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お前の死因にとびきりの██を


????? - スキャニングデータ

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真はそこでようやく、
自分が本当にどうしようもない
状況下にあることを悟った。

いま自分がいる小屋、
そのちいさな窓の向こうに何がいるのか、
もはや確認することすらできなかった。

何故ならそれを確認しなくとも、
自分の周りにあるものの状態を見れば、
今自分が置かれている状況を
否が応でも悟ることができるからである。

高名な神主に教えてもらった
盛り方で部屋の四方に置いた塩は、
その三角錐の頂点のあたりから
まるで脂や膿のような
黄土色の粘液に変化し始めていた。

一定の間隔でぼたり、ぼたりと
塩の斜面を転がり落ち、
皿の周りにどろどろの円を形作っている。

神話の時代から鏡は
魔除けになっているから、
不浄な何かに悩まされたら
手鏡を持っておくといい。
そう言ったのは、誰だったろうか。

もはや鏡は何の意味も持たず、
寧ろ自らの視界以外の場所にいる
気持ちの悪いものたちが
目に入るばかりの道具と化しており、
つい数分前にめちゃくちゃに
叩き割ったばかりだった。

音でばれるとか、
手が出血してしまうとか、
もはやそんなことを考えている余裕もない。

もう既にばれすぎているくらいにばれているし、
今更痛みが増えたところで
もはや心配事にもならない。

なんなら、自分のいる状況を
痛みが紛らわせてくれるのであれば、
有難いと思えるくらいだ。

僕は、皴皴のコンビニ袋に
入れていた睡眠導入剤の台紙を一瞥した。

もう既にあの小さな青色の塊は
すべて取り出されており、
鳥に啄まれた死体のように
ぼつぼつと穴が開いた銀色のシートが、
ただくしゃくしゃと丸まっているだけだった。

念のためにコンビニ袋の中を
引っ掻き回してみたが、
得られる結果は同じだった。

こういう薬は思っていたより
数が少なかったということは
あっても逆はない。
笑えるくらいにない。

どんな逃避手段を弄しても、
かえって自分の置かれた状況を
強く理解させられ続けるような
今の状況に、僕はもはや、
身体がぼんやりと熱くなるような
安心すら感じ始めていた。

これ以上何をしても無駄だと、
自分で自分に、
教え込んでいるみたいな感覚。

しかしそれは一瞬の安息でしかなく、
その後には順当に、
死にたくなるくらいの絶望が去来する。

まるで耐性がついた薬の
離脱症状のように、
息継ぎができないほどの、
処理が追い付かないくらいの、
恐怖感情の原液がまとわりついてくる。

そこからはもはや、恐怖から
目を逸らすための恐怖を探す、
無意味な精神的自傷を続けていた。

そんなことをしている間に
「それ」が自らを殺してしまう
のではないかと思うかもしれないが、
そこで簡単に僕の行動を
途絶させてくれるほどに
純粋な存在ではないことは、
よく分かっていた。

例えば毒を持った動物が
獲物をすぐには捕らえず、
毒が回って憔悴するのを
離れたところから観察するように。

怪異は手を変え品を変え、
抵抗する僕の様子を遠巻きに眺め、
その間は拍子抜けするほどに
何もしてこなかった。

それが捕食生物じみた本能で
プログラムされた行動なのか、
それとも悪意によって、
抵抗それ自体をにやにやと
静観しているのかは、
僕には知る由もなかった。

しかし、たとえ後者だったとしても、
それが心のどこかでは
分かっていたとしても、
僕は抵抗をやめることはできなかった。

自らの眼前に迫った終わり、
それを少しでも先に
引き延ばすためだけの、
結果が分かり切った
予定調和のような自傷を、
しかし今は続けているしかなかった。

から。

髪を取り込んでおまじないとする怪談を思い出し、髪をまばらに切り取って口に運んだ。血判ってなにか魔除けに使えないのかなと思い至って少し下唇の辺りを嚙み潰し、でも痛すぎて途中でやめた。恐る恐る痛みがする方に指を持って行ったけど思ったよりずっと規模の小さい出血しかしていなかった。身体にお経を書いて魔除けにする怪談を参考にしようとして、でも筆記用具がなかったから床のささくれを折って腕に擦り付けてみたが、さっきと同じ結果に終わった。そこで鏡を割ったときの手の切り傷に思い至ったが、すでに切り傷の大半は固まりかけていて、それを剥がすことは怖くてできなかった。手鏡の柄を


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