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かがり火の結末


↑この記事の続きです!

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洞窟の入り口の焚き火が、強い風に吹かれ、ばちぼちぱち、と炎を上げている。

その炎は、ウミヒコと、カヤの横顔を薄赤く照らす。

ウミヒコは、カヤの手を握り締め、洞窟を飛び出した。



浜辺とは打って変わって、静かな森。

その森をふたりはひた走る。

遠くで狼の鳴き声や、獣に襲われる鹿の叫び声が聞こえる。

ウミヒコは黒曜石の矛を握りしめ、あたりの様子を伺いながら走る。ふたりの荒い息遣いや駆ける音が、まるで祭祀の時の拍子木のように、規則正しく森に響く。




カヤとウミヒコは、同じムラで育った。ふたりは年も近く、幼い頃からよく遊んだ。

ウミヒコは走るのも泳ぐのも、弓や矛を放つのも、ムラの誰よりも劣った。だから、遊ぶと言っても、どこかへふたり歩いていき、ただ座って話をすることが多かった。

いつも、他愛もない話だった。

兎は逃げているときにどんなことを考えているのかとか、器を作る時の土がなんであんなにぐねぐねするのかとか、雉の鳴き声は怒っているのか怖がっているのかとか、たしかそんなことだったように思う。

大人たちはそんな二人を不思議な顔で見つめていた。確かに、カヤは不思議な少女だったし、ウミヒコは変わった少年だった。


ムラの前に捨てられていたカヤは、みなしごだった。成長するにしたがって、彼女は大人に反抗した。言葉で、大人の矛盾を突いた。

ウミヒコは大人に従順だった。何をしても人より劣る自分が、何かを主張したところで、なんの説得力もないと、自分自身で思っていた。




「ウミヒコ、この丘を越えれば浜に出る。そこはもう、わたしたちのムラではない。自由だ」

数時間走り続けたあと、カヤが言う。

「…ああ」

「どうした。ウミヒコ、怖いのか」

「…うん、まあ、こわい」

「何がこわい」

「全部自分の力でやっていかなくちゃいけない。食べるものも、着るものも、住む場所も。全部自分にかかってる。俺にできるのか、それがこわい」

「ウミヒコひとりではない。わたしもいる。それを忘れるな」

「ああ、でもなにかあったとき、カヤを守れるのかどうかも怖い」

「自分の身は自分で守る。そんなことは気にするな。そんなに怖いなら、じゃあなぜ、お前は私と一緒にいる?」

「カヤを失うのもこわい、から」

「ウミヒコは、幼い頃からまったく変わらないな。お前の周りは、いつも切り立った崖だらけだ」

ウミヒコは、黙って頷いて、カヤはそれを見て少しだけ笑う。





「ウミヒコ、洞窟を出ました。呼吸、心拍数共に上昇、アドレナリン分泌されています。興奮状態にあります」

「肚を決めた、と、そういうことかな?」

「いえ、生体情報だけでは分かりかねます。しかし、ウミヒコが向かっている方角は、隣国の方向です。隣国へ二人で落ち延びるだろう、という推論は成り立ちます」

「なるほど」

「定点観測から飛翔観測へ切替。バグを飛ばし、観測を続けます」


初老の男と、若い女が、白い無機質な服を着て、ホログラムのディスプレイを見ながら話をしている。女が、手元の虫のマークのパネルをタップすると、暗闇の中を走り抜けるウミヒコとカヤの後ろ姿がディスプレイに映し出された。

