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【イチ×ココ#2】医療者が病院で泣くのはアリですか?~感情労働の話~

最近、こんな場面がありました。

若い進行がん患者さんの奥様が、入院面談のために病院に来られたのですが、旦那さんの現在の病状について、涙を流しながらも気丈にお話ししてくださいました。
私も、辛いなぁと思いながら話を聴いていたんですが、鼻をすする音がして隣をみると…同席の看護師さんがポロポロ泣いていたのです。
患者さんの奥様はというと、それを咎めるでもなく、ありがとうございますと言いながら涙を拭いて、その後は終始和やかな雰囲気で面談を終えました。

その後、看護師さんは「すみません、泣いてしまって…」と申し訳なさそうに謝っていたのですが、
そもそも、医療者が泣くのはいけないことなんでしょうか?
私は学校で「医療者は泣いてはいけない」と教わったことはありませんし、たぶんヒポクラテスもそんなこと言ってなかったと思いますが、なんとなく「泣くのはプロ失格」みたいな雰囲気もありますよね。
でも、それってなぜなんでしょうか? どんな状況でも医療者たるもの泣いてはいけないのでしょうか?

私の個人的見解だけでは心許ないので、ここからはPubMedで見つけた下記の論文も参考にしつつお話しを進めていこうと思います。
医師らを対象としたアンケート調査ですが、前書きやディスカッションがけっこう充実しているので興味のある方は一読されると良いかと思います。
The Physician's Tears: Experiences and Attitudes of Crying Among Physicians and Medical Interns
 J Clin Psychol Med Settings. 2019 Dec;26(4):411-420.

泣くことは本来個人の自由ですが、それによって「(泣く)本人」あるいは「周囲」に何か問題が生じるのでしょうか。
まずは「周囲への影響」について、医療者が泣く状況を、①職場以外(プライベート) ②職場 に分けて考えてみましょう。
①の場合は泣いてもあまり問題ないと考えて良いでしょう。ただ職場の飲み会などで泣くと、それを見て不快に思う人もいるかもしれません。でもそういう場合は往々にして、自分は泣くのを我慢してるのに!という感情が背景にあったりします。(もちろん、酔って大泣きして周りに迷惑かけてる場合は別問題w)
一方、②の職場で泣く場合は、さらに③患者のいない所で泣く ④患者の前で泣く と場合分けすることが出来ます。
③の場合は、①と同様、それを見ている同僚らがどのように感じるかという問題があるのと、泣くことによって業務に何らかの支障が出る可能性があるにはありますが、先に示した研究でも、患者がいない状況で泣くのはそんなに不適切ではないと考えている人が多いようです。

では、④の「患者(あるいは家族等)の前で医療者が泣くこと」はどうでしょうか?

医療者が患者の前で泣くのは、他の状況と違って、患者への影響を考慮しなければなりません。
良い影響も悪い影響もあると思いますが、悪い影響を及ぼさないために気を付けたいポイントは3つです。

1)患者(家族等)の心情や辛さを思いやっての涙であること
上手くいかないことがあって、医療者として「不甲斐ない」「辛い」と思って泣きたくなる気持ちは分かりますが、そういった個人的な感情を、少なくとも患者さんの前で発露させるのは止めた方が良いでしょう。医療者として頼りない印象を与えたり、かえって患者さんに気を遣わせたりします。
また、患者さんの辛い状況を、自分や近しい人の病の経験などに重ね合わせて泣くのも、これまた気持ちは分かるしダメとは言いませんが、患者さんの辛さを、自分の辛さに変換してしまわないよう注意が必要です。自分の経験が頭をよぎっても、できればその場は患者さんのことに集中して、泣くなら患者さんのために泣きましょう。

2)患者(家族等)より先に泣いてしまわないこと
患者さんが泣くのは悪いことばかりではなく、泣いて感情を表出することで、受容の過程が一歩前に進む大事なきっかけにもなります。
ですが、患者さんより先に医療者が泣いてしまうと、患者さんが十分に感情を表出できない可能性があります。
また、泣くテンションも大事かなと思います。患者さん以上のテンションで泣いてしまうと「え?そんなに…?」と思われて、やはり感情の表出を妨げるでしょうから、泣くにしてもできるだけ抑制を利かせて、静かに涙を流すくらいにした方が良いかもしれません。

3)泣いた理由が伝わっているかに注意すること
泣いた理由なんて分からないかもしれませんが、患者さんの前で泣いた後は「すみません、辛いお気持ちを想像したら涙が出てしまいました」くらいの一言を付け加えても良いかもしれません。
信頼関係が十分にあれば良いですが、場合によっては「この人なんで泣いてるんだろう?」と患者さんや家族が怪訝に思われる可能性があります。

上記に気を付ければ、患者の前で泣くことは必ずしも悪いことばかりではありません。
むしろ患者さんの前で涙を流すことが、患者さんが感情を処理する助けになったり、信頼関係を強めたりすることもありますし、強い信頼関係ができている医療者が自分のことで泣いてくれると嬉しい、という人もいるでしょう。

医療者が泣くことは「燃え尽き症候群」に繋がるのではないかという指摘もありますが、その因果関係について十分なエビデンスはありません。
むしろ自分自身の感情を抑え過ぎず適度に表出することで、かえってマイナスの感情を処理しやすくなる可能性もあります。
むしろ問題なのは、泣いたことで自らを過剰に責めたり、周囲が批判したりすることだろうと思います。
泣くことを「燃え尽き症候群」に繋げないためには、上記のような点に気を付けてさえいれば、たまには泣いたっていいじゃない、という職場の共通認識をつくることが大事なのではないでしょうか。


医療は「肉体労働」でも「頭脳労働」でもありますが、それ以上に「感情労働」の側面が強いのではないかと言われます。

感情労働というのは、”相手(患者さんやその家族)のことを思いやる”という「感情」を資本にして行う仕事だ、ということです。
そういった職業ですから、「自分の感情を抑える」という認識ではなく、「自分の感情を患者さんのために利用する」という認識でいた方が良いかもしれません。

だから一概に「医療者は泣いてはダメ」と考えるより、どんなことに気を付ければ「泣いたっていいじゃない」と言えるのかを考えた方が良いのかなというのが、私の個人的な意見です。


補足:感情労働についての参考論文はこちら↓
Clinical empathy as emotional labor in the patient-physician relationship
 JAMA. 2005 Mar 2;293(9):1100-6.


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