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『活版印刷三日月堂 星たちの栞』


ほしおさなえ著『活版印刷三日月堂 星たちの栞』の読後感。

手作業で一つ一つの活字を拾って組んで昔ながらの手法で言葉を印刷する。それが活版印刷。耳にするだけで、心地よい気持ちになる。アナログの代表格、”手紙”にも通じるものを感じる。今の仕事を始めた頃、身分不相応と思いつつ、大好きな活版印刷で名刺を作って配っていた。ひとことで理由を伝えるは難しいが”どうしても好きなもの”である。

この本の舞台は埼玉県の川越市。昔ながらの活版印刷の印刷所の店主と活版印刷に魅力を感じてお客としてやってくる人々とのストーリーが一話完結の短編として4つ収められている。どの話も落ち着いていて、ホッとするような良い話である。読んでいると心がほぐれ和んでいくのが分かる。仕事終わりの電車の中で読むと疲れが取れるような気がした。

活版印刷の印刷技術、手法、出来上がったものの魅力は物語の中で主役と言っても良いような位置づけだ。それを語ることで、もしくは通すことで、人々の心情も伝わってくる。

こんなセリフがある。

仕事してても指にはマウスとキーボードの感触しか残らないし、実体のないものをパソコンの中で動かしていくだけ。だからこそ自由に発想できるんだけど、脳のなかだけで仕事してるみたいな感じもして、手触りがない。でも大西の名刺は、紙に刻み込まれてるみたいに見えた。紙が厚みのある立体物だ、と感じた。

「ひとつだけの活字」より

あぁ、これこれ。手触り。さっき、手紙に通じるものがあると言ったけれど、こんなところもまさにそう。脳だけではない。体を動かしてしっかり刻む。書く。そうして出来たものはやっぱり味がある。関わっている人の体温を感じる。実態を感じられる。アナログとデジタルの感覚的な違いはこういうところだなと思う。たかが紙一枚に印刷された文字にもそれはある。人には五感があり、いろんなことを脳だけではなく体や心でも感じているものだ。その割合が多いほど、魅力的に感じるのかもしれない。

蔵の街・川越のレトロな街並みを頭に思い描きながら読むと物語が現実のように感じられてとても良い。このあと3冊控えているので、全て完読したい。