呪詛代行

呪詛代行、という言葉がある。


誰かを不幸にしたい、呪いたいという人々の依頼を請け負い、代行してその対象に呪いをかけるというもので、インターネット上で検索を書けると幾つかの業者が見つかる。

実は、そういったことを本業にしている人は余り居らず、基本的には厄払いなどを本業にしている人が、その傍らで「どうしても厄払いでは気持ちが収まらない」或いは「どうしても誰かに不幸になって欲しい」という依頼者のために呪詛代行を兼業しているというパターンが殆どなのである。

また、そういった人たちに対しても、呪いの依頼を積極的に勧めることはないという。どちらかというと「なぜその人を呪いたいと思うのか」といったその人の身の上や悩みを聞く、一種のカウンセリングのような会話を通して「踏み止まってもらう」事が多い。あくまでも呪いは最終手段なのである。


ただ、それでも誰かを呪って欲しいと強く思う人に対しては、効果は保証しないことを了承してもらったうえで呪詛代行を行う。呪いの方法などを依頼者とのヒアリングを通して決定し、実際の「呪いの過程」は写真を何枚か撮影してメールで依頼者に送信するのである。

その写真によって最後まで儀式が完了したことを確認し次第、依頼者が指定の口座にいくらかの料金を振り込み、そこで依頼が成立となる。


とは言っても、実際に対象の人に呪いが降りかかることは無い。依頼者の人々も殆どそれを理解した上で代金を支払っており、後に電話などで「特に効果は出なかったが、自分の身の上や悩みを聞いてもらって、すっきりした」と感謝の言葉を述べる人も多いのだという。


これは、実際にその呪詛代行を行っている、知り合いのAさんから聞いた話だ。

今から三年ほど前、或る女性からAさんのもとに電話がかかってきた。

それは呪詛代行依頼の電話であり、ひとりの男性を呪って欲しいのだという。

「その人の個人的な事に関わるから、あんまり詳しいことは言えないんだけどさ。その女の人、ちょっと聞くだけでも分かるぐらい、相当きつい経験をしてたよ。声とか話し方からも、すごく思いつめてるような感じが伝わってきた。」

そうAさんは語った。


数分ほど会話をしてみても女性の気が変わることは無かったため、Aさんは依頼通りに呪いの代行を行った。メールを介して、呪っている最中の写真を幾つか送信し、つつがなく呪いの手順は終了。数日後には女性からも代金が振り込まれた。


そして、その振り込みを確認してから、さらに四日後。

女性から再び、電話がかかってきたのだという。Aさんが電話に出ると。

女性は依頼時と打って変わって、とてもすっきりとした、憑き物が落ちたような様子の声色だった。その声を聞いたAさんは、どこか安堵感のようなものを感じたという。

誰かを呪うという行為自体は気休めでも、それによって少しは彼女の肩の荷が下りたのなら、それで十分だろう。そう思い、Aさんは女性の電話に応対した。

「まあ、呪いの効果はどうあれ、色々と話をしたりしたことで少しでも助けになれたなら。それは私どもとしても、すごく嬉しいですよ。」

そうAさんが話すと。

女性は、とても晴れやかな声で。


「いえいえ、もうみーんな死にました!ありがとうございました!」


と言い、ぶつりと電話を切った。

「その女性、ひとりの男性を呪うために、私に呪詛代行を依頼したんですよね。なのに彼女は、"みんな死にました"って、それもわざわざ電話してまで私に伝えてきたんです。とても、とても嬉しそうに。」

あの電話は、一体何だったんでしょうか。そうAさんは語った。

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以上が、筆者が今年の八月にネット上での怪談生放送企画に出演した際に話した怪談である。内容のディテール等には意図的に変更を加えたりしているが根幹は同じであり、実際に聞いた話を基にしている。

そして最近、この話に出てくる呪詛代行業者の「Aさん」と、個人的にやりとりをする機会があったのだが。その際、この話に纏わる後日談のようなものを聞くことが出来た。以下は、その内容を再構成したものである。

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「いや、割と最近ですよ。一週間くらい前ですかね、もうそんなことがあったことも忘れかけていたんですが――」

「電話をしてきた女性がね。私のところに来たんです。いや、来た、というのはおかしいのかなあ。そもそも、本当にあの子かどうかは分かんないわけですし。」

それは休日の、深夜二時を回ったころだったという。Aさんはベッドに寝転がり、スマホをいじっているうちに、少しうとうとしてしまっていたらしい。

「あー眠いな、もう電気消そうかな、でも電気消すのもめんどくさいし、みたいな感じの時ですよ。だから、寝ぼけて何かと見間違えたっていう可能性も大いにあるんですが。」

耳元でね。

「あいつ、手も無いのに笑いながら踊ってんですよ。すごいですよね(笑)」

って聞こえたんですよ。

すぐに跳ね起きて辺りを見回しましたけど、誰もいませんでした。

それでね、その声を聞いたら何故かすぐに、あっ、あの女性の声だって思い出したんです。そして多分、この女性ももう死んでるんだって。理由とかは無いんですけど――まあ私も一応、本職は厄払いですからね。そういうのは大体分かります。

事もなげに、Aさんはそう語った。

この話を聞かせて下さった際、Aさんが最後に私に言ったことが、とても印象に残っている。


「多分ですけど。あれは悪霊とか、生霊とか、地縛霊とか、或いは祟り神とか――そういうのじゃないんです。」

「きっとね、少なくともあの女性は、こっちの世界に、まだ居ますよ。」

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