ナチュラルを作り込む?
ナチュラルな女の子が好きだ。
余計な色や装飾がほとんど付いてない素顔、髪に、天然素材のゆったりしたワンピース、みたいな。金字塔的人物をあげるとすれば、蒼井優さんみたいな感じね。
最近、そういう感じの私好みのナチュラル美人をSNS上で見つけた。一般人と芸能人の狭間って感じで、知り合いに紹介されて個人ブランドのモデルをしたりしている方。ぱつっと切りっぱなしの黒ボブ、毛流れが分かる淡い眉、つるんとした薄桃色の唇。みる限り、夏は綿や麻の柔らかな白ブラウスばかり着ているように見える。
しかし、過去の投稿を見漁っているうちに発覚したのだが、なんと彼女、マツエクをしていたのだ!ナチュラル美人が!あの、マツエク!!
マツエクといえば、私の中では、わりとガッツリメイクの人がするものというイメージだったのだ。モリモリバシバシ。それはそれで勿論一つの美なのだが、ナチュラルとは対極にあると思い込んでいたので、本当にびっくりした。
その時、しみじみ思った。
美しいナチュラルは、ありのままの人体に宿るわけじゃない。そこを目指して、作り込むものなのだ。ギャルも、美人百花系も、セクシー系も、みーーんな同じ、美しくなるには努力と工程が必要だったのだ!!
自眉を剃らずに生かすのなら、透明な眉マスカラで毛流れを整えることは必須だろう。毛が足りない部分には、“描いたと分からないように”毛を描き足すことも必要だ。
素肌っぽさを大切にしたいなら、身もふたもない話だが、そもそも素肌は人一倍綺麗でなければ。
黒髪のボブなんて、よく考えたら最もリスクの高い髪型だ。いとも簡単に“中学生おばさん”になってしまう。だから、これまたスタイリングは必須だ。しかもよりによってナチュラルを目指すなら、“盛りすぎてないけどこなれてる”という高度で絶妙な塩梅が求められる。
そんな気付きを得て振り返る我が身は、穴があったら入りたいような姿である。恥ずかしながら、私のこれまでのナチュラルは、正に勘違いズボラカジュアル。寝起きのありのままを曝け出しているだけのだらしないものだった…。
しかし。
よーし、そうと分かったら私も明日からナチュラルを作りこもう!!…と、思えないのだ、なぜか…。
以下、考えてみる。
そもそも、素朴を“敢えて”装って逆にファッショナブルにやろうってんのが私の憧れるナチュラル女子なのだから、素朴をファッションに昇華する本人のポテンシャルが必要になる。透けるような美肌だったり、長い手足だったり、アンニュイな顔立ちだったり。
そして、じゃあ、私にそういうチャームポイントがあるか?と言われると、ぶっちゃけ私は自信がないのだ。肌は、肌断食なんてするくらいだから(いや、肌断食は素晴らしいんだけど)まあお世辞にも綺麗とは言えないし、平均より背も低い。顔立ちも、猫目がチャームポイントで、割といつもにこにこキャピキャピ、我ながらアンニュイのアの字もない。
作り込み作業をすることによって、自分と向き合い、“ナチュラルが似合わない現実の私”を自覚してしまうことを、無意識に避けていた気がする。寝起きそのままのズボラカジュアルなら、自分と真剣に対峙せずに、半ば暴力的にナチュラルを装うことができるから…(それが傍目には、子供おばさんの乞食ルックにしか見えていなかったとしても…)。
うーん。こうして文章にしてみると、しみじみ、ナチュラルは諦めたほうがいいのかも。私も自分で分かってるみたいだ。私には似合ってない、って…。
やっぱり私じゃ、蒼井優にはなれないようだ…。
ただね、肌断食的にヘアカラーもメイクもなるべくしたくないとなると、自然とナチュラル女子が一番都合がいいんじゃない?って思っちゃうのだ…。うーん、これはズボラ精神か…。ナチュラル女子への強い憧れとズボラ精神が、いい感じに同じ方向に向いてる感じがする。
この文章を書けたことをきっかけに、儚い憧れもズボラ精神も手放して、ちゃんと自分に合った垢抜けを目指したいものだ………
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