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世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー はしがき

 ※この記事は平成8年に発行された書籍「世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー」の内容です。発行されてからかなりの年数が経過している為、現状と乖離している内容もございますが、何卒ご了承の上お読みください。

書籍説明:日本におけるトロール網遠洋漁業の全盛期に乗船し経験を積んだ著者が、実際の経験、国際的な論文や資料、設備組織ともに進化してゆく海外の漁業などを科学的な見地に基づき、これまでないがしろになっていた科学的な漁業の重要性を詳細に説明している。自社での遠洋漁業を行なって企業は遠洋漁業よりも効率のよい海外からの輸入品の加工業という選択肢をとってしまったが、自国での漁業の発展が日本の将来を見据えて重要であると強く訴えている。

日本の漁業が危機的な状況にあることを知る人は少ない。食品売り場には豊富な魚が並べられており、つい最近まで飽食の時代というどちらかといえば品格を欠く言葉が流行語となっていたのだからやむをえない。
 1970年代のニュージーランドを称して後退途上国といった人がいる。その後80年代半ば変革の道を選び高成長をとげた。日本の漁業がまさに後退途上産業の道を歩んでいる。それも袋小路というよりも迷路の道へ向けてだ。
 日本人は、農作物などにくらべ魚が重要な食糧だとの認識がどちらかというと稀薄だ。最近、無農薬野菜とか有機野菜は健康食品として生鮮品売場で特別な地位をえてきた。ところが、自然食品の王様が魚であることに気づいているものも少ない。魚といっても養殖魚を含めているのではない。野生魚(ワイルド・フィッシュ)を指しているのだ。地球上で大量生産できる唯一の自然食品はこの野生魚だけだ。その魚が世界でおよそ8,200万トンをピークにかげりを見せてきた。日本の漁業生産量も同様だ。
 一方、世界の人口は、中国をはじめアジア各国で幾何級的な増加に入り、余剰といわれた世界の食糧も分水領にさしかかってきた。APEC(アジア太平洋経済協力会議)で日本の食糧の自由化が主要テーマにもなるといわれているが、もうそれどころではなくなってきているのだ。むしろ食糧は自由に輸入できるかの時代に入ってきている。そのようななかにあって、日本の漁業の現状は、平成6年度漁業白書も指摘しているとおり、かずかずの難問に直面している。
 周辺水域での資源水準の低下、漁業経営の悪化、漁業就労者の減少、高齢化などをその問題点としている。しかし、これらは水面上にある問題で水面下には根の深い問題が潜在している。我が国の海洋に対する認識度の低さ、海洋ならびに海洋生物資源の研究不足、漁船および漁業技術の進歩の遅れなどだ。そしてこれらに起因し、海の生態系の破壊のおそれ、海洋生物種の減少、海洋汚染の進行などのとり返しのつかない事態を迎えつつあることだ。
 なぜ、日本の漁業がこのような袋小路に入りこんでいったのか。一人の力では限界のあることを知りながら、欧米との比較で調査研究を試みることとした。

第1章「海は食糧」ーワールド・ウォッチ研究所「地球白書」が警告を発している食糧問題を単純に悲観論として看過してよいのか、それとも深刻な問題として受け止めなければならないのか。ー各書を参考文献として、再評価することとした。
 第2章「海の神秘ーニュー・フロンティア」ーわが国の海と魚の研究の遅れを、古典的名著といわれているレイチェル・カーソン著「The Sea around Us(われらをめぐる海)」をその中心におき、浮き彫りにすることとした。もちろん、私は海洋学者でも生物学者でもない。カーソンの理論をそのまま信じてよいのか迷うところが多い。したがって内外の文献で検討を加えていくこととした。わが国の漁場形成論は潮目潮境論がその主流を占めているようだ。このことについてはかねてから疑問を抱いていた。その論が主流をしめていたことにより結果的に次章の「つくり育てる漁業」に好ましからざる影響を与えることになった。深層海流、湧昇流などの海流の未解明と潮流の研究調査の遅れは漁業にとって致命的ともいえる。
 第3章「つくり育てる漁業への疑問」は本論で述べているとおり国の施策でもあり、不承不承であった。しかしここでの問題の提起により、軌道修正が行われることになるとすれば、次世代以降への代償は少なくなる。養殖漁業などのマリカルチュアは生物多様性の問題、海洋生物の生態系への影響、海洋資源の減少への影響および海洋の水質汚染などの観点に立ち改めて議論する時期に来ている。海の汚染も欧米先進国で発生している種類の問題が、日本には無関係といえなくなってきているのではなかろうか。紙幅の関係もあり、その紹介は別の機会にゆずることとした。
 第4章「ヨーロッパー完了した第三次技術革新」ーわが国には漁業技術の向上が漁業資源の減少につながるという根強い論があると聞いている。この誤った理論が漁業の技術革新を遅らせ、漁業者を苦境に追いこんでいる。この論の提唱者達は、欧米各国の漁業サイエンスと漁業技術の調査研究をしたのであろうか。そのあやまちを正すために漁業先進国や漁業立国の現状を調査レポートすることとした。
 第5章「中層・深海資源にむかう」ー日本周辺水域の資源水準の低下を漁業白書は指摘している。ヨーロッパなどの漁業先進国では新しい資源を求め中層深海操業が本格化している。日本近海でも徹底した資源開発調査を行う必要があるのではないか。
 第6章「漁業先進国、漁業立国に学ぼう」ー排他的経済水域(200マイル)が設定されたのは日本だけではあるまい。漁業立国といわれている国の漁業管理や日本では失敗したといわれていたEUの漁業政策は本当に失敗したのか。技術革新を完了した漁業先進国は今どうなっているのか。ー最新情報を集め調査した。
 第7章「日本漁業再生の条件」ー各章毎に明らかにした日本漁業の問題点の解決はコンセンサス社会の日本では容易ではあるまい。産業としてヴィジョンなき日本漁業は最悪のシナリオに進むのではなかろうか。しのびよる食糧危機、地球の温暖化、新たに予測された北部ヨーロッパの寒冷化などを考えた場合、食糧産業としての日本漁業の再生が急がれる。
 本書は末尾に記載しているとおり、50数冊の海外、国内の諸文献を参考ならびに引用した。日本サイドの理論などに疑問がある場合は、海外の科学者などの文献をそのまま引用し対立させる方法をとった。
 私の英語力では前出の「The Sea around Us」などでは誤訳がみられるかもしれない。ご指摘いただきたい。本書は緊急提言的な性格もあり脱稿を急いだ。論の説明不足や粗削りの点もあろうかと思う。ご批判をお願いしたい。

平成8年5月

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