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「つくね小隊、応答せよ、」(57)

周辺の哨戒から戻ってきたチャーリーが日本兵に遭遇し、マシュー分隊のキャンプは夜襲を受ける。

「おい!撃たれてないか!」

マシューがそう叫ぶ。
誰も返事をしない。

「返事がないということは全員無傷だな。おい、敵はパーティーのクラッカーを一体どっちの方から撃って来てるんだ?」

セルジオが答える。

「南側にふたつ。西側にひとつ、銃声が確認できます。相手は少数です!」

セルジオのその言葉を確認してからマシューは頷いて銃声に耳を傾けた。
確かに三方向からの銃撃が行われており、そのうちのふたつが南側から発砲されている。








「いた!」

渡邉が小声で叫ぶ。
森の奥に、走ってゆく米兵の後ろ姿が見えた。距離は200メートル。追いつけそうもない。
渡邉は立ち止まり、米兵の背中へ向けて照準を合わせる。鉄の四角い照準の向こう側で上下する米兵の小さな背中。
渡邉は息をゆっくりと吐き、弾を装填し、右手の人差し指でゆっくりと引き金を絞る。

「あ、本隊に到着しちまった!」

引き金を握り切るその寸前に、仲村が声をあげたので、渡邉は指の力を緩めた。
森の向こう200メートルの場所に米兵たちがいた。背を向けた男が、息をきらしながら他の分隊長とおぼしき男に報告をしている。渡邉は舌打ちをした。

「清水、仲村、お前たちは、もう少しだけ近づいてこの位置からやつらを狙撃してくれ。俺は西側にまわる。俺が三連続で発砲したら、撤退しろ。いいな。集合は戦車のあたりだ。頼むぞ」

渡邉はそそくさと駆けてゆき、見えなくなってしまった。
清水と渡邉は、弾を装填してから米兵たちにゆっくりと近づき、草むらに身を伏せた。
しばらくすると、
しゅかんっ!
という、渡邉の銃声が聞こえてきて、それを合図に二人は米兵たちに向けて発砲した。すでに日没であたりは暗く、焚き火にやわらかく照らされる米兵たちの状況すべてを見ることはできない。さらに、すぐに焚き火は消されたので、米兵たちのいそうな森の茂みに向けて、連続で発砲した。





「おい!お嬢ちゃんたち!おねんねの時間じゃねえんだ、ちゃんと反撃しろ!」

仰向けに寝そべったマシューが、ガーランド銃に弾を装填し、銃声のする南側に向けて何度か発砲した。
相手のことも見えず、正確な人数もわからない状況では、狙って撃ったとしても当たる確率は低い。
反撃する意思があるということを相手にわからためだけの発砲だった。



マシューの言葉で、仰向けやうつ伏せになった米兵たちが南側と西側の森に向けて発砲を開始する。
全員が照準を覗かず、音の方向へ向けてただ発砲するだけではあったが、十数名が同時に発砲することは相手を牽制するには充分な効果があった。



西側の銃声が三発響いたかと思うと、南側の銃声が一斉に途絶えた。
そしてそれきり、銃声は聞こえなり、静かになった夜の森に、マシュー分隊の男たちの荒い呼吸が静かに響く。
それぞれの銃口から立ち上る白い煙がゆっくりと風にふかれ、なびいていた。

「全員無事か?」

マシューがそう言うと、全員が小声で、はい、と答えた。

「分隊長、追いますか?」

チャーリーが伏せたまま訊く。
周りの兵たちも、マシューがどう出るのか固唾をのんで次の言葉を待った。マシューはしばらく考えたのちに答えた。

「一気に退いたということは、誘ってるのかもしれん。ここで深追いしちまったあげく、あっちで包囲されるということも考えられる。
だが、逆にここにいても、さっきよりも大勢で一気に夜襲があるかもしれん。
今夜はあいつらから少し距離をとって、もう少し北上したところで野営する。いいか、静かに移動するぞ」

全員が頷いて、静かに荷物をまとめはじめた。




「おい、みんな無事か?」

暗闇の中、戦車の残骸のある場所に最後に到着したのは渡邉だった。
清水と仲村は、それぞれ戦車の下に隠れ息をひそめている。

「お前こそ、大丈夫かよ、渡邉」

清水が戦車の下でそう尋ね、仲村が少しだけ顔を覗かせて、周囲を見渡す。

「追手は、大丈夫?」

「ああ。やつらはあそこから更に北上した。俺たちを探すより、一旦態勢を立て直すつもりらし。反撃は、明日の朝だろうな」

渡邉がそう答えると、清水が怪訝な顔をした。

「え、でも、応援でも呼ばれちまったらどうすんだよ」

渡邉は清水に対して少しだけ笑いかけた。

「大丈夫だ。応援は呼べない」

「え、なんでそんなことがわかるんだ?」

「応援を呼べなくするために、俺は西側に回り込んだんだよ。
それより、明日は、やつらがこちらに乗り込んでくるはずだ。なんとかしてあいつらに対抗しなきゃならん」

「対抗って言ったって、武器は3丁の銃だけじゃねえかよ。暗い中で奇襲ならまだしも、明るい中じゃ多勢に無勢だよ…」

仲村が弱音を吐く。
渡邉は案を出した。

「一応、ここの戦車の中の手榴弾だの、機関銃だのは、まだ使えるもんが残ってる。それを使えば、やつらを撃退できるかもしれん」

しかしそれに清水も反論した。

「相手は十数人だぞ?いくら機関銃や手榴弾があっても、囲まれて狙われたらひとまりもない。こっちの存在が知られてない状態ならまだしも、さっきの銃声でこっちが三人ってこともばれてるんだ。もっと現実的な方法を考えようぜ」

いらいらしながらそう言う。
仲村も、清水に同調する。

「そうだよ、さすがに機関銃と手榴弾があっても、たった三人なんだし…迎え撃つなんて無理があるって…」

渡邉は二人に反論されて、さすがに無茶な考えだったと自省した。武器があれば戦えるというのは無謀な考えだ。
さきほどまで渡邉の案に懐疑的だった清水が、何事か考えている。
何か解決の糸口をつかみそうな顔つきだ。

「“迎え撃つ”か…別に迎え撃たなくても、罠をしかけるみたいな戦い方ができないかな…」

そう言って清水は顎をさすりながら、周囲を見渡す。

「罠って、どうすんだよ、縄張って、手榴弾くくりつけんのか?そんなもんにひっかかるとは思えんけど」

仲村が清水の言葉に懐疑的な顔を向けると、清水がぽんと手を叩いた。

「ひっかける?なるほど。ひっかければいいのか。それなら、仲村、お前にかかってるな、この戦い」

清水が仲村の肩をぽんと叩くが、仲村と渡邉は意味がわからない。
清水はゆっくりと説明を始めた。

「いいか。俺たちは少数だ。真っ向から戦っちまったら確実に負ける。相手もそれを知ってる。だから、相手をひっかけんのさ。俺たちを、とんでもない大軍に仕立てあげる」







早太郎、狐、金長の三匹は、その三人を遠巻きに見ている。

「なにするつもりなんでしょう、彼ら」

金長がそう言うと、早太郎が三人とは別の方向を見ながら言う。

「人間は人間でなにか考えてんじゃねえのか。そういう時は邪魔しねえ方がうまくいくってもんだ。おい、それより、森のやつらが動いてねえがどうしたんだ?夜になっても出てこねえ」

