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「つくね小隊、応答せよ、」(51)

「今のは、三八じゃねえな」
遥か彼方から響いてきた銃声を聞き、そう呟いたのは仲村だった。

滝壺に沈めておいたワニの肉を蒸し焼きにして、朝に食べ終えたころ銃声が複数響いた。日本兵たちが持っている銃とは違う、大きく太い銃声、アメリカのガーランド銃のものだ。
三八式歩兵銃の銃弾の口径は65mm、米兵が持つガーランドの口径は76mm。一発一発手動で発砲する小さい銃弾の三八式歩兵銃と、自動で大きな銃弾を発砲できるガーランドでは、音の間隔も音の大きさも全然違っている。

「なんでやつらが森の中にいるんだ?爆撃と艦砲射撃で十分俺たちをいじめ抜いたのに」
清水がそう言うと、渡邉が眉をひそめる。

「どうやら本気で俺たちを一掃したいらしいな…あの音の感じだと、数キロのとこだ。とにかく早いとこ、隠れられる場所を、別々に探そう」

三人は焚き火の痕跡を丹念に消し、砂をかぶせた。

数時間後、別々の場所の岩場を探し歩いた三人が滝壺に集まる。

「どうだった?渡邉」

仲村が訊くと、渡邉は首を振る。

「学徒はどうだ?」

仲村が清水に訊くと、清水も渡邉と同じように首を振り、逆に仲村に訊ねた。

「で、お前はどうだったんだよ?」

仲村は後頭部をかきむしり、ばりぼりと音をたてながら答える。

「こっちもなにもなかった。山の方に行けばどっかにはあるかもしんねえけど、落ちたらひとたまりもねぇよな…」

滝の上流の方に行けば、岩場にそれらしき洞窟は発見できそうだ。しかし切り立った崖も多く、昇降の際には負傷するリスクも高い。となると、そこを潜伏の拠点とし、生存してゆくのは現実味がない。
滝という、汽水と真水が分かれる場所で、「水」や「魚」などの食料は確保できた3人だが、肝心な潜伏拠点がないというのは、文字通り死活問題だった。
恐らく死活問題というのは、こういう状況のことを指すものなのだろう。

「嫌だけど、塹壕掘るしかねえのかな?」

仲村が、本当に嫌そうな顔をしながら渡邉に向けて訊くと、渡邉は無精髭を撫でながらなにやら考えこんでいる。ざりじょり、という乾いた音だけが、三人の沈黙のなかで響く。
塹壕を掘り、砂や土の上を拠点とすれば足跡も残りやすくなる。せっかく潜伏しようというのに、尻尾を出すことになる。選択肢の可能性としては低い。しばらくして渡邉は清水の方を向いた。

「清水、お前はどう思う」

清水は眼鏡を外し、自分の襟のところでレンズを拭き、そしてレンズの向こう側を眺めた。

「無謀な戦闘をするよりも敵をやり過ごすことのほうが重要だと思う」

渡邉と仲村が頷き、清水は続けた。

「敵は俺たちがどんなところに隠れ、どんな風に逃げ、そしてどんな風に反撃してくるのか、読んでるはずだ。だから俺たちが隠れそうなところなんてとっくに目星をつけてる。俺は、隠れられるところに隠れるじゃなくて、敵がもう探さないような場所に隠れるべきだと思う」

清水は眼鏡をかけた。

「俺は、東京で空襲を経験してる。空襲で生き延びるには三つの道があった」

清水は三つ石を丁寧に並べる。

「ひとつは防空壕。もうひとつは家屋がなにもない場所へ行くこと。そしてもうひとつは、」

清水が最後の石を拾い上げる。

「一度爆弾が落ちた場所に避難することだ」

仲村が首をかしげる。

「でも、一度爆弾が落ちたとこは遮蔽物もなにもねえだろ?また狙われるんじゃねえか?」

清水は拾い上げた石をもてあそび、遠くへ放り投げる。その石は、湿った土の上を、ぼむぼそぼすんと転がって動かなくなった。

「同じ場所に爆弾が落ちる確率はかなり低い。無駄弾は嫌われる」

清水がそう言うと、仲村はなるほどぉ、と深く頷いた。

「で、どこに目星をつけるんだ?」

渡邉が髭を触りながら訊く。すると清水は仲村と渡邉を交互に見ながら答えた。

「ここでは、敵さんに発見されない限りは、艦砲射撃が飛んでくることはないし、爆弾を落とされることもない。そして、敵さんが島の中を徘徊してるんだったら、敵さんの近辺には艦砲射撃はないだろう。
そうなると、奴らの足跡を辿るのが一番安全だ。
だから、敵さんの転々とする野営地跡に、俺たちが潜伏すればいい。そうすれば、同時に俺たちの痕跡も消せる」

米兵の跡をつけて、潜伏し続ければ、艦砲射撃も受けないし、発見もされない。清水の言うことは正しい。しかし、仲村も渡邉も、何も答えなかった。
論理としては通るが、リスクもかなり高い。
何も答えない二人に、清水はさらに言葉を続ける。

「俺たちが洞穴に潜伏するという想定は、あくまで艦砲射撃や哨戒機から遮蔽できることが前提だった。さっきのあの銃声は数十発同時に発砲されてるから、分隊か、もしくは小隊が俺たちを探し回ってるってことになる。もし洞窟に隠れてるところを奴らに発見され、砲撃さたらどうなる?」

仲村が青ざめた顔でつぶやく。

「サバの押し寿司ってこと?」

清水が鼻で小さなため息をついた。

「サバかどうかはわからんけど、生き埋めにはなる」

渡邉が腕を組んだ。

「確かに、俺たちが艦砲射撃から逃げ回っていた時とは状況が違う。敵さんたちがどういう武器で、何人いるのかを知っておくに越したことはない。見つけられる前に、こっちから見つける方がいい」

仲村が、両手をいじりながら、不安そうな顔をした。

「え、じゃあ、俺たち、どうすんの?」

「見つけられる前に見つける」

渡邉がそう答えると、清水は頷いて考えるそぶりをした。

「敵も、水が重要なことは承知してるはずだから、いずれここを目指して来る。こっちから探しに行くよりも、おびき出そう」

だが問題はどうやってここへおびき出すかだ。
それにはいくつか方法がある。
誰かが囮になってここへひき連れてくること。
わざと煙を出して引き寄せること。
音や声を出しおびき出すこと。
しかしそのどれも「ここに生き残りがいるから皆殺しにしてくれ」と言っているようなものだ。三人ともそのように考えがめぐり、難しい顔をしている。

「ここで音か煙を作って、引き寄せつつ、なおかつそれが俺たちじゃないように、なんとか画策せにゃならん」

と、渡邉。
三人とも腕を組み、地べたに座り、難しい顔をしている。
売上の伸びない雑誌の特集会議でもしているようなありさまだが、彼らが頭を巡らせているのは、なんとかして生き残る方法だった。

仲村が、ぽん、と膝を打った。
なにか思いついたようだ。


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