整体師の見た痣

私、もう怪談を書いたり喋ったりするのが好きなんで、旅行先とかで仲良くなった人とかにも、「なんか怖い話とか不思議な話ってありませんか?」とか、聞いちゃうんですよね。
で、その中で、そういう体験をしやすい職業っていうのが、なんとなくの傾向としてあるなーって思ってて。ほら、よくタクシー運転手とかが怪談を持ってるみたいに言われたりするじゃないですか。
でも私が聴いていく中では、意外とタクシー運転手の方って怪談を持ってなくて。私の経験則では、意外に不思議な話とか怪談を持ってるのが、マッサージ師。整体師さんなんですね。


これってあまりイメージが無いと思うんですけど、ほら。そのクライアントさんと直に接して、あと雑談とかする方もいらっしゃるじゃないですか。そういう時に、いやこういう事が最近あったんですよ、とかって聞いたりすることが多いみたいなんです。
で、これは数年前に、九州で個人経営のマッサージ店をやってらっしゃる男性の、Aさんっていう方から聞いた話なんですけど。

そのマッサージ店には、常連というか、週に一回ぐらい来店して施術を受ける、同じく男性のBさんって方が居たんですよ。確か普段は普通に会社員をなさってて。オフィスワーカーだからすごく肌の白い方だったそうです。
整体師のAさんは、そのマッサージ中に話していくうちに妙にBさんと馬が合って。Bさんがそのお店に通い出して二カ月くらいたったころには、もう本当に会話も弾んで、楽しい時間だったそうです。

で、その日は六月ぐらいだったらしいんですけど。いつものようにBさんが店にやってきて。施術を受けるわけですね。で、そのお店の施術っていうのが、わりと血行を良くするとかで、施術を受ける方が汗をかいたりしやすいんですよね。だから、そのお店で無料でシャツとかを貸し出してるんですよ。
それが、季節の変わり目ってことで、それまではちょっと長袖というか、肘ぐらいまであるけど生地ちょっと薄めみたいなシャツだったのが、もう完全な半そでに変わったんですよ。で、それを着てBさんが横になって、施術を受ける、と。

それでいつもみたいに、喋りながらマッサージをしてたらですね。Aさん、肩のあたりを揉んでた時に、ふと気付いたって言うんですよ。何がかって言うと、それまでは袖に隠れて気付かなかったんですけど、Bさんの左側の肩に近い腕の辺りに、なんかあかい痣みたいなのがある事に気づいたんですって。肌が白いんで、よけいに際立つんだそうなんですよ。
で、それまでの雑談の流れでAさんがマッサージしながら、「Bさん左の腕のとこになんか痣がありますよー。なんかぶつけたりとかしました?」って聞いたんです。そしたらBさん、それまでの雑談の和やかな感じがぴたって止まって。すごい思い詰めたみたいな表情で、「いや、なんでもない。」って言ったんですって。

でそれを見てAさん、あ、これは聞いちゃいけないタイプの事だったのかなってはっと悟って。それからは普通通りにマッサージを続けて、それ以来痣に触れることは無かったんだそうなんですよ。

で、その後も週に一回、Bさんが来て、マッサージを受ける。それまでと変わらない様子で雑談をして、お店で貸し出してる半袖のシャツを着てるわけなんですよ。
その痣、勿論話には出さないんですけど。Aさん、なんとなく気になって見てしまうんですよね。Aさんが言うには、その痣、一向に引かないそうなんです。消えたりする気配がない。普通、その赤い色が少しは引いたり、薄くなったりするじゃないですか。そういうことが、一切なかったって言うんですよ。

何なんだろうなって思いながら、でも何回もマッサージしてるうちに、そんなことも忘れてたというか、気にならなくなっていったんですね。

で、そうしてるうちに、9月になって。Bさんがお店にやって来るんですね。Aさんも「おー、いらっしゃい!」っていつもみたいに迎え入れる。そしたらBさん、Aさんに向かって、こう言ったんだそうです。

「俺の勤めてる会社。転勤になって、県外に引っ越すことになった。だから、急で申し訳ないんだけど、多分これで来るのは最後になると思う。」
もうAさんもびっくりして、それですごい寂しい気持ちにもなったんですけど。でもそれまでの雑談のあれで、Bさんの職場が結構転勤とかが多い会社だってことも何となく聞いてたんで。

「あー、そっかあ。」と。「まあ寂しくなるけど、また近くに来たら寄ってけよ」っていう風に言ったらしいんです。
それで、いつもの感じでマッサージをして。で、一時間ぐらいして、施術が終わりましたと。じゃあこれで、一応お別れってことになるのかなー。じゃあ着替えてもらって、お会計をーっていう風にAさんが言ったら。Bさんが、「あ、ちょっと待って。」って。
どうしたの?って聞いたら。BさんがAさんに向かって、
「なあ、お前、覚えてるか?何か月か前にさあ。俺の左腕の痣の事、聞いた事あったよな。」
って言ったんです。

「痣?ああ、あの赤くなってるやつのこと。まあお前半袖のシャツ着てるから、今もちょっと見えてるよな。まあずっと見てると慣れたっていうか、気にならなくなってたけど。それがどうした?」

って、Aさんが言ったら。

急にBさんがにやって笑って。

着てる半袖シャツをバッ、て捲りあげたんですって。そしたら。
Bさんの肩からお腹にかけて、びっしり子供の手形がついてたんですって。
もう、子供の小さな手形が、赤い痣になって。Bさんの肩からお腹から、何十個もついてたらしいんです。

もう、あまりにも急な事で、Aさんがもう固まってたら。Bさんがシャツを着直しながら、

「いや、心配すんなよ。だって、全部俺が決めた事だから。だから、もういいんだよ。」

って、言ったんですって。

Aさん、その発言の意味はさっぱり分からなかったんですけど、凄く恐ろしく思えたらしいんです。
で、Bさんがそのマッサージ室から出て、お会計を済ませて、お店から出て。
「それからBさんとは、一度も会ってないんですよねえ。」

そう言って、Aさんは話を終えました。


[2020年8月 百物語企画より]

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?