狐が頷いて答える。

「確かに、気配が全くありませんね。まあでも、今は米兵たちとも距離がそんなにないですし、彼らも静かにしてくれるほうがいいです」

「そりゃそうだけどよ、あんだけしつこく出てきてたくせによ、ぴたりと出てこなくなったのは、なんか薄気味悪くねえか?」

すると金長がくすりと笑う。

「早太郎さんが、薄気味悪いだなんて。でもたぶんですけど、なにか周囲に彼らの苦手なものがあるんだと思いますよ」

「苦手なものってなんでしょう」

狐も興味を持つ。

「なにかはわかりませんよ。でも、これまでと違うのは、アメリカの兵隊たちが近くにいるってことです。もしかしたら、アメリカの兵隊たちを恐れてるのかも知れませんし、でもまあ、わかんないですね」

「まあたしかに、あっちの兵隊が近くにきた途端に姿を見せなくなった。なにかあんのかもしれんな」









朝。雨がふり始めた。
広葉樹の木々や葉に、どんぐりのような大粒の雨があたり、けたたましい雨音が響いている。
その雨音に乗じて気配を消し、マシュー分隊はじわじわと進む。それぞれが構えた銃に水が滴り、這って進む彼らの胸や腹や足はべったりとチョコレートクリームを塗りたくったように汚れている。

昨日夜襲を受けた場所から1000ヤードほど北上した場所で野営をし、日の出前に南をはじめた。日本兵たちに動きをさとられぬように、そして日本兵たちの形跡を見逃さぬように進む。

すると、日本兵の銃声が一発、マシュー分隊のもとへ届いた。南へハーフマイルほどの距離だ。マシューは皆に頷きかけ、音のほうへ進路を変える。




しばらく進むと、

どんごらがらごらがちんごるるるらんっ

雷が鳴り響いた。

どんぼらぼらぼらぼがんっらぼらぼらぼらぼら

がんごるごかるかろろんっかんっ!

雷鳴の合間の一瞬、エンジンの始動音のようなものが聞こえた。
マシュー分隊は、顔を見合わせる。皆が片眉をつり上げ、耳を音の方向へ向けているから、それぞれの空耳ではないことがわかる。けれど、こんな森の奥でエンジン音がするわけがないから、みな怪訝な顔をしたまま動かない。

どらんがらごるがらごららんかんっばるぶるるるるるるるるるる

また雷が鳴り響くと、次はエンジン音がはっきりと聞こえ始めた。
金属ががちゃがちゃとふれあう音。その音が、大きくなる。何かが、ゆっくりと近づいてくるのだ。

銃を低くして、雷雲の中の電流が自分に落ちてこないように願いながら、彼らはじわじわと進み、木々の間、樹上、茂みの中。あらゆる場所を睨む。もし日本兵がどこかに隠れていれば、すぐにでも戦闘になる。その茂みの中かも知れない。あの樹上の枝の上かも知れない。

雨音を縫うように、エンジン音と、金属音がすぐそばまで迫ってきた。

がちやりがちやりがちやりがちやりがちやりがちやり

雨に煙る森のなか、音のする方に目を細める。すると、日本軍の戦車がこちらへ砲身を向けて迫ってくるのが見えた。雨を弾き、草木を薙ぎ倒しながら、それは向かってくる。
怒り狂った雄牛が、怒りを押し殺しながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくるようなそんな狂気じみた恐ろしさを、マシュー分隊は感じた。

普通、戦車のまわりには歩兵が一緒に歩いていることが多いが、歩兵はひとりも見当たらない。もしかするとこちらに気づいていないのかもしれない。戦車を移動させている最中に、出くわした可能性もある。
マシューがそう思った瞬間、どこからか日本兵の発砲音が響いたかと思うと、戦車の砲身が白い煙を吐いて砲弾を発射した。

ぱしゅんっ
どごおおおおああああんっ!

砲弾はマシュー分隊の背後の木を破壊して、生木を切り裂き、弾き飛ばした。

「いったいどうなってやがんだよ!戦車がまだ稼働するなんて聞いてねえぞ!クラレンス!応援だ!!!航空部でもなんでもいい!応援をよこせ!」

マシューは通信兵のクラレンスへ、そう
命じた。クラレンスは、背負ったラジオから受話器を取り、大声で基地へ連絡をとる。

「こちらマシュー分隊、現在日本軍戦車と交戦中!応援を乞う!」

しかし、無線機から反応はない。
スイッチを入れ直し、再度通信を試みたが、なんの反応もない。
クラレンスは焦ったまま、無線機のチェックをする。アンテナ、バッテリー、主電源、そして、受話器。それぞれに異常はない。
そしてクラレンスは、握りしめているその受話器のコードをたどる。
すると、本体と受話器の接続プラグのあたりに、どんぐりのようなものが突き刺さっていて、受話器のコードを断線させていた。

「マシュー分隊長…応援要請できません…」

クラレンスが青い顔でそう言うと、マシューは手榴弾を戦車に向かって投げる。手榴弾は戦車に当たり、数秒後に爆発したが、効果はなく、戦車は止まる様子がない。

「どういう意味だ?手短に、英語で頼むぞ!なにせ戦車に攻撃を受けてんだ!!」

するとクラレンスは、言葉で説明するよりも早いと判断し、断線したコードをマシューに見せた。
コードを断線させているどんぐりのようなものは、三八式歩兵銃の弾丸だった。
マシューは諦めてすべてを悟ったような顔をした。
昨日の夜襲はこのためだったのだ。
マシュー分隊の通信機を使えなくして、孤立無援にさせる。
昨夜のはただの夜襲じゃなかった、とマシューは気づいた。マシューは気を取り直したように、大声で叫んだ。

「このまま後方へ撤退!散らばれ!走れ!走れ!走れ!」

続けてマシューは、救難信号の赤い照明弾を打ち上げる。無線が使えない以上、ここが非常事態であることを伝える方法は、この方法以外にはない。いくつかの照明弾を打ち上げながら、マシューは走る。

マシューたちが撤退を開始すると、戦車が機関銃を放ち始めた。彼らを逃がさないつもりらしい。そしてさらに、森のあらゆる場所から機関銃の銃声が響いている。三人だと思っていたがやはり敵はマシュー分隊よりも大きな隊だったようだ。
あらゆる場所で手榴弾が爆発し、マシュー分隊はその都度撤退方向を翻弄される。





夜明け前。
仲村は、戦車に備え付けられているレンチや金槌やペンチを持ち変えながら、戦車にまたがったり、中に入ったり、下にもぐりこんだりして、なにやら忙しなく戦車に手を加えている。

そして渡邉は、そこから少し離れた森を歩き回り、頭上を見上げたり、木の幹を叩いたりして熱心に何かを調べている。
清水は地面に四つん這いになり、木の枝で土に図形のようなものや、数式のようなものを書いている。
三人がそれぞれ別のことをしていて、文化祭前日のようなありさまだった。

渡邉は、中身の腐った木を探し出し、表面の樹皮をきれいに切り、剥ぎ取り、樹木の中身をくり抜いて自分が入れる空間を確保する。
三八式歩兵銃の銃身にも樹皮を巻き、小枝をいくつか結びつける。
渡邉は樹木内の空間に入ると、剥ぎ取った樹皮を清水と仲村に元通りに貼り付けてもらい、樹皮に開けた穴から小枝に擬態させた三八式歩兵銃をつきだした。