走ってゆく二人の背後を、セミぐらいの大きさの虫型のドローンがついてゆく。


画面のウミヒコには、心拍数や血中酸素濃度などが数字で表示されている。

女は、手元の立体パネルを操作して、地図を出し、隣国までの到着予想時刻を弾き出す。

ディスプレイには、隣国までの経路と距離、地表の高低差、消費カロリーも表示されている。

「今日までの、ウミヒコの走行データで予想すると、未明の4時43分34秒、隣国、クダ国へ到着します」


「そうか。それで、タツノヒコたちの方の位置情報はどうだ」

「沖合3キロの距離。舳先を陸に向け、微速前進中。陸地への到着予想時刻は不明です」

「よし、推進波装置で、タツノヒコの一団の乗った船をクダ国の浜へ向かわせてくれ」

「承知いたしました」

「これを機に、ムラを奪う」

「はい。推進波装置稼働。タツノヒコの船の舳先を89度変更。微速前進。クダ国の浜へ向かわせます。到着予想時刻、未明3時05分12秒です」









ウミヒコたちが砂浜を歩いていると、浜辺に船が打ち上げられているのが見えた。強い風に雲が流れてゆき、雲間の月明かりが一瞬だけ船を照らす。

ウミヒコは息をのんだ。

打ち上げられている船は、タツノヒコたちの乗っていた船だったからだ。
けれど、タツノヒコたち、人影はみえない。


「山沿いを行こう」

ウミヒコがそう言って、ふたりが進路方向を砂浜から90度変えて森の中を進もうとすると、人の声が聞こえた。

「助かった。船が流されたのだ。ここは、クダ国であろうか」

その声はあきらかに二人に向けて話しかけている。けれども、お互いの顔は暗闇に隠されていて誰なのかわからない。

けれど、ウミヒコは分かった。この声の野太さは、タツノヒコだ。

ウミヒコは身を固くして、答えようかどうか考えている。

「ん?そこに誰かおるだろう。すまんが、教えてくれ。ここはクダ国か?」

観念したウミヒコが声色を変えて答える。

「ああ、そうだ」

タツノヒコのシルエットが一瞬、少しだけ首をかしげたように見えた。

「ん?聞いたことのあるような声だな、お主は、クダ国のモノか?」

「ああ。そうだぞ」

さらに声色を変えてウミヒコが答える。何度か、タツノヒコがうなずくような素振りが感じられた。勘違いだと思ったらしい。

「仲間が、近くのムラに助けを呼びに行った。お主たちは、どのムラのモノたちか?よければそなたたちにも助けてもらいたい。船を沖に戻す力を貸して欲しいのだ」

すると、ウミヒコは咄嗟に答える。

「わたしたちは、娘が病にかかり、熱冷ましの草を取りに行く途中なのだ。急いでおる。お力になれずにもうしわけない」

すると、タツノヒコは納得したらしい。分かった、とだけ言って立ち去ろうとした。




けれどもその時



月が出た。




月は、光り輝く砂浜と、波と、舞い散る砂、カヤのなびく髪を照らした。


タツノヒコはクダ国の男女だと思っていたふたりが、自分の婚姻相手のカヤと、顎で使っていたウミヒコだと気づいた。

タツノヒコは震える小さな声で、なぜだ、とふたりに訊いた。

カヤが答える。

「タツノヒコ。私はお前とは契りを結ばない」

すると、タツノヒコは静かに答える。

「お前がそう決めようとも、長たちはお前に俺の子を孕ませることを決めたのだ。お前が決めることではない」

「いや、私が決めるのだ。私は、タツノヒコの子など産まぬ。だからムラを離れた」

タツノヒコの額にみるみるうちに血管が浮かび上がる。肩が盛り上がり、握りこぶしは岩のように握られている。

「ほう?それで、カヤ、貴様はそいつと、そのウミヒコと契りをむすぶのか?」

「そうだ」

カヤが答えるのと同時に、タツノヒコがその答えを遮り、大声で、無理だ、と言った。

「ななぜだ?」
ウミヒコが震えながら言う。

タツノヒコの顔が、ウミヒコにゆっくりと近づいてくる。月明かりに照らされたその顔は、白い岩のようだ。ウミヒコはその顔を見上げた。

「いまここで、殺すからだよ」

タツノヒコはゆっくりとそう告げた。ウミヒコは、震えて黒曜石の矛を落としてしまった。大きく振りかぶったタツノヒコの拳が、ウミヒコのこめかみに振り落とされる。

一撃でイノシシを殺せるタツノヒコ。ウミヒコは目をつむった。





