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ハマシアンのポリリズム

Tigran Hamasyan (ティグラン・ハマシアン)の Entertain Me という曲があります。こんな感じの曲ですね。

この曲のテーマ部(前半1分間)のリズムについて解説していきます。

端的に言うとこの曲は「5連符」「4連符」ポリリズムになっています。
要するに曲中の基本的な音符が5つ括りで1拍のリズムと、4つ括りで1拍のリズム(16分音符という語を用いると混乱を招く為、この記事では4連符と表記します)が曲中を同時に走っているという訳ですね。

曲中の基本的な音符というのは些か曖昧な表現ですが、曲中に最も多く使われる音価の音符と解釈してください。Entertain Me においては、ピアノが「タラリラリ(実音でソ#,シ,ド#,ソ#,ラ)」〜と、5連符で弾いているシーケンスフレーズ中の、1/5個の音符の事です。

テーマ部は5連符の方がベースとなっており、それが1小節7拍で進んでいく感じですね。つまりは5連の7拍子です。

つまり「タラリラ,タラリラ,タラリラ,タラリラ|テレレ,テレレ,テレレ,テレレ,テレレと聴こえるところまでが1小節です。
タラリラリで4拍、テレレで3拍の合計7拍ですね。

前半の4拍は明快に5連符のフレーズですが、後半の3拍は3連符が5拍のフレーズになっているので、5連だと3拍になるという訳です(3×5=5×3ですね)
それに並行して4連符の4拍子が進んで行きます。勿論基本的な音符の音価は5連符の音符と共通であり、1拍を5つと4つに割ったリズムが平行している訳ではないので注意してください。

5連と4連のポリリズムの具体例を挙げれば、5連符の4拍子4連符の5拍子が並行して進んで行く DCPRGの構造 I  や、FRAGILEのL.C.M 等がありますが、これらの楽曲は互いの連符の拍数を、最小公倍数(5×4=4×5)を元に設定している為、最小の拍数で互いの帳尻が合うようになっています。
しかし、Entertain Me はもう少し歪な構造をしています。それは4連符が4拍子で、5連符が7拍子になっているからです。

ではまず、具体的に Entertain Me のパートAにおいて、5連符4連符をどのように楽器に振り分けているのか説明しますと、典型的なピアノ・トリオ構成の楽曲でありますが、ピアノとベースが5連符に、ドラムのハットとスネアが4連符に割り振られております(ドラムのキックだけはベースの5連符に合わせられています)

つまり基本的な軸となっているのが5連7拍子のピアノとベースで、その上をドラムのハットとスネアが4連符4拍子で進んで行く構造ですね。

パートAを5連7拍子のピアノとベース中心に聴いていると、ハットとスネアの打点がとても不規則な位置にあると感じませんでしょうか?
しかし逆にハットとスネアの方に意識を集中して聴けば、

シャン,シャン,パン,シャンシャン,シャン,パン,シャン

と延々弾いてる様に聴こえると思います。
要するにハット4つ打ちで3拍目にスネアというシンプルなパターンなのですが、そんなシンプルなパターンでも5連7拍子のリズムと同時進行すると、非常に複雑な感じに聴かせられるというマジックですね。

更に突っ込んだ話をすると、前述のパートAの途中(30秒〜)からシンセの音が加わってきますが、このシンセが入ってくる直前に5連7拍子で進行していたピアノのシーケンスが一旦途中で切れ、また頭から始まるのが分かるかと思います。

これは結論から言うと、4連符4拍子の16小節5連7拍子を強制的に合わせた結果です。シンセのオシレーターシンクみたいなものですね。
ではそれを詳しく説明する為に、ここでちょっと細かい計算が入ります。

まず4連符4拍子は1小節に音符が16音入っていますね(4連符×4拍=16音)

対して5連7拍子は1小節に音符が35音入っています(5連符×7拍=35音)

つまり Entertain Me において、前述した DCPRGの構造 I5連4拍子4連符5拍子のポリリズムの様に帳尻が合う箇所は、最小公倍数が16×35=560である為、4連符4拍子から見て35小節目5連符7拍子から見れば16小節目ということになります。

これを踏まえると、5連符7拍子から見て16小節目で帳尻が合うのだから、小節数的にも最小公倍数で曲を展開すれば音楽的に収まりが良いように感じますが、Entertain Me は4連符4拍子の16小節で曲を展開している為、結果として5連符7拍子の方に不足もしくは余りの音が発生する訳です。それが前述したピアノのシーケンスが一旦途切れる理由です。

4連符4拍子の16小節で曲を展開するという事は、4連符4拍子16小節の総音符数は4連符×4拍×16小節=256音なので、それを元に5連符7拍子の小節数を計算すると、256音/35音(1小節)=7小節と11音になります。

つまり、11音のこぼれた音が出るのですが、そのこぼれた音を、Entertain Me は1拍目は5連符、2拍目は6連符という、2拍で11音の小節という形で消化して帳尻を合わせているのです。

この様に、Entertain Me の展開は4連符4拍子に合わせている事が分かりますが、何故こうしたのかを推測すると、小節数だけを見た場合は前述した様に5連符7拍子の16小節に展開を合わせた方が収まり良く感じますが、そうすると曲が展開するまでの時間が長くなってしまいます。

前述したように、5連符7拍子の16小節4連符4拍子の35小節になるので、同様の展開にするならばシンセのフレーズが出て来るまで約1分と6秒、つまり4連符4拍子の16小節よりも2倍強の時間がかかる計算になりますから、いくら印象的でかっこいいフレーズとは云え、流石にそんな長く弾いていれば聴き手も飽きてくるでしょうし、何より演奏している側だって飽きてきます。ミニマルな音楽ならそれでも良いのですが、ジャズでもプログレに近いような展開重視の曲なので、4連符4拍子の16小節で展開した方が時間的に塩梅がいい、という事なのかと思います。

何より、このこぼれたピアノの字余り感がこの曲にとって良いアクセントになっている気がします。
一旦綺麗に揃ってキッチリ展開するのも美しいですが、こういう方法もアリだという事です。
5連符の7拍子というトリッキーな拍子を、4連符の4拍子というオーソドックスな拍子で包み込むようにコントロールしている事で、展開に急峻な印象を感じさせない効果もあるのではないでしょうか。

また、展開時の総音数が256音(所謂ニゴロ)だったり、4連符4拍子で拍を取った場合のBPMが128(所謂イチニッパ)だったりというのも、何となく数学的に考えて作曲されている感じがして面白いですね。

終わり。

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