正月に食べたもの

郷土料理、という言葉がある通り、料理には地域性や家族単位での文化の違いが出るものである。

例えばお雑煮。長崎では「具雑煮」という、大根やら魚やら鶏肉やら白菜やら、色んな物をごちゃごちゃに、「あごだし」と呼ばれるトビウオの出汁で煮る。冬場に冷蔵庫の余り物を一気に消費する、といった意味合いがあってのものと思われる。どちらかというと、飲むための汁物というよりも、食べるための煮物に近い。

地域に根差した食生活には当然、その気候や風土による違いが出てくる。そういったものを調べてみたり、或いは地元の方と一緒に作ってみたりすることは、普段の勉強や料理とはまた違った楽しさも見出せるものである。

これは、そんな話を知り合いとしていた時に聞いた話だ。

その人は鹿児島県の出身の女性であるのだが、仮にその女性をSさんとしておく。実家も鹿児島県の南部にあり、物心ついた時からお母様とSさんの一歳年下の妹、そしてSさんという三人家族で暮らしていた。

「私も、お雑煮とかじゃないんですけど、お正月になったら必ず食べるものって言うのがありました。でも多分、それは集落単位とかじゃなくて、うちだけだったんだと思ってます。」

聞くと、それはお正月に出される一般的なごちそう、お節料理、そういったものと一緒に出されたのだという。

「お母さんが、お正月になると庭に行って、そこに生えている雑草をむしって水道水で洗って。それを小麦粉と一緒に練って、一口大に茹でるんです。当然、全く美味しいものじゃあなかったですよ。」

草と小麦粉ですから。そう彼女は言った。

「いや、でもお母さんが料理下手だとか、そういうわけでもないです。だって他のお節料理とかの料理もお母さんが作ってましたから。唐揚げとかお刺身とか、色んなごちそうが並んでる中で、そのよくわからない料理のようなものだけが際立って、異様でした。」

特に不思議だとも思わなかったらしい。物心が付いたころからその料理は出ていたためである。それは謂わば正月の恒例行事であり、「そういうもの」なのだと刷り込まれていた。

「まず、他の料理の前に、それを食べなければなりませんでした。誰に言われたわけでもないですけど、いつの間にかそういう決まりが出来てたんです。正直、憂鬱でした。」

まあ、そりゃあ憂鬱でしょうね。美味しくないでしょうし。

そう私が言うと。

「いや、それもありますけど。それを食べてる間だけは、お母さんが私たちをずううっと、にやにや笑ってるんですよ。何というか、凄く、嫌な笑顔でした。二人が食べ終わったら、またいつもの優しいお母さんに戻るんですけど。」

今から4年ほど前に母は御病気で亡くなり、結局あの料理が何だったのかは、今なお分かっていないのだという。


[2020年8月 百物語企画より]

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