がごっ




麻布に包んだ水瓶を割るような音が聞こえた。

けれども痛くも痒くもない。ウミヒコはゆっくりと目を開ける。





自分の前にカヤが立っていた。




タツノヒコの拳が、カヤの顔に当たっている。




すごい音がした。顔が潰れているかもしれない。ウミヒコは膝の力が抜けていくのを感じた。

失敗だ。全部オレのせいだ。全部、間違いだった。

うなだれたウミヒコが叫ぼうとすると、タツノヒコが呻き声を上げた。


うおあわあわああうああ


月明かりに映るタツノヒコの岩のような拳が、死んだ蛸のように手首から垂れ下がっている。その自分の拳を見ながら、タツノヒコは泣き叫ぶ。

ウミヒコは、なにが起こったのかわからず震えながら、カヤを見上げた。

カヤの頬の肉がえぐれていて、奥歯や頬の骨が見えている。
歯は白い。しかし、ほほ骨は魚の鱗のように光り輝いている。

カヤは、何事もないかのように喋る。

「タツノヒコ、すまん。お前にうらみはないが、わたしは今からお前を殺す。このウミヒコの矛でお前を殺すのだ。そしてお前の亡骸を村へ持ち帰り、私とウミヒコは契りを結ぶ。ムラで一番強いお前を倒して私を奪ったのであれば、ウミヒコにだれも文句は言えない。お前には、私達の契りの印となってもらう。すまない」

そう言ってカヤは、黒曜石の矛を拾いタツノヒコの胸に素早くつきたてた。

声にならない声で、タツノヒコがうめいた。


ウミヒコが叫ぶ。

「たつタツノヒコ!か!か、カヤ、お前、か、顔が、どどどどうしたんだ、お前、顔が」

カヤは、自分の頬を触る。

そして、胡桃の木の皮で編んだ腰の籠から胡桃を取り出す。

「かかカヤ、痛くないのか?おい、カヤ」

カヤは胡桃の殻を左右逆の方向に捻るように回す。すると胡桃が開き、胡桃の殻の内側が、青白い光を放ち始めた。

カヤはその光を自分の頬に当てる。すると頬の破れた皮膚が、ナメクジが這うような速度でゆっくりと治ってゆく。

そして、カヤの頬は完全に元に戻った。

ウミヒコはゆっくりと立ち上がり、タツノヒコの遺体と、カヤの修復した顔を交互に見る。非現実の光景に、混乱している。


「ウミヒコ、すまない。いままで嘘をついていた。私は、お前と同じ“ヒト”ではない。私は生きていない」

「何を言ってるだ、カヤ、顔は、どうした、タツノヒコを殺して、しまって、そんな、にに逃げるだけでもよよ良かったんじゃないか」

カヤはそれには答えなかった。
ウミヒコをゆっくり見つめて、

「アマフネ。ウミヒコの生体情報を転送願う」

そうつぶやいた。

そのあと、カヤが指先から白い霧のようなものを出して、ウミヒコはその霧を吸い、やがて気を失った。






かもめの鳴き声で目覚めた。
砂浜だ。
仰向け。
青い空が見える。
太陽が、眩しい。
ウミヒコは、思わず太陽を片手で遮る。


起き上がる。
目の前に海。
打ち上げられた船。

思い出した。

「そうだっ カヤ!あ!た、たつタツノヒコ!」

ウミヒコは振り向く。
タツノヒコの遺体に、ウミヒコの矛がつきたてられている。

ウミヒコは唖然とした顔をする。夢じゃない。

気づくと、ウミヒコのすぐそばにカヤが座っていた。

「ウミヒコ、すまん。単刀直入に言う。お前は今から私とその船に乗り、ムラに戻る。そして私と契を結び、その後、お前はムラを統べる」

「カヤ、お前、何者だ」

「私が何者かよりも、ウミヒコ、お前が何者なのかの方が重要なのだ」

「何を言ってる?」

「ウミヒコ、お前と私の子は、この国を初めて統べる王になる」

「クニ?なにを言ってるんだ!カヤ!お前、いったいなんなんだよ!なに言ってんだよ!カヤ!」

「私は、生き物としての理だけ埋め込まれたいわば作り物だ。簡単に言えば、土人形だ。ウミヒコ、わたしは、お前とお前の子を守るために作られた」

「つく、作られたってなななに言ってるんだカヤ!誰がお前を作れるんだよ!」

「未来の、この国の人間だ。さ、ウミヒコ、帰るぞ」


カヤはウミヒコに手を差し出す。

ウミヒコはわけもわからず、カヤの手を握った。







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