むこう側の顔
よく怪談で、パソコンで深夜に怖い話のサイトとか見てたりすると、たまに聞く話なんですけど。
さあもう寝ようってシャットダウンして、画面が暗転したらそこにいるはずのない人の影が映ってた……みたいな話、あるじゃないですか。
これは、私の友人から聞いた話なんですけど。
その人を、仮にMさんとします。Mさんは、とある男性アイドルグループが好きで。もうCDとかライブのDVDは揃えてるっていうのは当たり前で、タペストリーみたいなやつとかタオルとかポスターとか、そういうのを部屋の壁とかに凄い一杯飾ってるんですよ。
で、いつもバイトから帰ってお風呂とか食事とかを済ませて、もう今日はこれ以上やる事はない、フリーだってなったら、そのアイドルグループのライブDVDとか、ネットに上がってる公式のPVとかをパソコンで見るっていうのが、日課になってたんですって。
その人は洋室のワンルームに一人暮らしをしていたんですけど、キャスター付きの椅子に座って、机の上に置いてあるパソコンを見るという感じでだらだら過ごしていたそうなんです。
で、その日も夜の12時回るか回らないかってぐらいまでそうやって映像を見て。もうそろそろ、明日も朝早いし寝ようって思って、キリのいいところで映像を切って、パソコンをシャットダウンしたんですよ。
そしたら、パソコンが暗転しますよね。
で、自分と、その後ろにある壁と、そこに貼ってあるアイドルのポスターとかタペストリーとかが、暗転した画面越しに見える。
そういうもの全部に、一面。
すごいアップした自分の顔が映ってて、無表情でじっとこっちを見てたんです。
大きく貼り出したポスターにも、壁に掛けたタペストリーにも、全部。
その表情が、何て言ったら良いんですかね。
恨みがましいって感じでもなく、生気のない瞳って感じでもなく。その人の発言を借りると、「喫茶店とかで窓に映ってる通行人を眺めてるみたいな感じ」で、ただただこっちを見てたんだそうです。
で、あまりの事にびっくりして、すぐに後ろを振り返ります。そうしたら。
何の変哲もない、いつも見てるアイドルグループの顔が映ってるんですよ。それで、まあそういう風に映ってるのが当然の事なんですけど、幾分かは安堵して、視線をまた何とはなしに、暗転したモニターに戻したそうです。
そこで。
一瞬、自分がおかしくなったんだって思ったんだそうですよ。
さっき見たのと同じ、無表情の自分の顔が、暗転したパソコンの画面一杯に反射していたそうです。
その、映っている顔の大きさからして、モニターに鼻先が付くレベルで密着していないと有り得ないぐらいの映り方をしていたんですって。
当然、そんな距離でパソコンに近付いているわけもありませんし、そもそもパソコンはちゃんとシャットダウンしていたので、何かの写真を写しているということも無い。
それで、目の前のことに頭の処理が追い付かなくなって、Mさんが固まっていると。その暗転した画面に反射した、自分の顔をした何かが。
表情を崩さないまま、ゆっくりと口を動かし始めたそうです。
声は何も聞こえなかったらしいのですが、口の動きで何となく、言っていることは予測できたんですって。
「い、ま、も、」
そこで、Mさんは一気に視線をモニターから逸らしました。
Mさん、それが言いたい事は全くわからなかったんですけど、その口の動きを全部見て、何を言っているのかを理解したら本当に駄目だと直感的に思ったそうで。
もう、すぐに電気を消して、極力何も見ないまま、ベッドに潜り込んだ、との事でした。
ただ、そんな事があっては眠ることもままならないからということで、Mさんはスマートフォンで誰かに通話しようと思い立ったんだそうです。
そしてMさんは、今までの話を私に語って下さいました。
日付を回って11月9日、0時を少し過ぎたころの出来事です。
「こんな話、誰にしても真に受けてくれなさそうだから。そもそもこんな体験、今まで一度もしたこと無かったのに」
そういった体験をした人特有の、恐怖と疲労と少しの興奮が入り混じった声音で通話をするMさんに対して、私は。
今、通話しているものの画面も見るべきではないんじゃないか、という言葉を飲み込み、ただ相槌を打っていました。
Mさんが良い夜を過ごせることを、祈るばかりです。
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