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「裏山の木」

ただ生きてたんだ それだけだった

太陽と雨と風と 蝉と鳥と ときどき人間と

僕はとても満足していた

花を咲かせて 葉をさわさわさせて

足元は枯れて穴があいて 腐って朽ちていた

何を 何が

そんなこと考えたこともなかった 

なのに

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あのとき あの日 あの女の子が来て 

僕に触ったんだ

がさがさの乾いたところに手を当てて

とても不思議そうに僕を見つめて


「何をしてるの?退屈しないの?

どこか他所に行きたくないの?」


この子は何を言ってるんだ わからない 

他所ってなんだ?

わからないけど とても可愛らしい 

とても可愛らしい

ほら待っている 僕の答えをずっと待っている

じっと見つめて 僕に手を当てて聞こうとしている


わあおん わあおん わあおん わあおん

わあおん わあおん わあおん わあおん


ああ何だろう

「ただ在る」 

そう言ったら 女の子はびっくりして

「ごめんなさい」

と 後ずさりした


ああ何だろう もう一度僕に触っておくれ 

もう一度 その手で僕に触っておくれ


君だけ 

そんなに熱心に僕を知ろうとしてくれたものは他にいなかった

僕も僕を知ろうとしなかった 

そんな必要はなかったんだ

僕は満足していたんだから

でも今は違う

それは 良いことなのか 良くないことなのか 

わからないけど

もう一度僕に触って欲しい

僕を見上げて欲しい


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