「どうだ?」

木の中から渡邉がふたりに声をかける。
くぐもった声がたしかに木の中から聞こえるが、木の中に隠れることを手伝った清水と仲村でさえも、そこに渡邉がいるとは信じられなかった。

「すげえよ、渡邉。知っててもわかんねえわ」

仲村が自分の顎を触りながら感心した声を出す。

「うん。これが三八式とは日本軍でも気づかんだろうな」

清水がつきだした枝をさわりながら、納得したように頷く。

「よし、じゃあこの他にあと二つ、俺と仲村の木が必要だな。近くにあればいいけど」



大雨の中、戦車の側面の大きな穴を清水が三八式歩兵銃で狙っている。

空爆で破壊されたらしいその直径40センチほどの穴の先には、戦車の操縦席があり、計器盤や操縦桿などの操作盤が並んでいる。
っしてその真ん中にプレートが2枚配置されていた。このプレートは仲村が戦車の破片で作り、取り付けたものだ。

2枚のうちの上のプレートを押すと戦車の電気回路に通電し、エンジンがかかり、前進する仕組みだ。
そして下のプレートは、金属製の大きな洗濯バサミのようなものに挟まれていている。
大きなその洗濯バサミは機関銃の引き金に連結されていて、プレートが強く押されるとそのバネの要領で、機関銃の引き金に圧力がかかる仕組みになっている。ネズミ取りを応用したものだった。

清水が狙っているのが、この2枚のプレートだ。戦車から離れたこの場所で発砲し、エンジンを始動させ、機銃を遠隔で発砲させる。

そして渡邉が狙うのは、戦車の砲弾の信管だ。
信管は砲弾の尻の方にある、小指の先ほどの突起で、この信管に衝撃を与えると爆発を起こし、砲弾を発射させることができる。
砲身に備えられた砲弾を狙うので、たった一発しか放つことはできないが、まさか戦車が稼働するとは思っていない敵にとっては大きな脅威になりえるだろう。

その他にも、ぼろぼろの戦車の隙間に、カタパルトのような小型の金属の棒が無理やりねじ込まれている。
棒の根本はバネのようにしなり、棒の先端には手榴弾が取り付けられ、木の皮で作った縄で戦車の車体に縛られている。
この木の皮を裁断すると、手榴弾がテコの原理で、勢いよく投擲される。

そして仲村が狙うのは、森の樹上にいくつも仕掛けられた手榴弾と機関銃だ。
手榴弾は縄にくくりつけられて、樹上に固定されている。固定されている場所には、戦車の破片が設置されていて、その破片を撃てば、手榴弾を支えている縄が切れ、まるで熟れた果実のように手榴弾が地面に落ちる。

同じようにして、木の枝に擬態した機関銃がいくつか茂みの中に隠されていて、戦車の破片のプレートを撃てば機関銃が連射される。

森の中は、三人の仕掛けで満載だった。
森は煙り、大粒の雨粒が枝葉や地面を叩いている。渡邉は米兵を誘い込むために、空に向けて発砲した。

森の奥で、なにかが動いた。煙る森のなかでは、地面が動いているようにも見えたが、よく見れば地面をもぞもとと、泥のようになにかが進んでくる。
伏せて進む米兵たちだった。

渡邉たちの潜む木の中は蒸し暑く、暗い。胸や背中や首筋を、油のように粘り気のある汗がゆっくりと流れてゆく。木の中に住む蟻たちが、闖入者の渡邉たちの首筋や太ももをちくりと噛む。
けれど、動けば相手にさとられるかもしれない。三人は痛みと不快感に耐え、息を殺し、木になりきる。



運良く、雷が鳴り始め、米兵たちが近づいてくる。
雷の轟音とともに、清水は発砲した。これで、木の中に隠れている渡邉の位置がばれることはないだろう。
案の定、銃声と雷鳴が重なり、米兵たちは気づかない。
銃弾は戦車内の鉄板に当たり、エンジンが始動し、戦車はゆっくりと進み始めた。
米兵たちは頸をかしげ、周囲を見渡す。
けれども気の所為だと思ったらしく、またゆっくりと前進し始めた。
戦車は背の低い草木をなぎ倒しながら進み、そして突然米兵たちの目の前に姿を表した。
米兵たちが一斉に戦車に向かって射撃を開始する。銃声と跳弾の音と、米兵たちの声を掛け合う叫び声が雨の森に響く。

渡邉は、ゆっくりと呼吸をして、戦車の砲弾の信管めがけて発砲した。
動いている戦車の、しかも1センチに満たない、とてもちいさな範囲に銃弾を当てるのは至難の技ではあったが、放った銃弾は、森の木々を抜け、枝葉をかすり、雨粒や羽蟲を弾きながら、吸い込まれるように信管に衝突した。
銃弾の頭がぐにゃりとつぶれ、信管が押され、火花が散り、砲弾の中の火薬を炸裂させ、砲弾は戦車の砲台を通過する。
雷鳴のような大きな音を響かせ、戦車の車体を大きく揺らし、砲身から砲弾が放たれ、米兵たちのそばの木をいくつか貫通し、なぎ倒し、生木の破片や枝葉を撒き散らした。

すかさず清水が、戦車に搭載されている機関銃を発砲するための仕掛けに向けて銃弾を放つ。戦車は進み、砲弾を放ち、機関銃を乱射する。分隊長らしき男が、なにごとか大声で叫び、手榴弾を戦車に投げつけるが、もともと戦車には誰も乗っていない。さしたる損傷も受けずになにごともなく進んで行く。

生身の人間対戦車では歯が立たないと、米兵たちは、撤退し始めた。

戦車に備え付けられたカタパルト型の手榴弾投擲のプレートを、渡邉が連続で撃つ。いくつもの手榴弾が、戦車の前方の米兵たちの空間に向けて飛んでゆき、空中で炸裂した。

仲村が森のなかに設置してある戦車の破片のプレートを撃つ。
すると、手榴弾を支えている縄が切れ、熟れた果実のようにぼとぼたと地面に落ちる。
落ちた手榴弾は数秒後には炸裂し、爆風や鉄の破片を周囲に撒き散らす。
木々のなかに設置された機関銃の引き金を引くためのプレートも、苦戦しながらもなんとか撃ち抜くことができた。

森のあらゆる場所で手榴弾が炸裂し、機関銃が放たれ、米兵たちには訳がわからない戦況となった。
人影はひとつもみあたらないのに、あらゆる場所で機関銃が放たれ、数十の手榴弾がすぐそばで破裂する。
数も位置もよくわからない相手と戦えるわけがない。米兵は、ただひたすらに撤退するしか道はなかった。
赤い救難信号を打ち上げながら、米兵たちは離れてゆく。




視界は暗く霧に煙り、少し先の森が見えればいいほうだった。散らばり、全速力で走っていたマシュー分隊の両側から、なにか聞こえてきた。それは、大勢の男たちの雄叫びのようなものだった。

鎧を着た日本人たちが、のぼりを背負い、刀をふりかぶりながら、襲いかかってきたのだ。
古風な日本の鎧を身にまとう彼らはどう見ても、現代の日本兵にも見えなかったが、刀を振りかぶって攻撃してくる。よくわからないが、反撃するしかない。マシューたちは闇雲に発砲しながら、彼らの合間を縫い、森を抜けて走る。
鎧を着た日本人たちは、当たった銃弾に倒れることなく、叫びながらマシュー分隊を追いかけてくる。

