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自宅で出産に立ち会った夏、14歳、赤と白と黒。

冷房が無いと寝付けない夏。2段ベッドの上の段は、下段のそれよりもほんの少し寝苦しかった記憶があります。

中学2年生の夏休みのことでした。バスケ部の朝練のために早く起きないといけない、そんな朝。真夏にも関わらず、目の前の状況を理解するのにだいぶ時間を要した程度には暗い、そんな早朝。

ヌルッとした感触は、浅い眠りをヌルッと妨げました。正体のわからない感触を探った右手を、目の前に持ってきたのですが、やっぱり正体はわかりません。
握って、開いて、握って開いて、を繰り返す内に、蕩けていた視界が徐々に鮮明さを思い出していきます。

うっすらと色彩が戻ったその右手には、赤。絵の具のチューブから出すような目の醒める赤ではなく、ホラー映画やお化け屋敷の特殊効果で使われるような赤。
脇の辺りで、何かが蠢いている。白と黒がまばらに入り混じった何か。
恐怖が心を染めます。あまりに常軌を逸した目覚めに、目覚めを疑う始末。

「ーー。」
微かに聞こえる小さな、小さな音、
「ーミーー。」
否、声。
毛布の中をもう少し覗いてみると、見覚えのある八の字模様の顔。我が家の雌猫だ。

この時、やっと声が出た。
「うわあああああ!」

白と黒の蠢きは、猫の赤ちゃんだ。
俺の布団で、出産している。

あれから約18年。八の字模様の雌猫、名前はクマ。本日未明に逝去したとの連絡が実家から入った。

大往生。恐らく20年近く生きた猫。
最後にあったのは、今年の盆。
ここ数年は会うたびに、これが最期になるかもねえ、なんて家族と話していました。

クマ。猫なのにクマ。

僕の布団で出産するほど、僕のことが大好きだったクマ。
僕の部屋に入り浸り、ホットカーペットやこたつでぬくぬくと過ごしていたクマ。
朝5時に、敷布団の上に仰向けになっている僕のお腹に、棚の上からダイブして食欲を訴えていたクマ。

甘えたい時は、砂で背中を真っ白にしながら地面をゴロゴロしていたクマ。
でも大抵はいつも、余裕の表情だったクマ。
家中のドアというドア、窓という窓が施錠されていても、どこからか外に遊びに行っていたクマ。
ガラケー時代の写真が全然残っていないクマ。

僕がタバコを吸うようになって、部屋に出入りしなくなったクマ。
自立した僕が帰省しても、まるで顔を忘れたかのように知らんぷりだったクマ。
僕がタバコをやめても、手遅れとばかりに近寄ることはなかったクマ。

四六時中寝ているようになったクマ。
少しずつ目が見えなくなっていったクマ。
会うたびに骨張っていたクマ。
顔を忘れたことを忘れたように擦り寄るようになったクマ。
お医者さんに「がんばっているね。」と褒められたクマ。

僕の息子の激しいスキンシップを嫌がるクマ。


嗚呼、クマよ。お前の出産に立ち会った僕は、子供を連れて帰ってきたよ。

先輩、お疲れ様でした。貴方と同じ頃に生まれた人は、今年成人式を迎えるようです。
なんという長い間、我々家族に笑いと癒しをもたらしてくれたことでしょう。

学校で嫌なことがあったり、部活でミスをしまくったり、両思いのはずの女の子と全然進展しなかったり、パソコンのDVDドライブがどうやっても開かなくなったり、バイト先の店長と喧嘩してクビになったり、自転車で電柱に激突してペダルが前輪にぶつかるようになったり、親と喧嘩して眠れなくなったりした夜に、いつも側にいてくれました。

ありがとう、そして、

もっと会いに帰ればよかった、なんて言ったところで、何が戻るわけでもなく。
あなたのことを思い出す回数がいつの間にかなくなりつつあった僕が、何を言ったところで。何を償えるでもなく。

ありがとう、そして、ごめんよ。

「中学の頃にさ、朝起きたらとんでもないことになっててよーー。」
何度酒の肴になってくれたことでしょう。

ありがとう、そして、


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