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鋸南町、キョンを人口に追加(AF通信)


鋸南町(千葉県安房郡:白石冶和町長)は4月1日、異次元の過疎化対策としてキョンを人口に加えることを決めた。新年度最初の専決処分。風光明媚な観光地として移住者や2拠点居住者が増加する一方、過疎化による自然減により過去5年で人口が1030人減っている。(令和元年1月7879人→令和6年1月6849人=鋸南町のウェブサイトより)

令和元年に千葉県に4万頭存在するとされたキョンは、令和6年に7万5千頭まで増加していると推計された。早ければ生後半年で妊娠するキョンは、天敵のいない特定外来種であることも含め、繁殖力がとてつもなく高い。各種統計をもとにした推計で千葉県のキョンのうち4%程度が鋸南にいるとすると、約3000頭が町内に生息している。

「これからもキョンはどんどん増える」と、町の有力者は自信満々。キョンを人口に追加することで、鋸南町の人口が1万人を超える日も近い。人口減を嘆く論調は多い。特に、桁が変わる際、それを大袈裟に報じるメディアの姿勢により多くの自治体が気分的にどん底に突き落とされている。

「人口1万人と9999人は、1人の差。しかし、桁が変わったときや『○千人を切った』とき、その地域が“終わった”かのように報じられる。人口が減ることとよりも、報道により受ける住民のダメージの方が大きい。意味あるのか」夏目漱石も海遊びをしたという保田海岸を毎日散歩する男性も声を荒げた。

「1万人って言えたらカッコいい」。大学進学のために町を離れ、都内で大学に通う元町民も嬉しそうだ。「僕が3歳ぐらいまでは1万人を超えていたみたい。その後どんどん減っている。でも、数年前まで鋸南にいた僕としては、だから何なの?と言いたい」。人口が減ることと町の魅力が減退することは相関していないというのが、町を一時的に離れた若い世代の思いだ。「海とか、めっちゃきれいになったと思うし」。

α世代(2010年〜2024年生まれの世代)は、団塊の世代からZ世代(1990年半ば〜2010年代生まれの世代)までが信奉しているとされる「数字教」を強く疑っている。「売上10億円」「従業員1万人の企業」など、一見分かりやすい数値に囚われすぎるあまり精神を蝕まれ、人生を台無しにした親世代を多く見ているからだ。前述の大学生も近い世代として同様の感覚を持っているが、「1万人」という数値に過剰反応するオトナたちや“常識”に毒されている無責任な傍観者を蹴散らすにはこの施策がふさわしいと支持している。

「5年おきの国勢調査で、どうせ実数はバレる」。町の決定に懐疑的な町議はため息をついた。一方でキョン同化推進派の議員は「昭和34年(1959年)の合併で鋸南きょなんという固有名詞ができた時から、こうなることは運命づけられていた。キョナンのキョンなんていい響き。移入源の勝浦にも負けることはない。漁師の爺さまなどすでに『キョンナンマチ』と発音してる」と語る。

今回の決定に至った経緯について白石町長は「実数実数というが、毎月発表している人口だって推計に過ぎずズレがある。実数の発表は国勢調査を待てばいいだけ。どうせ当たらないんだから虚数でもいいっぺよ」と気炎をあげた。町の将来を担う小学生に対するアンケート調査でも、鋸南の“キョ”、キョンの“キョ”、虚数の“キョ”と、いくつもの“キョ”が揃うことが「面白い」という意見が89%に達した。

虚偽、虚構、虚栄、虚言、虚勢・・・。現代日本は“キョ”に溢れている。特に、国会議員の間では顕著だ。「2乗するとマイナスになる」というのが数学における虚数($${\textit{i}}$$)の定義だ。「存在しない数字、意味あるのか」という厳しい指摘もある。一方で、ゼロや負の数も「存在しない」と言いうるのだ。しかし、それを「発見」したことで人間が生活し新たな発想を生み出すためにどれだけ役に立っていることか。

そして虚数($${\textit{i}}$$)は、「解のない方程式に解をつくる」ことができる。鋸南町は高齢化率が千葉県で2番目に高く、過疎地の代表のような存在で、国の方針に盲目的に従うだけではいずれ滅びる。キョンを人口の計算に組み入れることで、「解のない」とされる現状を打破したい考えだ。

国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)を提唱し、世界一幸福な国と世界から称賛を受けたこともあるブータンは、幸福な国家をつくる過程で虚偽の発信をしていた。1990年代には、実際の2倍以上の100万人超が住んでいると述べていたのだ。また、国家としての同化政策推進のために、国籍剥奪等で一部住民を排除した人権蹂躙国家であるとも指摘されている。
(Manfred Ringhofer『ブータン難民発生の背景』(現代社 会学研 究第14巻 193-202, 2001)

一方で、鋸南町は幸せを追う過程で、今後“キョ”の人口数を発表するとしたが、排除でなくヒト以外の生物を人口に組み入れるという異次元の施策を発表し、自然との共生の道を選んだ点がブータンとは真逆だ。決定には賛否両論あるが、数字に一喜一憂しない空気の醸成は大事で、先の見通しの見えない国家の中の一地方の施策として歴史に残る可能性もある。

2024年4月1日
AFエイプリルフール通信
某日新聞 電子版先行記事


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パクチー(P)コワーキング(C)ランニング(R)を愛する、PCR+ な旅人です。 鋸南(千葉県安房郡)と東京(主に世田谷と有楽町)を行き来しています。