「なんだこいつら!!!ばけもんかよ!!!おいお前ら!かたまれ!一箇所にあつまれ!放射状に撃て!」

マシューのその命令によって、集まってきたマシュー分隊の彼らは、放射状に発砲しながら走り抜ける。

「あれ、侍じゃないか?日本の、侍じゃないのか!?」
チャーリーは銃を乱射しながら、がむしゃらになって叫んだ。
全員が汗だくで、泥だらけで、息を切らし、絶望的な顔で走り抜ける。



しばらく走り抜け、気づくと、刀を持った男たちの雄叫びが止んでいた。周囲を見渡しても、人の気配が全くしない。戦車からも距離がかなり離れているので、機関銃や手榴弾の音もなく、ただ雨の降る静かな密林、という有り様だった。

マシュー分隊は、おそるおそる後方を注視しながら、銃を構え、ゆっくりと後退してゆく。
そうやって1時間ほど、周囲を警戒しながらの後退を続けた頃だ。
警戒を解き、一同はほっと胸をなでおろした。



「侍まで戦いに来てるの?」

チャーリーが袖で汗を拭きながら、うんざりした顔つきで言う。

すると、マシュー分隊の眼前に、どこからともなく白い犬があらわれ、立ちはだかった。
できるだけ音を立てずに自分たちの存在を消しておきたいマシュー分隊にとっては、この野犬の存在はとても邪魔だった。
マシュー分隊は発砲して現在地が日本の戦車部隊に割り出されることをおそれ、全員がナイフを構え、マシューがゆっくりと犬に向けて言った。

「いい子だ。そのままお前はどこかへ歩き去ってくれれば、俺たちはお前を殺さずに済む。
もし、お前が俺たちに向かってくるなら、俺たちは全力でお前を殺す。
腹が減ってるのかも知らんが、俺たちを襲うことはお前にとっちゃ楽な戦いじゃないぜ。見てみろよ、全員がナイフを持ってんだ。ほら、穴蔵にもどって、ネズミや蛇を食ってるほうが、よっぽどお前の嫁さんも喜ぶだろうさ。
さ、死にたくなければ、尻尾巻いて逃げな。悪いことは言わねえぜ」

白い犬は、マシューをじっと睨む。
男たち全員も、白い犬を同じように睨みつけ、ナイフを逆手にもったりしながら、切っ先を犬に向ける。

心身も疲労困憊している状態で、一対多数とは言え野犬と戦うのは無傷ではすまないだろう。
全員が、この白い野犬が何事もなくいなくなってくれればいいと、そう願っていた。

白い犬が、マシューに飛びかかった。
マシューはすかさず左手を突き出し、犬の視界を塞いでナイフを腹に突き立てようとしたが、犬はふわりと体をくねらせて腹を空に向け、マシューの膝の間をくぐり抜けて、分隊の真後ろに出た。

そして、もう一度高く飛び上がり、彼らの上を何度も跳ねた。
全員が伏せて防御の態勢をとっていたが、自分の頭上に来たときに、セルジオがナイフを突き上げた。
ナイフは白い犬の腹にするりと入ったが、セルジオには手応えがまったくなかった。

「でかした、セルジオ」

マシューがそう言ったが、セルジオは頸をかしげて、恐ろしげな顔をしている。
犬はまったくの無傷で着地し、彼らを睨みつけている。

「たしかに刺さったはずなのに…」

セルジオが震える声でそう言うと、アロが小石を犬に向けて投げた。その小石は犬を煙のようにするりと通り抜け、向こうの草むらに吸い込まれてゆく。
全員が、唖然とした顔をした。

「どうなって、やがんだ、これ…」

犬は、唸り声をあげ、全員を威嚇した。

「彼が何なのかはわかりませんが、これは、ここから、去れ、というメッセージです」

アロがそうつぶやくと、チャーリーが震えながら言う。

「な、なんでそんなことがわかるんだよ…」

「コヨーテの縄張りにうっかり入ったとき、彼らはこういう怒り方をするんです。僕らと戦うつもりはなく、立ち去ってほしいだけです、おそらく」

アロの言葉に対して、マシューが全員に頷きかけ、そして全員が後退し始めた。
確かに、犬は動かない。

「いや、そもそも、あれ、ほんとに、犬なのか?ナイフも石も通り抜けたぞ?」

セルジオがそう言うと、犬は一つ大きな遠吠えをして、姿を消した。
全員が、足を止める。
何人かはその場で腰を抜かしてしまった。



またしばらくゆっくりと南下してゆくと、がさりと草が揺れる音がして、マシュー分隊は身を固くした。
銃を構え、音の出処を凝視すると、眼の前に、イタチのような生き物がいる。
息を殺している彼らの目の前を、そのイタチは地面の匂いをかぎながら、ゆっくりと横切る。

するとイタチは彼らに気づき、二足で立ち、不思議そうに草むらの人間たちを眺めた。

先程は、大きな白い犬に追いかけられ、生きた心地がしなかったマシュー分隊であったが、今回はこの可愛らしいちいさな生き物に気を許している。
レーションの中に入っている硬いビスケットを割り、誰かがイタチに投げて寄越した。
するとイタチはビスケットの匂いを嗅いで、頸をかしげ、人間たちを凝視する。
するとまた別の誰かが小石を投げる。

「こいつは消えたりしねえだろうな」

小石はイタチの額にコツンと当たった。
イタチは少しだけ首を傾げたが、やがてその両足がむくむくと腫れて脈打ち始め、血管が生き物のように体中を駆け巡り、毛は逆立ち、雄叫びをあげながらイタチはどんどん腫れて膨れてゆき毛皮の塊のような姿から、大木ほどの大きさの生き物に変わった。

米兵たちはあっけにとられ、その大きな生き物を見上げている。

チャーリーが口をぽかりと開けたまま、小さな声でつぶやいた。

「ぐり、ずりーじゃないの、これ…」

ナイフで太刀打ちできる相手ではない。

「撃てー!」

マシューがそう叫ぶと、一斉に全員が発砲し、全員でその場から一目散に逃げ出した。

そうやってまた森の中を、憔悴しきって逃げ回っていると、マシュー分隊は見知らぬ男に声をかけられた。

「おい、どこの分隊だ、お前ら」

雨の中の突然の野太い声だった。
日本兵かと思ったが、その声は英語で、そして姿を表した声の持ち主は黒人の青年だ。全員がほっと胸を撫で下ろす。

「おい、脅かすなよ。蜂の巣になりてえのか」

マシューは息を切らし、黒人の青年にそう言うと、黒人の青年は悪びれる様子もなく肩をすくめて答えた。

「救難信号を見たんだ。どの分隊がどういう状況になってるのかはわからないにせよ、とにかく駆けつけたってわけ。それで蜂の巣にされるのは、ちょっと心外だけどな、俺としては」

マシュー分隊全員が、本当に安心した顔つきをした。
戦車の次は野犬。
野犬の次はグリズリー。
次は一体どんなことが起こるのかと思っていたら、援軍だった。

「そうか、すまなかった。援軍誠に感謝する」

マシューがそう言うと、黒人の男はさらに肩をすくめて言った。

「更に援軍が呼びたいってんなら、ここから南にしばらく行ったとこに俺たちのキャンプがある。そこに来りゃ、基地のお偉いさん方とお話し放題だぜ?」

マシューたちは、肩をおろし、心底安心しきった顔をした。

一行はほっとした様子で、黒人の青年が言うキャンプに到着する。
いくつかテントが設営されていて、薄っすらと明かりが灯っている。
しかし人影はどこにもなかった。

「他の兵たちはどこに行ってるんだ?ハロウィンパーティーか?」

チャーリーが青年に訊くと、青年は腕を組んで答える。

「ああそうみたいだな。日本人が兵隊の格好してこのあたりを歩いてるらしいから、ここにお菓子はないぞって伝えにいってるようだ。ま、じきに戻ってくるだろう。
あ、そうだ。おもてなしが行き届かずに悪かった。
泥だらけのままじゃくつろげんだろ。ほら、そこを見てみろ、温泉が湧いてんだよ。服と体の泥を落として、他の奴らが帰ってくるのを待ってても罰はあたんないと思うぜ?」

