見出し画像

読売新聞 しあわせ小箱 #パクチー

パクチーの日の翌日から4日間、『読売新聞』の「しあわせ小箱」というコラムで、僕の活動について書いてもらいました。

6月掲載予定で4〜5月に取材を受けていましたが、「パクチー⇔89」が担当記者・デスクのツボにハマったようで、8月9日スタートで連載しましょうという提案を受けました。それはいい!と思いましたが、オチが・・・(笑)

7月末までに、原稿の事実確認を終え、月〜金の5回分として原稿が揃いました。僕はただ、8月9日を待ちました。読売新聞の夕刊を購読していないので、本紙はあとで送っていただくことになりました。最初に届いたのが「8月10日」のゆうかん。あれれと思ったら、1つめのコラムが掲載されていました。

パクチーの日はどこへ行ったんだ・・・と思い、問い合わせると、祝日で夕刊がない日だったそうで、5日分のコラムを4日分に編集しなおしたそうです。結果、シャルソン関連は全てカットになってしまいました。

あんなに確認したのに!(笑) というわけで、パクチーの日の次の日から4回掲載していただきました。

画像1

「パクチー⇔89」で多くのお客さんやメディアを引きつけたし、僕自身も89km走ることから「ぱくぱく!マラソン」というネタで南アフリカの世界最古のウルトラマラソン「コムラッズマラソン」や「サハラマラソン」、「北極マラソン」などを完走し、旅の範囲が飛躍的に広がった。が、実は、paxi のスペルの秘密はより重要で、僕の事業を如実に表している。新聞には書かれなかったので、ここに創業時に書いた文章を添付しておく。

paxiは創業者・佐谷恭の造語で、パクチーと読みます。ラテン語の平和( pax )と人( i )を組み合わせて作りました。地中海や東南アジア料理でよく使われるパクチーというハーブの発音から思いついた言葉です。パクチーは、まだあまり日本では馴染みが薄いようですが、海外旅行先やエスニックレストランで初めて知る人が多く、旅や異文化交流などの活動をする人を中心にファンが増えています。paxi houseは以上のことを踏まえて、パクチーというハーブを「旅と平和」の象徴的なものと位置づけます。独特の味わいを持つこのハーブを使ったアイデアあふれる料理をお楽しみください。


画像2

僕がパクチーハウスを創った最も大きな理由は、誰もが気軽に交流するスペースを作ること。しかも、交流しようと思ってやってくるのではなく、旅先のゲストハウスのように、そこに行ってしまったがために自然にそれが起こることを目指した。

大学生の時、一人旅をしてアジアをふらふらしていた時、各国のゲストハウスで何気なく色々なタイプの知り合いができ、それに付随して知識や経験を深めることができた。海外放浪ネットワーク「BEEMAN」というサークルを作ったのは、旅する人を増やし、旅するハードルを下げるためだった。しかし、自分自身が学生から社会人となり、多くの日本人は「就職」「結婚」「出産」という人生の素晴らしき節目に、自分の好きなことを辞めてしまうことに気づいた。僕が旅先で会ったヨーロッパの人たちと、真逆の発想・行動だった。「社会人」となり、仕事を変えつつ約10年を過ごした僕は、「旅をしよう」という呼びかけが、ほとんどの「社会人」には効力がないことを痛感した。

誰もが毎日する行為である食事の場面に、旅の要素を入れてしまおうというのがパクチーハウスを作った根本的な理由だ。パクチーはそりゃ「日本パクチー狂会」を創るほど好きだ。情熱を持ってパクチー料理を世界に広げようと努力し、それは今でも続いている。しかし、僕はパクチーブームを起こし、繁盛店を作るということは目的としていなかった。パクチーのスペルに込めた想いを多くの人に伝えることがパクチーハウスの使命だった。

食事をしに来たら、友達と楽しく飲もうとしたら、楽しい人たちと知り合い、世界の様々な状況を知ることになり、好奇心が高まり、世界の中で自分が生かされていることに気づく。そして、発想が変わって生まれ変わった自分の信念を貫いて行動していく。社会と世界のあり方を変えるために存在するレストランだった。

