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【イチ×ココ#7】だんだんゴハンが食べられなくなってきた…がん悪液質の話

日本を含む東洋には「医食同源」という考え方が古くから根付いており、きちんと食事を摂ることは健康であるためにとても重要だと考えられています。
それ自体はそのとおりだと思いますが、がんの患者さんやご家族とお話ししていると「食生活が良くなかったからがんになったんでしょうか…」「がんに良い食べ物(あるいは食べてはいけないもの)はありますか?」と訊かれることがよくあります。

さらには、病気が進行して食事が摂れなくなってきたとき、患者さんやご家族が「栄養や水分が摂れないと、死んでしまいますよね!?」と心配し、無理をしてでも食事を摂ろう(摂らせよう)としたり、胃管・胃瘻などを希望されたりすることもあります。(最近は胃瘻まで希望される方は少なくなってきましたが…)

そういった場合、医療者はどのように対応すれば良いのでしょうか。一緒に考えてみましょう。

「食事摂取量低下・悪液質」の詳しいスライドは下記からご覧ください!

まず、がんの患者さんの食事摂取量が低下する原因は、ざっくり大きく2つに分けることができます。それは悪液質悪液質以外かです。

悪液質(がん悪液質)は、がんの進行に伴って産生される炎症性サイトカインや蛋白質分解誘導因子といった物質が原因となって生じるとされる病態です。
症状としては、経口摂取量の減少に加えて、著しい筋組織の減少(⇒筋力・ADL低下)、るい痩などが見られます。
そして何よりの特徴は進行性であること、そして「従来の栄養サポートで改善することは困難」であるということです。(参考:欧州緩和ケア研究共同研究会(EPCRC)診療ガイドライン)

悪液質以外の原因による経口摂取量の減少であれば、原因を探って治療しつつ、静脈栄養・経腸栄養を使ってでもしっかり栄養を補給することが重要ですが、悪液質の場合はそうやっても改善しないか、一時的に改善してもいずれは再び進行していくということです。

【がん悪液質への医学的対応】

ということで、根本原因であるがんが治らないのであれば、対症療法的に対応していくしかありません。
まだなんとか動ける・食べられる状態(前悪液質~悪液質)であれば、できるだけ栄養療法(少量で高カロリーの栄養補助食品を利用する、食事の内容やタイミングを工夫するなど)と、筋力維持のための運動療法を併用すると良いですし、薬物療法を検討しても良いと思われます。

薬物療法としては、メトクロプラミドなどの消化管蠕動促進薬や、補中益気湯などの漢方薬(補剤)なども用いることがありますが、正直、効果は芳しくないというのが実際のところです。
糖尿病がなく、吐き気もあるようならオランザピンを少量から使ってみるのも効く場合がありますが、こちらも「たまに効く人がいる」程度です。

がん悪液質に対する薬物療法の王道は、やはりステロイドでしょう。
先に述べた通り、がん悪液質の病態には炎症性サイトカインが関わっていますので、ステロイドによる強力な抗炎症作用によって(一時的にですが)食欲が回復する場合がしばしばあります。
ただ、難しいのは使うタイミングです。ステロイドは短期間の使用ではそこまで副作用に悩まされることはありませんが(※消化性潰瘍とせん妄には要注意)、使い始めるのが早すぎると使用が長期化し、様々な副作用が生じてきます。
反対に、使い始めるのが遅すぎると、もはやステロイドでは抑えきれない状態まで悪液質が進行してしまって、効果を実感することが出来ません。
個人的には、
感染がないのに採血でCRPが上昇してきた
食欲不振だけでなく倦怠感・体重減少・ADL低下(筋力低下)などの全身症状が出てきた
③栄養状態が他の栄養サポートで改善しない
④患者が食欲の改善を望んでいる
などの基準でステロイドの開始を判断していますが、あくまで個人的な基準で、これが妥当なのかどうかは分かりません。

それともう一つ、今年1月に製造販売が承認されたばかりの、アナモレリンというのも気になる薬です。
これは国内初のがん悪液質の治療薬として承認されたもので、食欲促進効果のあるグレリンに似た物質で、成長ホルモンの分泌も促進するということで、プラセボとの比較で有効性(除脂肪体重の増加)が示されています。
治験の対象はPerformance states(PS) 0~2ということで、前悪液質~悪液質の、まだ比較的「食べられる・動ける」患者さんには、効果が期待できるかもしれません。
まだ出たばかりの薬で、私も使用経験はありませんが、使うとしたら「食欲は落ちてるけどステロイドを使うには早すぎるかな~」と迷う症例に使ってみると良いかも、などと考えています。今後出てくるであろう使用成績調査の結果などに注目ですね。

【がん悪液質への全人的対応】

上記のような方法を駆使しても、進行性かつ難治性なのが、がん悪液質による食事摂取量低下です。
食べられないようになり、患者さんやご家族から「なんとか栄養が摂れるようにしてほしい」と言われると(言われなくても?)、中心静脈栄養や、胃瘻まではしないけど胃管くらいは入れようか…と思うのが医療者の人情ですよね。

もちろんそれが一概にダメというわけではなく、患者さん本人の希望次第だと思いますが、過剰な水分・栄養の投与が、かえって浮腫・胸腹水などの症状や、心肺機能・代謝能への負荷をかけてしまうという点は説明する必要があるかもしれません。

ただ、患者さんやご家族が栄養にこだわる背景には、「食べられない=自分(家族)が弱っている、死に向かっている」という恐怖や悲嘆があり、それに対して何かできないか、根治的治療が無いならせめて栄養だけでも…という切実な思いがあると理解することは重要だと思います。

私の場合、終末期が近付いてきた患者さんやご家族には、無理な水分・栄養の投与は避けた方が良いとお話しはしますが、なかなか納得が得られそうにない場合は、1日250~500mL程度の補液は最期まで続けるということは、しばしば行っています。
もちろん浮腫や胸腹水、気道分泌物の増加などが見られてきた場合は、改めて補液はしない方が良いと説明して中止します。また、静脈ルート確保による苦痛を軽減するために、皮下輸液を行うことが多いです。

また、栄養どうこうより「食べることの幸せ」を得ることが今は重要ではないでしょうかとご説明し、一口だけでも、患者さんが好きなモノ・食べられそうなモノを提供することを勧めたりもします。

食べるということへの想いやこだわりは、人によって本当に様々ですから、まずは患者さんやご家族がどう考えているかを聞くことから始めると良いかもしれませんね。

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