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しあわせのシルシ 前編



「え、高そう。てっきりその辺のホテルとかだと思ってた。」

「クリスマス過ぎちゃったけど、二ヶ月ぶりに会うわけだし。今年最後だし。だからちょっと、っていうか、結構、奮発した。」

クリスマスの飾りは外されている。でも街路樹にはまだイルミネーションが輝く。きらびやかな街を背にシュウと私はドアマンの開くホテルの扉を通り抜ける。


暖かく、それでいて重厚感のある明かりのロビー。そわそわする。なんかそわそわする。テレビや映画で何度も見たことあるけど、もしかすると、こんなホテルに泊まる経験って人生初なんじゃ?緊張してきた。

シュウはすたすたと歩いていき、フロントでチェックインを済ませる。年下の後輩の癖に、かっこいい。部屋へ案内するホテルの人と一緒にエレベーターに乗る。なんかすごいね、緊張するね、と小声で私が言うと、シュウは少し笑う。俺も緊張するとか言ってよ、なんでそんな落ち着いてるの。なんか、どきどきするんだけど。その横顔、かっこいいんだけど。そんな横顔だったっけ、シュウ。エレベーターを降り、廊下を歩く。ふかふかの絨毯。足音はしない。廊下の先の角部屋。


ホテルの人がカードキーで部屋を開け、室内の案内をしてすぐに下がった。そして私は驚いた。部屋は25帖くらい。白い清潔なベットだけで、東京の私の部屋の大きさぐらいある。そして部屋の壁の半分は窓。その先に夜景が広がり、窓際の革のソファが妖しく輝いて、二人用のバーカウンターが、押し黙っている。

ホテルの人が去ってから、私は部屋の中を歩き回って夜景を見たり、ベットの端から端までを何回コロコロ出来るか試したり、革のソファに座ったりして興奮していた。ダメだ。完全に子供だ。はしゃいでいる私を横目にシュウは何か飲む?と聞いてきた。くそう、落ち着きやがって。大人ぶりやがって。こっちは年上で上司だぞ。

「ハイボールとかできそう?」私はちょっと落ち着き払って声を出す。

シュウは頷いて冷蔵庫の中のペリエと、氷と、ミニボトルのジャックダニエルでハイボールを作り、本人はキリンの瓶ビールをグラスに注いだ。シュウはバーカウンターを顎で指す。座ったら?という意味。くそう、指図しやがって。でも、実際私は、こんな部屋をとってくれて、嬉しくてたまらない。チワワみたいにスツールに、そそくさと座る。

シュウは、スマホをいじっている。そしてスマホから音楽が流れる。え?ジャズ?え、なに、この人。いろいろなんか計画たててきとる?

バーカウンターに私のハイボールが置かれる。なんか緊張するんじゃけど。目見れんのじゃけど。少しだけ部屋の明かりが落ちた。二人で乾杯する。

今日、どうだった?料理。

すっごい美味しかった。

どれが一番よかった?

ホタテと辛子菜のサラダ。シャンパンにすごく合ってたし、とろける。思い出すだけでおいしい。すごかった・・・。シュウは?

俺はぁ、やっぱりボンゴレかな。すごく懐かしかった。正直泣きそうになるくらい美味しかった。

ふぅん、と私は言う。シュウの顔をちらりと見てみる。遠くを見ている顔。ねぇ、なに見てるの。彼女こっちだよ。こっち見てよ。いや見ないで。照れる。あれ、そういえば、ネクタイ嫌いだから、仕事終わったらすぐとるのに、なぜか今日はずっと着けてる。


なんでネクタイとらないの?

あ、うん、まあね。

どうしたの?

いや、なんとなく。

ふぅん。大人になったのかな?シュウちゃんも。


シュウは鼻で笑ってビールを飲む。え、さっきとの堀さんとのやりとりみたいに、なんか、ないの、軽快な返し、ないの?照れ隠し?緊張してる?なに?この感じ。神妙な感じ。なんか、違和感がある。そわそわする。

胸騒ぎっていうか。なんかいつもと違う。この感じ、私、なんかわかる。たぶん、よくない、話。



ねぇ、佳那。あのさ。

来た。このトーン。やめて、うそでしょ。
「うん、どうしたの。」


「佳那はさ、今課長じゃんね。」

「うん。」なになになに。

「まだ東京には、居るんつもりだよね。」

「うん。だから、なに?どうしたん?」

「俺さ、なんか、その、言いにくいんだけど、辛くなってきちゃって、、ごめん。」







「俺さ、強がっても結局、強くはなれないしさ、今回も、二ヶ月ぶりでしょ?なんか、そういうの辛くなっちゃって。また、来年からは離ればなれになるって、なんか、怖くて。今日が楽しみで楽しみで頑張ってきたけど、またあっちに戻るのが怖くて。」



さっきまで、楽しかったのに。ベットの上をコロコロしてたのに。なにこの温度差。そんな話するんなら、なんであんなところで食事なんかできるの。なんで堀さんと佑子さんを紹介なんかできるの。おかしいよ。と心の中ではたくさんいろいろ渦巻いていた。でも表面の私は黙ったまま。なにもしゃべれない。口が蝋で封をされたみたいに、動かない。



「だからさ、俺、安心したくて。会えなくても、大丈夫って安心したくて。だから、これ、受け取って、ほしい、んだけど、さ。いい?」

シュウは、白い小さな箱を取り出して、開けた。なかには小さなダイヤが付いた銀色の指輪。は?どういう意味?手切れ金?どういうことなんこれ。わからん。

「は、ちょっと、意味分からんのんじゃけど。」

「佳那が、自分を試したいって、自分の人生頑張りたいっていうの、俺わかってるからさ、だから、それをめちゃめちゃ尊重したい。前みたいにカッコ悪いことしたくない。でも、なんか、突然終わっちゃうんじゃないかって、すごく不安で。信じてないわけじゃなくて。なんかこれも、信じきれないからこういうことやってるみたいで、なんか、怖くて。」