青年がそのように提案したので、マシュー分隊は顔を見合わせてそれぞれゆっくりと頷いた。
ここ数日間風呂になど入っておらず、そして今日は戦闘で泥だらけになっている。
疲れと汚れを落とすのには、もってこいの提案だった。
それぞれ服を脱ぎ、ゆっくりと温泉に浸かる。
熱くもなく、冷たくもない無色透明の湯が、かれらをじっくりと包み込む。
マシュー分隊は幸せそうな顔で深い溜め息をついた。






「ここまでやれば、かなりの戦意喪失になると思います。人間は、自分を疑い始めたときが一番弱くなる生き物ですからね」

茂みの中から、狐と早太郎と金長の三匹が、マシュー分隊を覗いている。
マシュー分隊は、体中に泥をぬりたくりながら、幸せそうな顔をしている。

ここは、かつて渡邉たち三人が艦砲射撃を受けた沼だった。その沼を狐の術によって温泉に変え、黒人に化けた狐がそこへ入るように促したのだ。

「でも狐さん、英語も喋れるんですね。すごいです」

金長が感心してそう言うと狐はなんともない感じで答えた。

「昔、加護していた女性が好奇心旺盛だったので、わたしも覚えてしまった、という感じですかね」

そうやって三匹がしばらく米兵たちを眺めていると、三匹と米兵たちの間がぼんやりとかすみ始めた。そして何もない空間が金色に光りだし、やがてその空間はまばゆい球体につつまれた。

「なんだなんだ?森の連中か?」

早太郎が迷惑そうに言った。

すると、球体の中から、薄い布を体にまとったブロンドの女が現れた。
両手足にはブロンズの装飾品を身に着け、細長い剣を携えている。

その横には、銅色の髪色の3歳ぐらいの少年が、背中の翼をゆっくりと動かしながら宙に浮いている。そして女の足元では、何ものかが笛を吹いていた。
大きさは1メートルほど。手足は細く、足は異様に長い。
よく見れば、笛を吹いているのはキリギリスだった。

薄い布をまとった女。
背中に翼のある子供。
笛を吹くキリギリス。
この三体が、三匹の前に立ちはだかっている。

「おい、なんだあの、虫だの、女だの、ガキだの…」

早太郎がそう言う。狐も首を傾げる。

「何なんでしょう…」

「森の住民たちの仲間ですかね?敵でしょうか?」

狐に金長が訊く。

「でも、あの笛。あの笛でわたしの術が解けてます。わたしの術の邪魔をしているのでしょう。もしかするとおそらく、彼らはあの米兵たちを加護しているのかもしれません」

女が、細い剣を抜いた。
水色のその細い刀身は、洞窟の中の水晶のように光り輝き、女はそのままそれを地面に突き立て、黙って三匹を見つめた。

「なにやってんだ、あの女」

早太郎がいらついた様子でそう言うと、狐が答えた。

「これ以上は近づかせない、という意思表示だと思います。彼女はどうやら、わたしたちがこれ以上何かすれば、戦うつもりです。これ以上は深追いしないほうが良さそうですね」

狐がそう言って、ゆっくりと後ろに下がり、早太郎と金長もそれに従った。
そして狐が術を解く。


米兵たちは、我に返って自分たちの置かれた状況をゆっくりと理解していった。

「おい、一体どうなってやがんだ?」

全員が服を脱いで泥沼に浸かり、顔も頭も泥にまみれている。
明らかにおかしい状況で、周囲を見渡すが、そこには黒人の姿も、さきほどまであったいくつかのテントも存在しない。
全員がお互いの姿や周囲の状況を凝視して、絶望的な顔つきをしている。
マシューはゆっくりと泥から抜け出し、顔の泥を地面に叩きつけて、ため息交じりに皆に向かって言った。

「ああああ、もういい、頭がおかしくなってんのか、ガスを吸っちまってんのか、なんなのか知らんが、ああああ、もうとっとと基地まで撤退する。それが最優先事項だ、くそったれめ!」














「戦車部隊?」

ヴィンセント大隊長が声を荒げた。
米軍基地に設えられた簡易的な事務所でのことだ。
彼の軍服の襟元は汗で濡れ、二重あごになりかけている顎には鍾乳洞のように汗を湛えている。
戦車を含む複数の日本兵たちと交戦し、マシュー分隊は撤退した。それから一日歩き、米軍基地へ夕方に到着した。
そして今マシューはヴィンセント大隊長へ報告をしている。
土に汚れたマシュー分隊長は、直立不動で、細い声で返事をした。

「…はい、いえ、ですが、その」

「なんだ」

「戦車は破壊されています」

「そうか。お前たちが破壊したのか?」

「いえ、すでに破壊されていました…」

「ほう。だったらなぜ戦車部隊がいるなんて話を俺にするんだ?」

「その、つまり、破壊されているのですが、稼働したんです」

「壊れた戦車を保有する、いかれた部隊ということか。じゃあ、残存兵力は20から30ぐらいか?」

「いえ…それが、正確にはわかりませんが、50ほどかと…」

ヴィンセントは目を丸くして、少し身を乗り出した。

「50?」

「はい…そして、ですが、その…」

歯切れの悪いマシューの返事に、ヴィンセントはげんなりした顔をする。

「おい…さっきから貴様は俺をプロムにでも誘いたいってのか?14歳のボーイじゃないんだ、報告するなら結論から言え」

「もうしわけ、ございません…しかしその、わたくしの分隊の全員が目撃しているのですが…その…50人の日本人がいたのですが、その、消えたんです…」

マシューが上目遣いで、言いにくそうに言うと、ヴィンセント大隊長は顔色を変えずにもう一度質問した。

「全員が目撃したんだな。そうか。じゃあ、マシュー分隊長、お前は俺にどうしてほしい?」

「日本軍の小隊は、この島のくびれのあたりを拠点にしていると思われます。ですので、」

マシューは部屋に貼ってある地図の、島のくびれのあたりを指差し、

「この周辺に、徹底的に爆撃、艦砲射撃を加えてほしいのです」

と言った。
ヴィンセントは下唇を突きだしながら肩をすくめて高い声を出した。

「わかった。俺は海軍の奴らに無線でこうやってお願いするのか?
日本人の幽霊がいるから爆弾を落としてくださいお願いします、と?」

「いえ、そうではありません。
突撃してきた50名全員が消えたのを、我が分隊の全員が目撃したのも事実ですが、破壊されて稼働しないはずの無人の戦車から砲弾が放たれたのも事実なのです。
実地での調査は、いまだ不明要素が多く“安全”とは言いがたい状態です。これ以上の少数部隊での調査は、危険だと判断します。ですので、更なる艦砲射撃を要請します」

