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██の██に████の██を


序文


以下に掲載するのは、
ある時期の██高校文芸部の部室から
発見されたというUSBメモリに
保存されていたデータの一部です。

当時、その文芸部においては
共用のパソコンが数台設置されており、
部活動中はそれらを使って
執筆をしてもよいという
規則が設けられていました。

ただし全員分のパソコンが
用意されているわけでもなく、
そうでなくとも各員が、
共用パソコンのローカルデータとして
文章を保存するわけにもいきません。

そのため、部員は各自が購入した
USBメモリを自分用のストレージとして用意し、
それを挿して使用するという
暗黙のルールがありました。

クラウドに保存しようにも、
そのパソコンは校内のインターネットに
接続されていない、
ただの記録機器でしかなかったため、
自宅で作業を続けたい場合などは特に、
外部ストレージの接続が必須でした。

しかしそれでも、先述の通り、
部員の総数に対して──全員が毎日欠かさず出席しているわけもありませんが──台数は到底足りるものではなく。
時期によっては取り合いになることもしばしばです。

そのため部誌の〆切が近いときなどは、
各々が学校に私物のパソコンを
持ち込んで作業をすることも、
半ば黙認されていました。

休み時間中ゲームの周回をするために
スマートフォンを持ち込むよりは
健全な理由であったため、
顧問や通りかかった教員なども
それほど表立って取り締まろうとは
しなかったのでしょう。


このUSBメモリも、
そうした原稿を保存するものの
ひとつだと思われていました。

高校生でもスーパーなどで安く買えるような、
よくある規格のもの。
容量は16GBとやや大きく、
文章作業をするには持て余しそうではありますが、
まあ大方作業用の音楽などを
秘密で保存しているのだろうと、
それほど深くは考えませんでした。


そもそも文章を保存するためだけに
低容量の記録媒体を購入するほうが、
かえって持て余してしまうものです。
それほどデータを厳格に分離して
管理しておきたいわけでもない限り、
部員の持っているUSBはごちゃごちゃと、
色々な情報にまみれていることの方が
多かったと思います。

しかし、そこにあったデータは
拍子抜けするほど整然としたもので。

だからこそ、
そこに保存されているものの
異常さが際立ちました。

それは恐らく、
ある「お話」に纏わるさまざまな情報を、
ひとつにまとめたものなのだと思います。

いくつものフォルダに分かれているそれらは、
例えばジャーナリストやフィールドワーカーが
取材した情報を並列しているかのように、
きれいな整理がなされていたのです。

文章のほとんどは箇条書き、
あるいは散文形式であり、
その「お話」について知っていることを
様々な人に聞き取って、
収集したもののようでした。

新聞部あたりと兼部している人が
何か取材の真似事でもしていたのかなと、
そうも思っていたのですが。

しかし、あれが学校のどこかに発表される
何らかの文章であるはずはありませんでした。

何故なら、その文章の内容はどれも、
見知らぬひとりの生徒の「死」に
関する情報を、系統立てて集めた
ものだったからです。

私たちの世代は、
同級生が亡くなったなどという情報に、
当然ながら全く覚えがありませんでした。

しかし、そのUSBに保存されている
文書ファイルの中では、
取材対象者である生徒などが、
あたかもその死は
周知の事実であるかのように扱っています。

インタビューをされている人々は全員、
内容や知っている情報の詳細に
多少のぶれがあるにしても、
様々な噂を話しているのです。

先述の通り、このUSBは██高校文芸部の
部室から発見されました。

数年ぶりの大掃除をすることになり、
顧問ですら名前がうろ覚えの女子生徒の
名前が書かれたシャープペンシルや、
インク切れの油性ペンが五本以上入っていた
ペン立てを拭き掃除しているときに。

薄汚れたマルチラックの奥深くから、
それが見つかったのです。

最初は誰かの忘れ物や無くし物だと思い、
簡易的なメモ書きとともに、
黒板消し置き場の隅に放置されていました。

しかしいつまで経っても持ち主が現れず、
一度部員全員が集まったときにさえも
覚えのある人がいなかったため、
全員の了承を得たうえで、
その記録媒体を読み込みました。

