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【イチ×ココ#17】緩和ケア格言「まずは聴くことから始めよ」

今回からは不定期で、拙著「緩和ケア即戦力ノート」にも掲載した『緩和ケア格言』についてのコラムを別角度から書いていきます。
初回は「聴くこと」について、2つの切り口で解説したいと思います。

1)「傾聴」について

緩和ケアに限らず、傾聴という言葉は医療現場で頻繁に使われます。
これは臨床心理学の基本中の基本である「クライエント中心療法 Client-centered therapy」を提唱したことで有名な心理学者カール・ロジャーズが、彼の論文の中でlistening(リスニング)と表現したのを和訳したものです。
リスニングというと、ただ「聴く」とも訳せるシンプルな言葉ですが、その文脈や深い意味を汲んで「傾聴」と訳されたのだと思います。

よくカルテに「患者の訴えを傾聴した」などと簡単に書かれがちですが、傾聴とは確立されたカウンセリングの手法であって、ただ話を聴くことではありません。
傾聴の目的は、クライエント、つまり相談に訪れた人が自分自身の気持ちに気付き、受け容れ、そして変化することにあります。
なので「患者の症状について詳しく尋ねた」とか「辛そうだったので話を聞き、こうしたら良いよと声掛けした」と言うのは、傾聴とはちょっと違います。(※前者は『問診』、後者は『アドバイス』ですね)

傾聴と言うには、すごく大ざっぱに言っても以下のようなポイントを押さえる必要があります。

①「医療者と患者」のような関係性ではなく「人と人」として向き合う。
(ついつい『患者の訴えを詳しく聞きながらアセスメントする』という医療者目線になってしまうので、難しい)

②相手の言うことを否定したり評価したりせず、無条件に肯定する。
(これも結構難しくて、つい自分の考えを言ってしまったり、口に出さなくても「いや違うでしょ」と内心ツッコミを入れてしまったり…)

③患者の考えを共感的に理解する。
(相手と同じ気持ちになる、同じように考える、ということではなく、自分は自分、相手は相手でありながらも、相手の立場になって考えて理解を示すということ)

上記のような点を意識して関わることで、悩んでいる患者や家族自身が「変わること」をサポートするというのが傾聴の理論です。
…とはいえ、厳密な意味での”傾聴”は、なかなか奥深くて難しい概念だと感じますよね。

ですが、厳密に”傾聴”とは言えなくても、相手の話を”聴くこと”はシンプルかつとても重要なコミュニケーションスキルだと思います。

2)「まずは聴く」というスキル

心理学者のロジャーズはこんなことも言っています。

“人々は自分の問題を、聞いてくれる相手がいるだけで解決したように感じるものです。”

これは医療現場だけでなく、日常生活の中でも実感できることですよね。
何か具体的なアドバイスがもらえたわけでも、問題が無くなったわけでもないけど、話を聞いてもらっただけで随分楽になった…というのは、誰しも経験があると思います。

それに、聴くことには事実や認識の確認という重要な機能もあります。こちらは「こうだろう」と思っていることが、相手に聴いてみると全然違っていた、ということもよくあります。

ただ医療者という立場になると、こういった「ただ聴くことの重要性」を、ついつい忘れてしまいがちです。

例えば医師が病状や治療について説明しようとする場面では、説明しなければならないことが多すぎて「アレを伝え忘れないようにしなきゃ、コレを誤解のないように伝えなきゃ…」ということばかり意識してしまい、ひたすら喋りまくり、最後に思い出したかのように「何か質問ありますか?」と尋ねる、ということがよくあります。
で、大抵そういう状況だと患者や家族は『聞く側』にまわってしまっていますから、何か質問はと尋ねられても即座に思いつかず「いえ、何も…」と返事して説明が終了する。でも説明内容がイマイチ理解できていなかったり、気になっていたことが聞けていなかったり、後から疑問が出てきたりする…ということが、非常によくあります。

こういった問題をできるだけ回避するために、「まずは聴く」というシンプルな工夫をすると良いかと思います。

例えば医療者側が、緩和ケア病棟に入院している患者さんの病状が安定しているので、退院して在宅療養に切り替えてはどうだろう?と考えている場合、患者や家族にどう話をしたら良いでしょうか。

私の場合、いきなり「病状が安定しているので、退院を考えてみませんか?」と切り出すのではなく、以下のように話しはじめます。
「今後の治療方針を考えていくために、今の病状をどう感じておられるのか知りたいのですが、最近の調子はいかがですか?」
こう聞いて「調子が良さそうです」と返ってきたら、ですよねーと言って退院の話を進めていけば良いのですが、「なんだか調子が悪そうです」という予想外のリアクションが返ってくることも実際少なくありません。その場合は、なぜ調子が悪そうと感じているのかをさらに尋ねて、認識をすり合わせていく必要があります。

このように、まず相手の認識を聞くことで、致命的なズレを回避することができます。(逆にこれをしないと「こんなに状態が悪いのに退院を勧められた!」と怒りを買う可能性すらあります…)
また、何か話したいことや気がかりなことがあると「このことを話さなきゃ…質問しなきゃ…」ということで頭がいっぱいになり、こちらの説明が十分頭に入っていかないということもあるので、まず相手に話してもらうことで、言いたいことを言ってスッキリした状態でこちらの話を聞いてもらえるという利点もあります。

もちろん、相手の話が長すぎたり本筋と違っていたりして本題に入れず、時間がかかりすぎてしまうという可能性もありますが、経験上そういったことはあまり多くはないので、過剰に警戒する必要はないかなと思います。
それでも、もし相手の話が長くて本題になかなか入れず困ったときは、私は率直に「○○さんが気になっている点はよく分かりました。それに関連した話も含めて、私からもお話ししたいことがあるので、私からの説明に入らせていただいて良いですか?」と伝えて自分のターンに切り替えるようにしています。

医療者はみんな忙しいので「ゆっくり聴いてる時間なんてない!」と焦ってしまいがちですが、私の体感では、まず聴くことから始めれば短時間の面談でも相手の満足感が得られやすいように思います。

3)まとめ

ということで、今回は前半で「傾聴」というカウンセリングで用いられる専門的手法の概要を解説し、後半ではもっと気軽に使える「まずは聴く」というコツについて解説させていただきました。

繰り返しになりますが、医療者はついつい喋りすぎてしまいがちです。まずはそのことを認識し、「上手く喋ること」ばかりが重要なのではなく、「しっかり聴くこと」も重要だということを意識すると良いかもしれません。

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