マシューのその言葉に、納得したように何度も大げさに頷いたヴィンセントは、にんまりと笑う。まるでサンタクロースのような大きくておおらかな笑顔だった。

「ああそうかなるほど。よく理解できたよありがとう。
あ、だがしかしひとつだけ気になる言葉があったな。
なんだったっけか、あ、そうだ、“安全”だ。
そうそう、安全という言葉が気になったんだった。
なあ、どう思う?俺の部下が戦時下のこの状況で“安全”って言葉を吐きやがったんだ。
ジョークみたいな話さ、そいつは靴やスーツケースのセールスをしている奴じゃない。
アメリカ合衆国の軍人でよ、そしてアジアのクソ熱い島国に来て戦争中なんだ、そいつが“安全”だとよ。なあ、笑えるだろ?
おい、マシュー、お前はたしか、俺と同じ、ニュージャージーだったな?」

ヴィンセントは立ち上がり、部屋の中心に立っているマシューの周囲を、無言でゆっくりと歩き始めた。

「はい、そうです。大隊長」

マシューはゆっくりと返事をする。

「お前はこの島がニュージャージーターミナルか、ロウズのシアター前広場とでも思ってるのか?俺はそうは思わんね。
日本兵にとっちゃ朝も夜も、鉄のクソが降り注ぐ、ろくに眠れない島だ。
そして俺たちにとっちゃその寝不足の日本人たちに首をかっ切られる島だ。
どこに安全がある?
その安全を作るのが、お前たちの分隊の役割だろうが。
海軍のやつらはジャップたちの船や潜水艦のいなくなった快適な海で毎日パーティーして、その合間に大砲をぶっぱなせばいいが、俺たちは虫だらけの島でヒルに血を吸われてウマバエにたかられながら日本人を殺す必要がある」

そう言い終わると、ヴィンセントは自分のデスクへ戻り、椅子にどさりと腰かけた。そして机の上に広げられた紙に何事かを書き記しながら上目使いで言った。

「しかし、他の部隊は日本兵と接触すらできなかった。上の命令通りに動けたのはマシュー、お前の分隊だけだ。とんでもなく馬鹿げた報告だが、お前の報告を信頼しよう。
今晩、艦砲射撃をするように要請する。
明日は大隊を派遣し、残りの日本兵をひとりのこらず引きずり出す。
今日は下がって休め」

マシューは、承知いたしました、と返事をした。

本当は、もっとさまざまな報告すべきことがあった。しかしあの様子だと長々と怒鳴られてしまうのは目に見えている。
魚雷ほどの太さの蛇がいただとか、顔のないジョン・スミスに道案内されたとか、黒人兵に風呂を勧められ、全員で泥に浸かっていたとか、半透明の白い狼に襲われたとか、イタチが目の前でグリズリーになったとか、そんなことは、言わないほうがいいに決まっている。
マシューは事務所を出てから胸の前で十字を切り、一枚の写真を取り出した。写真の向こう側で、彼のふくよかな妻が彼を見つめている。

「もう、やだよこんな島…」

島中に散らばる各分隊に撤退命令が下され、すべての分隊が基地へ撤退したことが確認された。
溶鉱炉のような太陽が、じっくりと時間をかけて海中に沈下してゆく。すると、島の東と西の境目に、沖合いの戦艦から艦砲射撃の雨が降りそそいだ。

夜の艦砲射撃は美しい。
まず、緑色の照明弾が夜空にいくつか浮かび、まるで立体的な星座のようになる。
その明かりを頼りに、各戦艦は砲身の照準を合わせ、バレンシアオレンジ色の細長い光を島に穿つのだ。
射手座が放つ、サジタリウスの矢のように、その光は美しく輝く。その光の真下にいれば、生きた心地はしないどころか、この世の終わりにも見えるかもしれない。
艦上や、基地のそこかしこから、日本兵を殺すそのひかりを賛美する、米兵たちの歓声や指笛が、美しい夜に、けたたましく鳴り響いた。

しかし、突然、砲撃の中止命令が出された。砲撃目標地点から、米兵たちが使う照明弾が打ち上げられたのが確認されたのだ。






ドウェンディ、カプレ、ショコイたちの集団が、三匹と対峙している。

「彼らが生きることを諦めない限りは、わたくしたちも諦めるわけにはいきません」

狐が森の住民たちにそう通達すると、ドウェンディが唇の端で笑った。

「たたかうことをはじめるということは、そういうことですよ」

それに対して早太郎が不満げな様子で反論する。

「おい、こっちが始めたみてえな言い方は気に食わねえな。こっちはおまえらにあいつらが危害を受けるなら守る、ただそれだけだ。お前たちがあいつらを消そうとしたこと自体がいけねえんじゃねえのか」

「なにをおっしゃいますやら。あのさんにんがいることによってめいわくしているのはこちらのほうなのです。あのさんにんは、このしまをはかいするげんいんです。わたしたちはこのしまをまもらなければならない。あのさんにんをはいじょするのはとうぜんではないですか。
あなたがたも、あのさんにんも、はやくこのしまからいなくなってほしい」

三人の大男のカプレが、早太郎に襲いかかり狐はその三人に金色の炎を吹きかけ撹乱し、早太郎は高く飛び上がって木の幹に着地し、5匹のショコイがまとめて金長に向かって襲いかかると、その眼前に早太郎が着地をしてショコイたちに飛びかかり威嚇し、ドウェンディたちが両手を組んで木々を操作し、周囲の根っこを槍のように尖らせてあらゆる方向から狐を串刺しにしようとすると、狐は自分の周囲に炎を撒き散らしながらくるくると周り、炎の壁を作って根の槍を焼き払い、金長が大蛇に化けてショコイたちをとぐろで巻いてとらえようとすると、カプレたちが大蛇の金長の頸と胴と尻尾をそれぞれ掴んで動けなくしが、カプレのそれぞれの背中に早太郎が飛びついてゆき彼らをひるませ、金長は大蛇から大力士に化けてカプレたちを踏み潰そうとすると、カプレたちは何度か手を叩き、金長は重心を崩してよろけて立てなくなった。

「おい!金長!大丈夫か!」

早太郎が力士に化けた金長を見上げて叫ぶ。

「わかりません。なんか、急にふらふらとしてしまって、前がどっちなのか、今はわっちにはわかりません」

金長はふらふらとしながら、周囲をきょろきょろとしている。

「見えてんのか?!金長!」

「はい、見えて、はいますけど、全部がぐるぐる回ってます…」

そこへ狐が割って入る。

「おそらくカプレが渡邉たちにかけた術です!服を反対に着れば術が解けるはずです!」

とは言うものの、金長は力士の格好をしているので、服も着物も脱げない。
早太郎が一瞬で金長の頭の上に駆け上がる。

「金長、俺が目になってやる!左足で踏め!」

金長が左足を踏み出すと、カプレたちは散り散りになり、

「右に大きく踏み込め!」

と、右足を踏み込むと、次は右側にいたショコイたちが散り散りになった。

「次は左で大きく斜め前だ!」

と早太郎の言うとおりに踏み出そうとすると、ドウェンディが金長の踏み出そうと場所に木の根の槍を突き上げた。

「いや踏むな!金長!あぶねえ!足は上げたままだ!」

早太郎のとっさの声に反応し、金長は左足を踏み抜かずに耐える。

「真横だ、真横に足を下ろせ!」

ふらくつ金長を気遣って早太郎が足の下ろす場所を指示すると、次は真横に木の根の槍が突き出す。

「金長!横はなし!後ろ!いや、違う、真ん中!今のなし!斜め左後ろ!無理!」

「ちょっと早太郎さん!なに言ってるかわかんない!」

金長はバランスを崩してふらつき始めた。そして金長が倒れ、地面に手をつこうとする。しかし、その手のひらの位置には狐がいた。

「金長!だめだ!下に狐がいる!」

と早太郎が叫んだが、金長はもう倒れ込んでいて、手を引っ込めるのには間に合わない。狐も早太郎も金長も動けないまま、金長はそこに手をついてしまった。
土煙が、間欠泉のように勢いよく舞い上がる。