比較的大容量のものだったため、
あわよくば共有物として再利用しよう、
という思いもあったのかもしれません。

そこでパソコン上に表示されたのが
そんなファイルであったため、
当然ながら部員は大いに不気味がりました。

持ち主が見つかることもなく、
そもそもフォルダの最終更新日が
彼らの入学以前であったことから、
かつての部員が用いていたものだろう、
という予測は付きます。

しかしながら、
なぜそのようなデータを集め、保管していたのか。
さらに言えば、なぜそのような
調査めいたことをしていたのかは、
全く分かりませんでした。

たまに部室に他のクラブの生徒が
顔を見せに来ることはあっても、
そのような記録媒体を持ち込んでまで
何かの作業をし、あまつさえ
部内のラックに保管することは考えられません。

単にパソコンを使った作業をしたいのであれば、
調べ物をするという体で
パソコン室を借りたほうが、
はるかに合理的です。

つまり、その時の状況をまとめると、以下のようになります。

少なくとも現在の文芸部員には
心当たりのない昔の生徒が、
専用のUSBメモリ(と、恐らくは
この部室のパソコン)を用いて、
ある個人的な調査をしていた。

それは同級生などに対する
インタビューを主とするもので、
フォルダの中にはその文字起こしや、
話の要点をまとめた
docxファイルが保存されていた。

インタビューの内容は、
かつてこの学校で起こったという
生徒の死に関連する様々な聞き取りであり。

その発言内容から示唆される「死」の様子は、
そこで文字起こしされている噂の内容を
信頼するのであれば、
非常に不可解なものであった、と。


以下に掲載したリンク先は、
そのUSBの内容を、
出来る限り再現したものになります。

このnoteという媒体において、
その情報構造の完全な再現を
行うことは難しいため、
以下の情報は遷移先でご覧ください。

なお、突然に恐ろしい画像が出現する、
大音量の叫び声が流れるといった要素はございません。

また、このリンクの後にも文章は続きますが、
それらは遷移先のデータを
すべて参照したという前提で
書かれた文章ですので、
一度それらをお読みになってからの
スクロールを推奨します。


発見されたUSBメモリのファイルとデータ構造


〈以下は、前掲のリンクを参照した後にお読みください〉


そのファイルを確認した私たちは、
言いようもない恐怖を感じていました。

そもそも、そこにあった文章それ自体の
不可解さもそうなのですが。

「今、そのUSBメモリを見ている私たち」
だからこそ感じられる、
不気味な点がそこにはあったのです。

先述した「作業中」のフォルダの
中にあった音声ファイル。
フォルダの構造を見る限り、
そこに保存されていた音声をもとに
文字起こししたのが、遺言とも言うべき
あの文書ファイルだったと想像はできます。

しかし、そのデータをどう聞いても、
何の言葉も発せられていないのです。

ただ、おそらくは夏の木々や
風の音が入っているだけで、
誰かが何かを言っている様子は全くありません。

もし音声部分を聞かずにいた方がいたとすれば、
ここで再び明言しておきたいのですが、
あの音声のどこにも、
声や特異な音などはありませんでした。

もちろん、なんらかの言葉が入っていた部分は
後から切り取った、
などの行動も可能ではありますが、
少なくとも私たちはそう思えなかったのです。

このUSBメモリに様々な文書を整理し、
考察を含めたたくさんの情報を記している
何者かが書きつけていた、いくつかの文章。

彼らの噂を統合して整理すると、
生前の悠真が遺したいくつかの不可解な行動には、
一定の筋を通すことができている。

新しいフォルダ > 作業中 > 今後の解釈の方針

この解釈によってある程度、
生前の彼の行動に先述した「軸」を通すことが期待できる。

新しいフォルダ > 作業中 > 今後の解釈の方針

その証拠に、もう悠真は死の直前に
自らの髪の一部を嚥下していたことになっている。

新しいフォルダ > 作業おわり > 生前の様子に関する噂

これらの記述を見る限り───
文書ファイルの管理者であった何者かは、
明確な意思によって、
自死を選んだ同級生の噂を再構成・再解釈して、
事実とは異なる噂を学校の怪談として
流布しようとしている
ように見えるのです。

彼が死の直前まで最大限恐怖に苦しみ、
自傷し続けていたという
趣旨の怪談になるようにと、
最大限に噂話を捻じ曲げて。

██高校三十一回生、出席番号三番。
[※ここに両親の名前など調べて入れる]
ごめんなさい、僕は死ぬことにしました。

新しいフォルダ > 作業中 > 遺言音声フルの文字起こし

だとするならば。

このように、わざわざ遺言を捏造してまで
そんな噂を流布しようとした何者かは。

彼に対して、どれほどの悪意を抱いていたのか。

もはや今の私たちには、知る由もありません。


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