでいた。怖いものなしである。
本来であれば、まず最初に立体構成のトレーニングをして、本試験の1次試験対策をしなければならないが、美術の何たるかを学ぶためにもデッサンと水彩画のトレーニングは必要となった。なお、立体構成については函館市内で建築設計事務所を経営されてるK先生と立体造形の分野で活躍されていた母校の図書館司書であったNさんに見てもらうことになった。
M先生は初めのうちは自宅のアトリエでデッサンや水彩画を見てもらっていたのだが、マンツーマンで指導することは限界がある。そこで、当時、深堀町にあったと思うが宮西先生の個人絵画教室と五稜郭の北海道新聞のカルチャーセンターに参加させていただくことになった。
深堀町の教室には常時12,3人のお弟子さんがいて、彼らと一緒に石膏デッサンや静物画の水彩画のトレーニングを行った。もう、何もかもが初めての体験だ。鉛筆の選定からカッターでの鉛筆の削り方、練りゴムの使い方、完成までのスピードと完成度の出来次第が指導された。最初は静物画の素材や石膏デッサンをやっていたのだかが、スピードが遅いということでみんながやっている、裸婦のクロッキー(クロッキーとは速写(速写画)と言い、対象を素早く描画すること、またはそうして描かれた絵そのものを指す。スケッチ(写生)とも言うが、特に短時間(10分程度)で描かれたものをクロッキーと称する)を始めることになった。
さすがはモデルさんである。教室の真ん中に一糸まとわずの真っ裸で現われて、ポーズも休憩時間になるまで一切変えない。すごいプロ根性だな~~~と思っていたが、私はまだ18歳の青少年である。その美人のモデルさんを多少エロい視線で見ていたことは確かである。
クロッキーのトレーニングを続けていると描くスピードや対象をとらえる目の感覚も慣れてきて、10分くらいで簡単なクロッキーを描くことが出来るようになった。その時思ったのは、「案外簡単じゃないか」という自惚れである。一旦クロッキーを離れ、石膏デッサンや静物画の水彩トレーニングではなかなか綺麗に描くことが出来ない。どうしても画面がくすんでしまう。
 五稜郭の北海道新聞のカルチャーセンターでも同じようなトレーニングだった。クロッキーやデッサンでは特に問題がないのに、水彩画になると色がくすんでしまう。一度宮西先生が、五稜郭の北海道新聞のカルチャーセンターでの授業後に私をラーメン屋に連れて行って、「何か悩みでもあるのか?」と聞かれたことがある。「いえ、特に心配事はありません」とは言ったものの、どうも私の描く水彩画は色が黒ずんでくすんでいるというのである。今から考えたら水彩絵の具を洗う水入れの水をこまめに交換して新しい水を追加していなかっただけの話なのだが、私の描く水彩画の画風がくすんでいると言って宮西先生はしきりと心配していた。くすんだ原因は他の絵の具で汚れた色を塗ったから当たり前である。

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