KISSについて
今月号のBURRN!誌を読んでいたら唐突にいきたくなってしまい、自分スケを確認(自営業)、なんとか行けそう→まだチケットあった‼の瞬間ポチってしまったのでした。
具体的には、きたる11月30日水曜日、東京ドームとなるわけです。
…思えば、いままで何度もライブを観る機会はあったのです。しかしながら、“ものすごく好きというわけじゃない”感じで後回しにしていたら、いつのまにかファイナルツアー(2019年「KISS End Of The Road World Tour」)ということになって、あれこれしているうちに終了してしまいました。その告知時も行こうと思っていた記憶はあるのですが、結果的に足を延ばせなかったのです。仕事で動けなかったのか、それとも個人的事情で立てこんでいたのか…なんだかんだ言っても、もうこの日本においては永遠にみられないということで、あきらめていたのでした。
が、ここにきてコロナ禍をうけて、ファイナルツアーのアンコール的来日が実現したというわけで、件の記事を読み込むうちに盛り上がってきたのですな。
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ここで、あらためて自分とKISSの関わりを書いていってみましょう。
初めて視て聴いたのは、たぶん「Thrills in the Night」のPVでした。84年のアルバム『Animalize』からのシングルですが、実際MTVで目にしたのは、85年になってからLAメタル、ヘアメタル(グラムメタル)の類を好きになりだした頃です。
だから、中学二年の時ということになりますね。
厨二病…という言葉がある通り、このころの文化的接触は、現状を顧みる限り、一生に影響を及ぼすものと考えて…間違いありませんねw
前後して、バンドは当時の最新アルバム『Asylum』を発表します。BURRN!誌の高得点レビューもあり、友人Y君が購入してくれました。当時のLAの“新人達”とは違ったベテランならではの安定感のあるハードロックンロールに酔いしれたものです。
とはいえ、G. は、ブルース・キューリックだったので、前作のマーク・セント・ジョン、前々作のヴィニー・ヴィンセントの流れを引き継いで結構派手なプレイをしていました。今思えば、往年に比べてかなり強引にメタルテイストを取り入れているという印象もありますが、それが“ヘアメタルブーム”だった、ということなのでしょう。
こうしてバンド自体の認識はしてのですが、この時点で過去の膨大なカタログを追えていけるわけがありません。
が、そこで事件が起こるのです。書道の事業中、ふざけて、メイク時代のジーン・シモンズの絵を半紙に描いたんですな。素顔時代の音源しか聴いたことがないのに、過去の栄光的に音楽雑誌に記事が載ってたのを読んでいたので、そのインパクトある外見を憶えていたのです。
あたりまえですが、すぐに現国担当の女性教師のS先生にみつかり、怒られました…が、実際ふざけていたことを咎められるというより、「メイク時代もちゃんと聴け」と言われたような言われなかったようなw
曰く、3rd『地獄への接吻』から4人のソロまではすべて持っている、とのことでダビングさせていただき、愛知の片田舎の中学生なのにいきなりキッスアーミーの仲間入りを果たしたのでした。
当のバンドは、それ以降過去最大の売り上げを連発し、80年代後半~90年代前半まで再度全盛期を迎えたのでした。
このころの自分は、東京に住んでいたし、時間やお金もあったかもですが、UKロック、アイドル、声優に巨額を当てていたため、再三の来日公演にも足を運んでおりません。
そういえば、1997年にはオリジナルリユニオンが行われ、メイクして東京ドーム公演が行われたのでした。その日、自分は昔のアイドルファン仲間と飲み会をしていて、遅れて参加してきた今日はA君が今ドーム帰りだ!と言っていたのを強烈に覚えていて、なんだかんだと行きたかったのは確かなのでした。
今世紀に入ってから(地元に帰ってから)、例えば2015年3月にしたって、自分はモノノフ(すなわちももいろクローバーZのファン)の一員を自負していましたから、ドーム公演には是が非でも行きたかったはずなのですけど、この時期は個人的にお酒を売るイベントとかに関わっていたので動けなかったのかもしれません。
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なにはともあれ、ステージが近づいてきましたね。
現在のネット時代は、過去のカタログも気軽に聴けるし、最新のセトリも手に入ります。万全の準備と、最後の最後を見届ける気概を持ってドームのゲートをくぐるとします。
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