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【イチ×ココ#5】「お腹がパンパンで辛い…」という人への腹腔穿刺・CARTは是か非か?

私が現在勤めている緩和ケア病棟は、消化器系の患者さんが比較的多く、腹水が溜まってお腹がパンパンに張って苦しんでいる方を診る機会がしばしばあります。

ただ、この腹水をどうするかというのは、医療者にとっても患者さん・ご家族にとっても悩ましい問題がいくつかあります。
今回はその辺りについて、まとめてみようと思います。

消化器症状に関するスライドを参照したい方は、PCOPのWebサイトにアクセス!


1)腹水、抜くべきか抜かざるべきか問題

腹水が溜まってキツいなら水を抜けば良い!…と簡単には言えないのが医学の難しいところです。
腹水は腹膜に覆われた”腹腔”という空間に溜まり、少量であれば腸などの臓器がお腹の中で動くときの摩擦や物理的なダメージを軽減してくれる、潤滑剤のような働きをします。
この腹水のもとになるのは血液で、血漿成分の一部が腹腔に染み出して、腹水になります。
つまり、腹水には血液と同様、電解質やアルブミンなどの蛋白質が含まれているため、これを抜いて捨ててしまうと低栄養が進んでしまうのではないか、という意見があるわけです。

それ以外にも、穿刺することによる出血・感染、際貯留、いっぺんに腹水を抜くことによる血圧低下・倦怠感などの懸念から、腹腔穿刺がためらわれるシチュエーションがよくあります。

しかし、特にがんによる悪性腹水の場合、利尿剤などによる薬物療法の効果は限定的で、腹水を抜かないと苦痛が緩和されない場合もしばしばあります。
そういった場合に「アルブミンが減るから…」「抜いてもまた溜まるから…」と患者さんに苦痛を我慢させるのは、緩和ケア医の立場からするとあまり良い対応とは思えません。
腹水を抜くしか症状緩和の手段がないなら抜く。そのうえでデメリットを最大限抑える工夫をする。というのが、今のところ自分の中での基本方針です。

では具体的に、デメリットを極力低減させる工夫をいくつか挙げてみましょう。

①血圧低下・倦怠感
経験的に、これらの副作用は短時間で大量の腹水を抜くことで生じます。海外の文献では1回5Lまで安全に抜けるとありますが、人種による体格差もあるので注意が必要です。
日本緩和医療学会の「がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン 2017年版」では、1~3Lを、1時間あたり1~2Lのペースで抜くことが推奨されています。

②再貯留・出血・誤穿刺
腹水が溜まる原因が解決されていないと、抜いても腹水はまた溜まります。
ただ頻回に腹腔穿刺を行うとなると、刺す医師にも刺される患者さんにも負担になりますし、そのたびに出血や誤穿刺のリスクを負わなければいけません。
そのため私は基本的に、腹腔穿刺をした際にはドレーンチューブまで留置してしまいます。そうすると、チューブを開放するだけでいつでも腹水が抜けますから、1~2Lずつ何日か続けて除水することで、いっぺんに大量に腹水を抜こうとするよりも安全に腹水を抜くことができます。そのまま留置しておけば、再貯留の際にもすぐまた除水することができます。

③感染・チューブ閉塞
ドレーンチューブを留置する場合に心配なのが、感染やチューブの閉塞のリスクです。
感染リスクを低減させるために皮下トンネルを作るのも一つの方法ですが、そうなると細径チューブを使うことになりますので、チューブ閉塞のリスクは残ります。
個人的には、最近はやや太めの8Frチューブを皮下トンネルなしで留置することが多いです。清潔操作を心掛け、刺入部をこまめに消毒すれば、これでも案外感染は起こさず1~2カ月留置しておくことができます。刺入部の痛みもそこまで問題になりません。


2)CARTってどうなのか問題

腹腔穿刺にまつわる多くの問題は、ここまで述べたような工夫である程度クリアできるものと思われます。
残る問題は「腹水をたくさん抜いたらアルブミンなどの栄養が減るのではないか」という点です。

腹水の中に血漿由来のアルブミンが含まれているのは事実ですし、それを抜いたら低栄養が助長されるという説は昔からありますが…

実はこの説を支持する十分なエビデンスはなく、実際どうなのかは分からない、というのが現時点で言えることの全てです。
なぜなら末期のがん・肝硬変の患者さんは、腹水を抜く・抜かないに関わらずアルブミンが減っていくからです。そのため、腹水を抜くことがそれに影響を与えているのかいないのかは、証明するのが難しい問題だと言えます。
また「お腹が張って食事が入らなかったけれど、腹水を抜いたら食べられるようになった」という人もいますので、そういう場合はむしろ栄養状態は良くなる可能性すらあります。

とはいえ、アルブミンが減る「かもしれない」なら、抜いた腹水のうち必要な成分だけ返したい、と思うのが人情ですよね。
そこで生まれたのがCART(Cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)=腹水濾過濃縮再静注療法という方法です。
これは簡単に言うと、抜いた腹水から要らない成分や過剰な水・電解質を取り除き(=濾過濃縮)、アルブミンなど必要なものが入った濾過濃縮液を再静注して体に戻す、という方法です。

・・・と、こう聞くと「それメッチャ良いじゃん!」と思いますよね。
実際、私の働く施設でもCARTができるので、それを希望される患者さんもよくいらっしゃいます。

ただ、そう単純でもないのが医学の難しいところ。
そもそも前述のように「腹水を抜くとアルブミンが減る」という前提自体が曖昧ですし、仮にそうだとしても、血液に戻したアルブミンがそのまま血液に留まってくれる保証はありません。
私自身あまりエビデンスにこだわらない方ではありますが、腹水を抜くのと、CARTを行うのとで差がある、とするエビデンスが十分にはないという事実も知っておく必要があります。
一方でCARTは1回4,990点とかなりコストがかかり、特に緩和ケア病棟などでは診療報酬が定額なので、お金がかかる処置をすればするほど損をするため、CARTをすること自体が負担になります。

それと意外に知られていないのですが、CARTは海外ではほとんど行われていない治療で、たとえばPubMedで「CART ascites」と調べても、見事に日本の論文しかヒットしません。
(そう考えるとCARTは、日本人の「もったいない」精神によってガラパゴス的に育まれたものなのかもしれませんね。)

ただ、ガラケーにはガラケーの良さがあったように、ガラパゴス的に発達したものが悪いと言うつもりはなく、CARTを技術的に改良したとされるKM-CARTは小規模ながら良い研究結果も出ていますし、長い目で見ると、国際的にもCARTの効果が認められる日がいつか来るかもしれません。

しかしそのためには、シンプルな腹水ドレナージ、CART、KM-CARTを比較した大規模な研究が必要と思われますし、まだ何とも言えないというのが実情です。


3)結論

ということで、腹水を抜くことで低栄養が助長されるのか、CARTを行うことでその問題は解決されるのか、という点に関してはよく分からないというのが現状ということになります。

ただ腹部膨満感はかなり辛い症状ですので、患者さんが苦痛を訴えているならば、とにかく腹水は抜くというのが私の考え方です。その際はドレーンを留置して、ゆっくり少量ずつ・複数回に分けて抜くなど、できるだけ副作用に配慮した方法を心掛けます。
CARTをするかどうかは、上記のような情報を伝えたうえでの総合的な判断ということになります。

以上、腹水やCARTにまつわるややこしい問題について、まとめさせてもらいました。ハッキリ言えない部分も多かったと思いますが、何か皆さんの参考になれば幸いです。


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