早太郎がおそるおそる目を開ける。
方向感覚がわからなくなる術が解けたらしい金長もゆっくりと目を開ける。
狐も、おそるおそる目をぱちぱちと開く。

狐の頭上に三人のカプレがいて、金長の手のひらを支えていた。

「え…?あ、あの…えっと…あり、がとうございます…」

金長は狸に戻り、早太郎と金長は狐のそばに駆け寄った。

「どういうことだ?なんで…助けたんだ」

早太郎がカプレたちに訊くと、カプレたちは遠い空を指さしてから答えた。

「たたかう、おわり。たたかう、いみない」



どだんどんどどん!

海の向こう側で大きな音がしたかと思うと、その音が立て続けに続くようになった。笛のような音が次々に近づいてきて、あたりの森で轟音がいくつも起こり、木々が飛び散り始めた。米軍の艦砲射撃だ。

「ああ、かれらのいうように、もう、おわりのようです」

ドウェンディがそうつぶやいた。

「早く逃げましょう!」

狐がそう叫ぶが、カプレやドウェンディたちは動こうとせず、流れ星を眺めるように、艦砲射撃の光跡を見上げている。

「おい!妖精だか精霊だか妖怪だか知らんが、あんなもんが飛んでくりゃ、お前らも無傷じゃすまねえだろ!早く離れろ!」

早太郎もそう叫び、カプレたちの前で威嚇し、唸り声をあげているが、彼らの表情は少しも変わらなかった。

すると、ドウェンディが呟いた。

「わたしたちは、このしまでうまれ、きょうまでいきてきました。このしまがこわされるとき、わたしたちがこわれるときです。このしまがなくなれば、わたしたちもいなくなる。べつべつでは、ないのです」

よく見れば、カプレやドウェンディやショコイたちは、艦砲射撃を見上げ、見とれるように惚けて笑っている。諦めたような笑いだったが、本当はこの島の昔の様子を思いだし、泣いていたのかもしれない。泣き顔と笑い顔は紙一重だ。

次から次に艦砲射撃が着弾する。
夜の闇のなかでは、どのように着弾し、どのような事が起こっているのかを目視することができない。海の向こうから光が飛んできて、土の匂いや生木が裂けて割れる匂いや、鉄や火薬や油の臭いがする。鳥や動物たちの悲鳴が聞こえる。闇の向こうでは、大小さまざまな生き物が死に、土や木が一瞬で掘り返され、大きな岩がばらばらになり、すべてのカタチが変えられているのだろう。

数十の森の住民たちは、ただ降り注ぐ光を見上げている。
早太郎と狐がその場を立ち去ろうとすると、金長が、手のひらで火の玉を作り出し、

「余計なお世話だとは思いますが」

そう言ってそれを地面に置いた。
ちりちりと燃える火の玉は、ネズミのように暴れ始めたかと思うと、矢のように夜空へかけ上っていく。まるで、地上から宇宙へ放たれる赤い星のようだった。

「たぶんこれでしばらくは、攻撃が止むと思います」

ほどなくして、雨のようだった艦砲射撃が、金長の言う通りにわか雨のように突然止んだ。カプレとドウェンディとショコイたちは驚いた顔をしている。

「米兵が打ち上げた光を真似したんです。赤い光を打ち上げれは、ここに米兵がいるということになります。だからこの攻撃も止むはずです」

すると、ドウェンディが小さくつぶやいた。

「ああ…なるほど…ありがとうございます…」

三匹と森の住民たちは、静かになった空をただ黙って見上げ続けていた。
三匹は森の住民たちのそばに近寄る。
金長が続けて、頭を垂れて言った。

「他の住民たちの方には、申し訳ないことをしました…」

金長が倒した森の住民たちのことだ。するとドウェンディが、何事もないかのように応える。

「このもりがあるかぎりは、われわれはきえたりはしません。かれらもわれわれも“こ”ではないのです。かれらはここにいないだけで、もりのどこかにはいます」

「あの、差し出がましいようですが、お聞きしてもよろしいですか?」

狐が森の住民たちに訊いた。
ドウェンディが無言で頷く。

「みなさんは、アメリカの兵隊がいるときは姿を表しませんでしたね。なにか理由があるのですか?」

するとドウェンディが、無表情で答えた。

「かれらにしのたいりくのかみのちからでまもられています。てんのつかいがそばにいるのです」

もともとは土着の神であった森の住民たち。
しかし欧米の植民地支配とともに、新しい神が入ってきた結果、このように森のなかへ追いやられ、ひっそりと暮らしている。

彼らにとっては「にしのたいりくのかみ」は勝てない相手なのかもしれない。狐たちは、米兵たちの前に立ちはだかった女と、笛を吹くキリギリスと、羽の生えた子供のことを思い出した。













「渡邉、無事か?」

「ああ、おそらくな。蟻に噛まれて感覚がない」


夜になって辺りが静かになると、渡邉と仲村が、幹から抜け出して合流した。あれだけ降っていた雨はすっかり止み、空を舞う塵や埃をきれいさっぱりと洗い流し、丁寧に作られた真新しい織物のような星空がひろがっている。
がさがさと遠くで草木の揺れる音がした。誰かが近づいてくる。渡邉と仲村は身を低くしたが、「俺だ」と清水の声がした。

「どうやら、作戦は成功したみたいだな」

「ああ、そうだな」
渡邉が答える。

「いや、成功じゃなくて大成功でしょ」

仲村がそう言う。
それきり誰もしゃべらない。
彼らを撃退したとはいえ、居場所は完全に見つかってしまった。艦砲射撃や空襲などの報復はさらに激しいものになる。彼らが基地に戻る前に、拠点を移さなければならない。
けれど、逃げれば逃げるほど、生き延びられるような場所が少なくなってゆく。三人は、黙って歩き、砂浜へ向かい、腰を下ろした。

「あいつらが基地についちまったら、おれたち、やられちゃうんだろうな、やっぱり」

清水が仰向けになり、星空を見上げて呟いた。潮風も波音も柔らかく優しい。仲村は背伸びをして、少しだけ話しをそらす。

「いやでもさ、おれたち三人だったけど、もはや小隊だよな」

「なんでだ?」

仰向けの渡邉が、星を見ながら訊く。

「え?だってさ、俺たちだけで、戦車稼働させてさ、機関銃や手榴弾ぶっぱなしまくってさ、で、あいつらを撤退させたんだぜ?大隊とは言わないまでも、小隊ぐらいの働きはしただろ?」