「いや、どういう意味?まったく分からんのんじゃけど。全く!ぜんぜん!わからん!わからん、なに言っとるん?」

「うん。ごめん。説明する。」

シュウは少し深呼吸をする。

「あのね、俺、佳那のこと、邪魔したくない。前みたいに、カッコ悪いことしたくない。佳那がそっち行ってやろうとしたこと邪魔したくない。でも、俺、強くは、ない。信じてるけど、怖い。自分勝手だけどさ、俺、安心したい。信じてないわけじゃない。でも、怖い。だから、もう、なんか、シンプルに言ったら、俺、佳那と結婚したい。でも違うんだよ、佳那にそっちでのこと諦めて欲しくない。だから、婚約っていうか。俺、その、待つから。だから、その、しるしっていうか。その。婚約指輪、みたいな感じなんだけど、」

シュウは私を覗き見る。

「どう、かな、」

シュウの不安そうな顔。

なに、要するにこれはプロポーズじゃ。しかも、わたしのこと、最大限に尊重してくれとるプロポーズじゃ。真逆。別れるとは真逆。まぎらわしいよ、シュウ。もう、今日、ずるいよ、シュウ。私はなにかを我慢しながらハイボールを飲んだ。しょっぱい。夜景も滲んどる。

「佳那、だめかな?」

私は首を横に振る。

「だめってこと?」

私は首を横に振る。

「受け取ってくれるってこと?」

私は辛うじて夜景を見ながらうなずく。


紛らわしい。シュウ、紛らわしいよ。さっきの料理みたいに、バランスとって伝えてきてよ。バターとレモンのソースみたいに、バランスよく、伝えてよ。

でも、私をそこまでして尊重して言ってくれたんだって、ずっと考えていてくれてたんだって分かった。

「ねぇ、別れ話かと思った。下手だよ。武本くん。説明下手だよ。営業でしょ。」

「うん。ごめん。ほんと、弱くてごめん。」

「謝らんでいい。嬉しいん。私。シュウ弱くない。優しいん。」

ほうじ茶みたいな苦くて甘くて、温かいそんな優しさが、私の心をゆっくり温めていく。

「受け取ってくれる?」

「はい。よろしくお願い、します。ありがとう、シュウ。」

シュウは、箱を私のグラスの横に置く。

「じゃあ、佳那が納得できたら、その指輪、つけて。」

「は?」

「え?」

「自分でつけんといけんの?」

「え?」

「なんで婚約指輪自分でつけんといけんの?なんで?音楽まで流しといて?」

「いや、え、あ、ごめん、なんか、え、ごめん。強制みたいになるとあかんかなって思って。」

「あ、そっか、ごめん、シュウ、私、酔ってるかな?」

「いや、わかんないよ。泣いてるし。」

「泣いとるんじゃなのて、泣かせたんじゃ!」

「あーー、たぶん酔ってる。広島弁出てるし。」

「これは、悲しかったりしたから怒ってるだけ!たぶん。シュウの説明が下手だから!」

「ごめんな、佳那。じゃあ・・・・・今、つけてもいい?つけてくれる?」



なんか言われたからつけるのも、ちょっと違うと思うけど、でも、

「うん、つけてほしい。」私は頷く。

シュウはバーカウンターの椅子から降りた。
片ひざをついて、私を見上げる。

まさか

「佳那が今よりも、もっともっともっと輝いた日。結婚してくれますか。これは、その幸せな日々のシルシ。佳那なら、大丈夫。」

そう言ってシュウは私の指に、指輪を嵌めた。



いっつも私よりも私のこと考えてくれとる。

でも、これはかっこつけすぎなんよ。

ディズニーなんよ。

中学生女子が妄想するシチュエーションなんよ。




でも、







嬉しい。










とっても嬉しい。
すっごく嬉しい。
すっっごく嬉しい。
ずるい。
ありがと。
きっと、今日という日は、私の大切な宝物になる。






シュウは私の両頬を両手で包み、ほっとしたような顔をして、私に口づけをした。

「色々悩ませてたんだね。シュウ、ごめんね。」

私がそう言うと、シュウは少し残念そうな顔をした。

「佳那にごめんねを言わせたくなくて、色々考え過ぎて、結局ごめんねを言わせちゃった。俺、まだまだだなぁ。」彼は少しだけ寂しくて悔しそうな顔をする。

あ、違う、ごめんねじゃ、ない、私が間違えたんだよ。伝えたかったのは、ごめんじゃない。

「違う。シュウがほんとに悩んで沢山考えててくれた事がとっても嬉しかった。シュウが悩んだたくさんの時間を感じたん。だからごめんって言っちゃった。でも伝えたいことはごめんじゃない。シュウ、色々考えて、私を想ってくれて、私の未来も尊重してくれて、今日は、美味しい料理や素敵な人と出会わせてくれて、こんな素敵な部屋を用意してくれて、音楽もかけてくれて、ちゃんと説明して、ちゃんとプロポーズしてくれてありがとう。凄く嬉しい。シュウ、ありがとう。」

彼は嬉しそうな顔をして、スツールに座る私を、強く抱き締めた。スツールが、きぎっと軋む。シュウは立ち上がり、ネクタイを外す。私は、ネクタイを外すときのシュウが好き。シュウは照明を落とす。

街明かりに照らされた部屋。大きなベッドだけが月夜の雲みたいにぼんやりと、浮かぶ。





続く

不確かな約束 

スピンオフ作品です。


もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。