画像3

パクチーハウス東京という店はなんだったのか、パクチーハウスを店を閉じた理由はなんだったのかについては、閉店記念出版物でまとめた。ぜひこれらを読んでほしい。


画像4

コワーキングは11年前からやっている。鋸南という田舎町にそれを作ったこと、しかもアーティストインレジデンスを併設していることが肝なのだが、紙面の都合でそこまでは書かれなかった。ふと興味を持った人が、検索して知ってくれるといいな。

パクチー銀行が、2006年にノーベル平和賞を獲ったグラミン銀行からインスパイアされたことは書いて欲しかったなあ。ムハマド・ユヌス博士の素晴らしいスピーチを聴いて、「これを超える銀行を作ろう」と思いついたのが、パクチー銀行創設のきっかけ。

そして、パクチーは「旅と平和」の象徴。旅は交流を目的としているからまぁ平和と交流の象徴でも良いのですが。

パクチーハウス開店前夜に書いた「コンセプト」の文章をここに引用しておく。

パクチーハウスは、
すべての料理のパクチーを使った
世界初のパクチー料理専門店
パクチーを愛する人に
惜しみなくパクチーを提供し、
パクチーが苦手な人を克服させます。

“交流する飲食店”
というコンセプトを掲げ
すべて相席、貸切りにしないというポリシー、
開かれた立ち飲みスペース、
パーティの開催は、
“交流”を主目的にデザインしています。

世界初のパクチー料理専門店

paxi house tokyo は、世界150カ国以上で使われているハーブであるパクチーを使った美味しい料理を提供する、世界初のパクチー料理専門店です。
パクチーは味と香りが強く、好き嫌いがはっきり分かれますが、 paxi house tokyo ではパクチーを愛する人に惜しみなくパクチーを提供するだけでなく、パクチーが苦手な人にも食べていただける料理を用意しています。パクチーの葉・茎・ 花・根・種はそれぞれ違う味が楽しめます。料理の真髄は食材の持ち味を生かすこと――paxi house tokyo は世界のさまざまな料理を参考にしながら、パクチーとその他の食材がベストマッチする組み合わせを考えています。

旅と平和の象徴

2007年創業時、パクチーは日本ではまだまだ馴染みの薄い食べ物で、パクチーを知るほとんどの人が、旅先や外国料理店など異文化交流の過程で、パクチーに出会っていました。
パクチーは食を通じた異文化理解、さらには平和への第一歩といえるのです。
このハーブに注目して「日本パクチー狂会」を立ち上げたとき、私はパクチーを「paxi」と書くことに決めました。パクチー(タイ語)のもともとのスペルは phakchiと非常に難しいのですが、このハーブにより親しみを持ってもらおうと考え、分かりやすいものにしたかったからです。“ pax ”(ラテン語で平和の意味)と“ i ”(人の象形文字)を組み合わせて、この造語ができました。この瞬間、 paxi は旅と平和の象徴と定義づけられました。

旅、人との出会い、笑顔

私が飲食店を開くに至ったのは、旅をして多くの人と出会い、飲み語った経験がきっかけとなっています。世代や国籍、立場を超えて、皆が対等に存在してい る空間――その居心地のよさとそこにいる人の笑顔が、心に刻まれています。
この“非日常的な体験”を旅先から持ち帰り、日常的なものにしたいとずっと思ってきました。
旅の出来事をそのまま実践するのは、難しいかもしれません。しかし、パクチーハウスという26坪の限られたスペースは、旅と平和の空間です。気楽に仲間が作れます。リラックスしてください。
そして、ここで生まれた素敵な笑顔で、あなたのまわりにも笑顔がひろがっていきますように。

パクチー(P)コワーキング(C)ランニング(R)を愛する、PCR+ な旅人です。 鋸南(千葉県安房郡)と東京(主に世田谷と有楽町)を行き来しています。