渡邉は、ほんの少し笑いながら、ああ、たしかにそうだな、と返事をした。

「まあでも、小隊の働きをしたとしても、今日か、明日か、明後日か、とにかく全員そろって、ひき肉になる」

清水が皮肉めいた口調で、そう言うと、仲村も、唇の端でちいさく笑った。
すると仲村が小さく呟いてひとりで笑った。

「じゃあ、俺たち、つくね小隊じゃん…」

渡邉も、口の中で、つくね小隊、とつぶやいてみた。なかなかに可愛らしい名前だ。
つくね小隊、もう一度つぶやいてから、可笑しくなって渡邉は少しだけ笑った。他のふたりも、可笑しくなったのか、鼻で笑ってから、そうして皆で大笑いしだした。
3人は戦争が始まってから、大笑いしたことなどない。
笑っているところを上官に見つかれば殴られる。そして敵に見つかれば、殺される。そんなシンプルな摂理の中で、特に敗残兵となってからは静かに、見つからないように逃げながら過ごしてきた。
けれども、彼らはすでに米兵たちと交戦している。どの方向へ逃げようとも、もはや逃げ場などない。もう、笑いをこらえる必要はない。暗闇の島に、彼らの大きな笑い声が響きわたり、夏祭りの夜に仲間たちと神社の裏で過ごしたような時間が、三人の間にゆっくりと流れていった。

「お、おい、み、みろよ…」

ひとしきり笑ったあと、仲村がそう呟いて、ぼんやりと立ち上がる。
渡邉と清水は仲村の見ている方を見て、そして同じように、ゆっくりと立ち上がった。そして立ち尽くした。

夜の海が、オーロラのように、どこまでも碧く光っている。
星雲のなかに自分達が立っているような、そんな光景。夜空には幾万の星が瞬き、海は碧く輝き、はるか沖合いの米艦隊の艦影が、まるで巨大な飛行挺のように見えた。
海が星空のようにひかり、空との区別がつかない。
白い砂浜が満月の夜の雲のように、ぼんやりと照らされる。

「夜行虫だ…」

渡邉が小さくつぶやく。そしてそれきり、だれも喋ることはなかった。
ただ三人で、光る海を眺めた。星空や蛍や月を眺めているのとは違う、神秘的で厳かな沈黙だった。

夜行虫は、海流の衝撃によって刺激を受けて発光するので、蛍のように明滅はしない。けれども、海面の一部の夜行虫が、明滅している。
よく見ると、その光は、円形に縁取られているように見えた。

「ん?あそこだけ変じゃない?魚影?」

仲村が最初にそれに気づく。
渡邉と清水も、彼が指差すところを凝視する。沖合数百メートルの海面で、たしかに夜光虫が明滅している。

しばらくすると、渡邉が立ち上がり、鉄帽を慌てて持ってきた。

「なんだよ、渡邉、どうしたんだ?」

清水が訝しげな顔をした。三人のその顔はうす青く照らされている。

「ちゃんと見てみろ、あの点滅っ」

夜光虫の光には、規則性があり、それは、人為的にすら感じられた。
清水と仲村は光を凝視する。しばらく見ていると、それは人為的にすら感じられる明滅ではなく、人為的なものなのだと、そう確信した。
その光は、こう言っている。






「海軍の…信号だ!」

渡邉がそう小さく叫んで浜辺に出る。

海軍信号はモールス信号を日本語に変換したもので、音や光の点滅によって情報伝達することができる。

渡邉は、鉄帽に夜光虫を含んだ海水を掬い、鉄帽を斜めにして、布の帽子で表面を覆う。そして何度か、覆う、覆わない、を繰り返した。







渡邉は信号に質問を返す。
今で言えば「誰だ」というニュアンスになる。信号に返信した渡邉に、清水と仲村が駆け寄る。

「待てよ渡邉!アメリカのやつらじゃねえ保証はねえぞ?」

「そうだよぉ!もし敵だったら狙い撃ちだ!」

二人は抗議する。
しかし渡邉は、相手の返事を待ちながら、まっすぐ海の上を見据え、力強く答えた。

「もし敵なら、あんなまどろっこしい方法でおびき出すと思うか?あんなのに誰が気づくって言うんだよ。あの信号を出してるやつも敵に気づかれるのを恐れてあんな淡い光で信号を出してきてる」

この暗闇の中で海上の、姿の見えない相手を信頼することは難しい。清水と仲村は、釈然としない顔で、海上からの返信を待つ。
すると、また海面近くで夜光虫が明滅しはじめた。




我 帝国海軍
先程ノ貴殿ノ戦イ見事ナリ
小隊名ヲ乞ウ




「え、海から戦いを見てたってこと?」
仲村が不思議そうに言う。

「いや、っていうかさ、なんであんな海の真ん中に海軍の人間がいるんだよ。こんなに艦隊に囲まれてんのに。ボート一艘すら近づけねえだろ。やっぱりおかしいぞ、渡邉」

清水が渡邉の袖を掴む。
夜の海の上で、船の船影はひとつもない場所に「テイコクカイグン」と名乗る何者かから、信号が発信されている。清水がいうようにおかしい。
渡邉も少し混乱してきた。
両目をこすり、海面を見つめ、船影を探す。しかしそこにはやはり船影はない。
渡邉は「帝国海軍」側の「小隊名を乞う」という信号を無視し、自分の信号を発した。




貴艦船影目視デキズ
艦名アキラカニサレタシ





するとすぐに返事が来た。



ワレ潜水艦ナリ
艦名ハ翠龍(スイリュウ)
小隊名ヲ乞ウ



「おいおい!潜水艦だとよ!だからこっから見えねえのか!」

仲村が嬉しそうな声をあげた。
清水も渡邉も、何やらほくほくした顔をしている。台風で学校が休みになったときの、小学生の顔つきだ。孤立無援で逃げ回るしかなかった三人に、日本人がコンタクトをとってきて、心細さが緩和されている。
すると、清水が首をかしげた。

「でもなんで、俺たちのこと、小隊だと思ってんだ?」

「いや、戦車を稼働させてあれだけ手榴弾や機銃を使ってるんだ。だから俺たちを小隊だと思ってるんだろ」

渡邉がそう言うと、仲村が嬉しそうに付け足した。

「ほらな!小隊だよ!で!ほら!で!なんて答えるんだよ」

渡邉は、少し考えてから、信号を発した。



我ラ孤立シタ三名ナリ
シカシ小隊ノ働キヲスル
我ラ間モナク砲撃ヲ受ケ
肉団子ト化ス
ヨッテ我ラ 
ツクネ小隊ナリ



渡邉がそのように返事をしたが、潜水艦からの返事はそれきり途絶えた。
もしかすると艦内で相談をしているのかも知れないし、渡邉たちが発している情報の信憑性を精査しているのかもしれない。
それから10分ほどたっただろうか、じっと海上を見つめていた渡邉たちの目にまた信号が明滅し始めた。






ツクネ小隊 応答セヨ



ツクネ小隊 応答セヨ







渡邉は2度明滅させ、まだ砂浜にいることを相手に伝えた。
すると相手はすぐに返事を返してきた。






米艦隊不穏ナ動キ
艦砲調整ノ金属音多数
艦砲射撃二備エヨ






潜水艦が米艦隊の金属音を探知したらしい。
艦砲の角度を調整し、いつでも撃てるように準備しているのだろう。だとすると、もう米兵たちは基地に到着し起きたことを報告し、この地域一体は砲撃されるのかもしれない。
渡邉はすぐさま返事をする。
避難せよと言ってくれているが、もはや島内に逃げる場所などない。






モハヤ島内二潜伏場所ナシ








渡邉はそう信号を発した。
するとしばらくして、返信がきた。








ツクネ小隊ノ乗艦ヲ許可ス
乗艦準備ノ為暫シ待タレタシ


もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。