或る体験談
私もよく心霊スポットとかに行くんですけど、何かが起こることって滅多にないんですよね。
その時も九州にある某スポット、まあトンネルですね。山道を入ったところにあって、ライトを消すとやばいとか、繋がらないはずのラジオから知らない声が聞こえるとか、まあよくあるやつですよ。で、そこに三、四人で深夜行った事があるんですけど、特に何も起きなくて。
何十分か山道をぐるぐる回ったりもしたんですけど、ほんとに何も無くて。正直もう、ただ疲れるし眠いし、っていう状態で、解散になったんです。
で朝の6時ぐらいにただいまーって家に着いて。へとへとになって家のベランダをぱって見たら、洗濯物を取り込むのを忘れてて、干しっぱなしになっちゃってたんですよね。
うわーマジかー、気付いて取り込んでくれてもいいのにって思いながら、ベランダの窓を開けて洗濯物を取り込んで。
「いやあほんと疲れたよ、何時間もいたのにただ暗いだけでなんもなくて」とか言いながらハンガーに掛かってる服とかを全部かごに入れて、ベランダから家の中を見て。
その時に「あ」って気付いたんですけど、私ずっと一人暮らしなんですよ。
誰かを家に泊めることも滅多になくて、勿論その日も私以外誰もいなかったんですけど、何故か私は誰かがいるって思い込んで、その誰かに話しかけながら家の仕事をしてたんです。
「不思議な事は何も起きなかった」「自分はそういうのとは無縁なんだ」って思ってたとしても、実は案外、ただ気付いてなかっただけなのかもしれませんね。
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以上の話をし終えると、その人は聞き手に徹していた私、筆者に話しかけた。
「でもこれ、正直そんな怖くないな、って思ったでしょ?いつも話してるのとかと比べたら、少なくとも。」
彼女は私と同じように、怪談を書く、収集するといった趣味を持っていた。彼女にいわゆる霊感のようなものは一切なく、それに準ずる体験も全くしたことは無いのだが、色々な知り合いや怪談師などから怖い話や不思議な話を聞くことをささやかな楽しみとしている。そんな事もあり、会う機会がある時には「新しく仕入れた話」などを幾つか共有することがあるのだが。
すっごい怖い体験談がある、と言った後に彼女が話したのが、上記のものだった。
勿論、これは紛うこと無く怖い話である。体験した人からしたらたまったものではないだろう。ただ、十数年と怪談を一心不乱に漁ってきた人物が「すっごい怖い体験談」と断りを入れたうえで話したものとしては、肩透かしを食らったような感覚を覚えてしまったのも事実であった。
当然、この話を彼女に語って下さったであろう人物に対しても失礼があってはいけないので、私は慎重に言葉を選びつつ返答した。
「いや、十分怖かったと思いますよ。そりゃあ、時々出てくる本気で洒落にならないやつに比べたら、そういう風に思う人もいるかもしれませんけど。ほら、怖さなんて単純に計ったり比べたり出来るもんじゃないですし。」
それに、聞き手がどう思おうと、少なくともこれを話した人は、その体験したことを怖いと思ってあなたに話したわけで。そんな私の言葉を聞きながら、彼女はぎこちなく笑った。
「ああ、うん。これを話してくれた子、一個下の、あたしの知り合いなんだけどね。」
「へえ、そうなんですか。」
「多分、昨日でニ十回目ぐらい。」
「何が。」
「その子が、この話をあたしに喋った回数。」
もう、すっごい怖いんだよねえ、と彼女は言った。
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